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「焼鳥で世界平和を!」大いなる“うぬぼれ”から生まれた安くておいしいその信念。そして今世界へ!
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「焼鳥で世界平和を!」大いなる“うぬぼれ”から生まれた安くておいしいその信念。そして今世界へ!

2026.01.16
エターナルホスピタリティグループ




エターナルホスピタリティグループ / 代表取締役社長 CEO 大倉忠司 氏


「トリキ」の愛称で親しまれる焼鳥チェーン「鳥貴族」。
その創業者であり、株式会社エターナルホスピタリティグループの代表・CEOを務める大倉忠司氏は、<焼鳥で世の中を明るくしたい>という理念のもと、全国へと展開を広げてきた。
近年では「うぬぼれ中」の看板に象徴される企業文化を原動力に、グローバル市場へと挑戦を始めている。

今回は、大倉氏が40年にわたって歩んできた挑戦の軌跡をたどり、今後の展望を語っていただいた。

「焼鳥で世界平和を!」大いなる“うぬぼれ”から生まれた安くておいしいその信念。そして今世界へ!


焼鳥を“世界言語”に。その想いとは?


大倉氏が率いるエターナルホスピタリティグループは、現在1150を超える店舗を展開中だ。「焼鳥屋 鳥貴族」をグループの中核ブランドとし、「やきとり大吉」や国産チキンバーガー専門店「TORIKI BURGER」など、“焼鳥”を軸にチキンフード領域でのブランド展開を行っている。
主力ブランド「焼鳥屋 鳥貴族」は国内27都道府県に660店舗以上を構え、2024年からはアメリカや東アジアへも進出。さらなる拡大を目指している。

東アジアの国々ではインバウンドの方が多く、鳥貴族の知名度は元々高い。「あの鳥貴族が来た(出店)!」と喜んでくださる方も多いです。
でも、おもしろいのはアメリカ。出店するエリアの事前調査では、「焼鳥」という料理を知っている人はわずか2割くらい。一品物は充実させていたものの、焼鳥が現地の人に受け入れられるかという不安もありました。しかし、いざ営業を始めてみたら、焼鳥がどんどん注文されていって。


鶏肉の消費量の増加やヘルシー志向の追い風を受け、好評を博す。白人の富裕層が集う地域でも、意外なほど焼鳥が売れるという現象に手応えを感じているという。

企業理念は<焼鳥で世の中を明るくしたい>。
社名を現在の「エターナルホスピタリティグループ」(旧社名:株式会社鳥貴族ホールディングス)に改めた背景には、その企業理念をより広く、世界へ発信する意志がある。

私はずっと、焼鳥を“世界言語”にしていきたいと思ってきました。食を通じて人と人がつながる。それが、結果として世界を明るくすることにつながると信じています。


焼鳥という料理を世界中に浸透させることで、異文化の人々とも食卓を囲み、笑顔になれる。そんな社会を目指して、グループ全体で幅広い価格帯・業態を揃え、グローバル市場へ本格的に挑戦しているのだ。
「焼鳥で世界平和を!」大いなる“うぬぼれ”から生まれた安くておいしいその信念。そして今世界へ!
韓国・ホンデ本店


全品均一価格はなぜ支持される?「安さ」だけじゃない、三位一体経営


エターナルホスピタリティグループの成長を語る上で欠かせないのが、主力ブランド「鳥貴族」が築いてきた<価格・品質・人>の三位一体のビジネスモデルだ。象徴ともいえるのが、全品均一価格という大胆な戦略である。

創業して1年目はずっと赤字だったんです。このままじゃ倒産するかもしれないと思って、「えいやー!」で全品均一価格に踏み切ったのがきっかけでした。


その背景には、戦略的な着眼点があった。「自分が客として通っていた230円均一の炉端焼き店の楽しさが、頭から離れなかった」と大倉氏は振り返る。

「どれを頼んでも価格は同じ」という分かりやすさに、ワクワクしたのを覚えています。ゲーム感覚で「おいしい。これは当たりだ!」なんて盛り上がれるような仕組みで、いつか自分が商売をするなら、この仕組みはきっと成功すると感じていました。

「焼鳥で世界平和を!」大いなる“うぬぼれ”から生まれた安くておいしいその信念。そして今世界へ!

