Nine Group / 代表取締役 久保田 健治 氏
障がい福祉、不動産、飲食、スポーツ、クリエイティブ……
大阪を拠点に、福祉を軸としながら多様な取り組みを展開しているNine Group。
その事業の広がりを支えているのは、「人が幸せになるかどうか」というシンプルな判断軸だ。
なかでも特徴的なのが、福祉と野球を掛け合わせた取り組み。
就労支援やグループホームを軸とする福祉事業の中に、あえてスポーツという要素を組み込み、人が社会とつながるための新しい入口をつくってきた。
本記事では、代表取締役を務める久保田健治氏に、その発想が生まれた背景や、事業と人生が重なっていく過程をたどりながら、組織が迎えている次のフェーズ(局面)について聞く。

「誰が幸せになるのか」を問い続けてきた
大阪を拠点に、障がい福祉事業を中核としたグループ経営を行う Nine Group。
就労支援やグループホーム、訪問看護といった福祉サービスをベースに、不動産、飲食、スポーツチームの運営、クリエイティブ事業までを自社で手がけている。
全体の従業員数は300名超え。そんなグループを束ねる久保田氏が口にするのは、きわめてシンプルな判断基準だ。
やるかどうかを決める時に考えてきたのは、その事業で誰が幸せになるのか、そこだけです。

Nine Groupでは、新しい事業を検討する際、必ず「幸せになる人の顔」を具体的に描く。利用者なのか、従業員なのか、地域なのか。あるいは、そのすべてなのか。対象が定まらないまま、事業が走り出すことはない。
その積み重ねが、現在の事業構成につながっている。
<福祉×野球>< 福祉×音楽>< 福祉×クリエイティブ> いずれも、人が社会とつながるきっかけを増やす取り組みだ。
一言で言うなら「ワクワクすることをやり続けてきた」ですね。ただ、そのワクワクが自分たちだけのものやったら意味がない。誰かがちゃんと前を向けるかどうかを、ずっと考えてきました。
事業の数が増えた結果として、組織が大きくなった。その過程で、人の可能性に光を当てる場所も増えていった。
障がいを持った父。人生の歯車が「福祉」へ
Nine Groupの原点をたどると、現在の福祉事業の姿からは意外に思える場所に行き着く。久保田氏が最初に身を置いたのは、居酒屋の世界だった。
10代後半、居酒屋のビラ配りとして働き始め、結果が出るようになった。声をかければ人が集まり、仲間が増え、気がつけば自分が中心となって店を回していたという。
最初から経営者になろうとか、そんなことは考えてなかったですね。ただ、自分が前に立つと人が集まる、という感覚はありました。今思い返すと、商売のおもしろさみたいなものは、ずっと身近にあった気はするんですよね。
飲食店をきっかけに、事業は少しずつ広がっていく。その背景には、幼い頃から見てきた父の姿があった。
父は八百屋の卸を営んでいました。市場で廃棄されるはずのミニトマトを引き取り、傷んだものだけを取り除いて、もう一度パックに詰め直して売る。そんな作業を、家族総出で手伝っていたんです。
捨てるか、価値に変えるかは、扱う側次第なんだなと。子どもながらに、商売ってそういうもんなんやって思っていました。
久保田氏が飲食店を始めたあとも、父の言葉は現実的だった。飲食は不安定な商売だ。昼間に働ける仕事も持て。その助言を受け、不動産事業にも挑戦した。
一定の成果は出たものの、仕事はどうしても個人プレーになりやすい。仲間と一緒に成長していく未来までは、描ききれなかったという。
そんな折、父が脳梗塞を患い、半身麻痺に。それまで介護や福祉とは無縁だった生活が、一変する。
急に、障がいを持った父親を抱える家族になったんです。介護サービスが何かも分からへんし、正直、福祉ってこんなに遠い存在だったのかと驚きました。
支援が必要なのに、どこに頼ればいいのかが見えない。不安を抱えたまま、日常が続いていった。転機となったのは…
僕が所属していた草野球チームに就労支援事業(※)をやってる人がいて。父のために使える制度とか、サービスのことをいろいろ教えてもらったんです。支援を受ける側になったからこそ、福祉という事業への見方が変わりました。
(※)就労支援事業:障害や難病を抱え、一般企業での就業が困難な方々に対して、働くための知識・能力向上、就職活動支援、職場定着支援を提供する障害福祉サービス
この経験を通じて、久保田氏の中で事業の軸は大きく変わっていく。
「人の人生に、どう関わるのか」
飲食や不動産で積み重ねてきた経験が、福祉というフィールドで一本につながるようになったのだ。
野球が人を外に連れ出す!福祉とスポーツが生んだ循環
Nine Groupの取り組みの中でも、ひときわ象徴的なのが「野球部」の存在だ。
久保田氏自身、野球とは切っても切れない関係にある。小学校から大学まで打ち込み、プロを目指した時期もあったが、その道には進めなかったのだ。
僕も、プロになれなかった一人なんです。だから、最後まで野球をやり切りたい子の気持ちは、痛いほど分かる。その受け皿をつくりたかった、というのが最初でした。

野球部に所属するのは、プロには届かなかった選手たちだ。彼らは毎日練習に打ち込みながら、福祉の現場でも働く。一方、施設を利用する障がいのある人たちは、その選手たちを「応援する側」になる。
障がいのある方はどうしても家にこもりがちで、生活の中で「外に出る理由」が本当に少ないんですよ。でも野球は、その目的になれると思ったんです。
試合の日になると、グラウンドには300人、400人規模の応援団が集まる。普段は引きこもりがちだった人が、施設のスタッフの〇〇さんを応援するために外へ出る。その関係性が、やがて福祉の現場へと戻っていく。
グラウンドでは選手が主役で、利用者は応援する側。だが、福祉の現場ではその立場が入れ替わる。
支援される人が応援する側になって、応援されていた選手が、今度は支援する側になる。この関係性ができたことで、空気が一気に変わりましたね。

この循環は、人材の面でも大きな意味を持つ。福祉業界の平均年齢は50代前半と高く、若手が入りにくい。そこに20代前半の野球部員が入るだけで、現場の空気は目に見えて変わる。
野球部の子が一人いるだけで、施設の雰囲気が明るくなるんですよ。利用者さんの表情も、全然違いますね!
野球部は、趣味でも福利厚生でもない。Nine Groupにとっては、人が外に出る理由をつくり、関係性を編み直すための仕組みだ。
この取り組みは、「代表は野球好きだからやってるんでしょ?」と言われることがよくあるんですが、それだけが理由じゃないんです。
福祉とスポーツが重なったところに、人がもう一度、社会とつながるための道筋が生まれていた。


元阪神タイガース 糸井嘉男さんとのコラボ<超人×福祉>は野球選手が使っていた折れたバットを就労支援事業の利用者さんの手で、靴ベラ商品に再生している。
事業拡大の先で訪れた経営者としての転機。その先に描く未来とは?
事業規模が拡大し、従業員数が300名を超えた昨年。久保田氏は、自分の中にこれまでにない変化を感じていた。
社員の数も増えて、売上も責任もどんどん大きくなる中で、知らない間に、近い社