そしてもう一つ、鳥貴族のビジネスモデルに大きな影響を与えたのが、スーパーマーケットのダイエー創業者 中内功氏の考え方だ。

「価格はメーカーが決めるんじゃない。お客さんが買いたい価格にするんや」という考え方に深く共鳴して、これを焼鳥でやったら絶対におもしろいと思ったのです。


大量出店によって仕入れ価格を抑え、その分を価格に反映する。その結果、全品均一の低価格。けど高い品質を保てる構造が整った。顧客目線の価格設定を徹底する姿勢は、いまや鳥貴族のDNAとなっている。

だが、大倉氏のこだわりは「価格」だけにとどまらない。むしろ、均一価格だからこそ、商品そのものの「おいしさ」や「信頼性」が問われると語る。

使用する食材はすべて国産にこだわっています。なかでも鶏肉は、信頼できる生産者から仕入れ、鮮度を保った状態で各店舗へ。焼鳥の仕込みはすべて店内でスタッフが一本一本串打ちしているんです。


業界全体が合理化・自動化へと進む中、鳥貴族ではタッチパネルでの注文や非接触の会計といったDX(デジタルトランスフォーメーション)(※)をいち早く導入してきた。一方で、手作りの串焼きなど、全国チェーンでありながら、個人経営の焼鳥店ならではの醍醐味である「人の手」をあえて残しているという。

(※)DX:デジタルトランスフォーメーションの略で、デジタル技術を活用してビジネスモデルや業務プロセスを根本的に変革することを指す。単にデジタル化を進めるだけでなく、組織全体の変革を伴う概念。

また「人を大切にする姿勢」は、いち早く週休2日制を導入するなど、働きやすい環境づくりにも表れる。現場で働くスタッフのやりがいや誇りを尊重する仕組みが、ブランドの信頼感につながっている。

自分が仕込んだ焼鳥を自信を持って出せる。それがスタッフにとっての幸せにもつながると思うんです。実際、弊社では休みの日に自分の店に食べに来るスタッフも、結構多いんですよ。


価格の分かりやすさ、素材のこだわり、スタッフの誇り。3つがきれいにかみ合うことで、鳥貴族は「安くて、うまくて、気持ちがいい店」として選ばれ続けている。そこには<焼鳥で世の中を明るくしたい>という大倉氏の想いが、隅々まで息づいているのだ。

「焼鳥で世界平和を!」大いなる“うぬぼれ”から生まれた安くておいしいその信念。そして今世界へ!

焼鳥に出会い、夢と出会い、鳥貴族が生まれたその“商売の原点”とは


大倉氏は、なぜ焼鳥という道を選んだのか。きっかけは高校生の頃、ビアガーデンでのアルバイト経験にあった。

たまたま焼鳥コーナーを任されて、自分で焼いた焼鳥をお客さんが「おいしい!」と言ってくれたんです。それがもう、信じられないくらい嬉しくて。
お金を払ってもらって、自分の作った料理を「おいしい!」と言ってもらえる。なんて素敵な仕事なんだろうと、そのとき強く感じたんですよね。


この経験をきっかけに、飲食業は自分の天職だと確信した。高校卒業後は調理専門学校へ進み、卒業後はホテル内のイタリアンレストランに就職。だが、ある焼鳥店との出会いが、大倉氏の人生を大きく動かしていく。

毎日帰るのが遅かったので、家の近くで深夜まで開いていた焼鳥屋さんによく行ってたんです。通ううちに店主さんと仲良くなって、休みの日には手伝うようになりまして。そしたら店主から「うちで本格的に働かないか」と再三の誘いがしばらく続いていました。


転機となったのは、「一緒に、大きなチェーン店を作らないか」という店主のひと言だった。当時の大倉氏には「社会的にインパクトのあることがしたい」という思いが芽生えていた。店主の夢と自分の理想がつながった瞬間だった。

焼鳥屋がやりたくて、というよりは、その人の“夢”に惚れたんです。


その後3年間、ナンバー2として店舗展開に携わる中で、「自分ならこうする」という構想が徐々に膨らんでいく。そして1985年、自らの手で焼鳥店「鳥貴族」を東大阪市の俊徳道にオープンする。当時、25歳だった。

その挑戦を支えてくれたのは、幼い頃から商売の背中を見せてくれた両親だった。実家はブリキ加工の町工場を営んでおり、大倉家にはいつも油の匂いと機械の音があったという。

父は「将来は兄弟それぞれ独立して商売したらええ」と、そんなふうに考えている人でした。母からもよく「若い時は人より努力して働くんやで。それがいい人生につながる」と言われていて。だから、自分で店をやると話した時も「とうとうやるのか。この家を抵当に入れたらどうだ」とまで言ってくれて、独立に全面的に大賛成でしたね。


オープンした鳥貴族は女性客をターゲットにしたお洒落な内装の焼鳥店だった。オープン当初から1年間は赤字が続き、倒産の二文字も頭をよぎる。俊徳道の場所の客層と合わなかったのだ。
なんでこの場所を選んだんだろうって、当時は後悔してました。でも今振り返れば、苦労してよかったなとつくづく思います。いきなり成功してたら、商売をなめて天狗になって失敗していたかもしれませんから。


そんな逆境を打開するために踏み切ったのが、低価格の全品均一価格だった。
その頃、バブル経済の崩壊によって店の保証金や賃料といったコストが大きく下がった。低価格路線の鳥貴族のビジネスモデルが、時代に合致し始めたのだ。


そして、もう一つ。苦しい時期を乗り越えられた大きな理由として、大倉氏は初めから描いていた“大きな目標”の存在を挙げる。
「大きなチェーン店を作る」という理想は、独立してもずっと持ち続けていました。たとえ1号店がうまくいかなくても、これはその準備段階だと。
「今は何をすべきか」を逆算しながら動いていましたね。もっとたくさんのお客さんに喜んでもらえる店を作るために、今の苦労は必要なんだと思えたんです。


短期的な数字ではなく、長期的なビジョンと志があったからこそ、前を向くことができた。
「商売の厳しさを最初に知ってよかった」。成功の陰にある数々の縁と努力が、現在の大倉氏を支える礎となっているのだ。


“うぬぼれ”が文化となり、焼鳥を世界へ導いていく


鳥貴族の店先には、「営業中」ならぬ「うぬぼれ中」の看板が掲げられている。
思わず笑ってしまうような言葉の裏には、大倉氏が大切にしている独自の理念が込められていた。
<焼鳥で世の中を明るくしたい>という想いは店舗がまだ6店の頃に作りました。私の理念を全社員にわかり易く伝えたい、どうにか自分の言葉で表したくて、すべて自分で考えたんです。
でもね、「焼鳥屋で世の中を変える」なんて言ったら、「何をうぬぼれてるんだ」と思われてしまうじゃないですか。だったらいっそ、「うぬぼれてます」と言ってしまおうと。そんな開き直りから生まれた言葉なのです。

「焼鳥で世界平和を!」大いなる“うぬぼれ”から生まれた安くておいしいその信念。そして今世界へ!


「うぬぼれ」の理念は、社内や店舗スタッフに浸透し、日々の行動指針になっていった。
今では「今日も一日うぬぼれてきます!」と社員が口にするほど、ポジティブな文化として根付いているという。

一番“うぬぼれられる”瞬間は、やっぱり理念がちゃんと伝わってるなと感じるときですね。今でも新卒者の面接に立ち会うのですが、「御社の“うぬぼれ”に惹かれました」と言ってくれる学生は多いです。

それから、SNSを通じて「近所に鳥貴族ができてうれしい」「やっと通えるようになりました」という声を直接いただくたびに、「ああ、少しは世の中を明るくできてるのかな」と思えますね。


2025年、鳥貴族は創業40周年を迎えた。その節目に合わせ、閉店していた俊徳道の1号店が期間限定で復活。店の2階には鳥貴族の記念館も設けられている。この1号店の復活は多くのマスコミにも取り上げられた。
「焼鳥で世界平和を!」大いなる“うぬぼれ”から生まれた安くておいしいその信念。そして今世界へ!
復活した俊徳道1号店


地元の人々から「懐かしい」「あの頃の思い出が蘇った」といった声が寄せられた。
「昔、1号店で家族団らんのお食事をよくしたんですよ」という、現在東京在住の方もはるばる来店され、大倉氏は「オープンしてよかったな」と感慨深く語ってくれた。

創業40周年を機に、長男でありミュージシャンSUPER EIGHTの大倉忠義さんとの親子対談やコラボレーションメニューの販売も実現した。
忠義も今年で40歳。つまり、鳥貴族と同い年なんですよ。だからこそ、このタイミングで一緒にできたのは嬉しかったですね。彼の仕事の話を聞いてて「大事にしてることは似ているな」と感じる場面もありましたね。



今や鳥貴族はもちろん、「やきとり大吉」なども含めた広がりを持つエターナルホスピタリティグループは、<焼鳥で世の中を明るくしたい>という理念を軸に、さらなる世界展開を目指す。
理念というのは会社の旗みたいなもので、誰かが言葉にして掲げ続けなければ、すぐに風化してしまう。でも、その旗が立っていれば、みんなが同じ方向を見て進める。だから私はこれからも、伝え続けていきます。
焼鳥は、国も言葉も越えられる料理です。食べたら笑顔になるし、一緒に食べれば仲良くなれる。焼鳥の力で、少しでも世界が平和になってほしい。ほんとうに、そう願っています。



「焼鳥で世界平和を!」大いなる“うぬぼれ”から生まれた安くておいしいその信念。そして今世界へ!



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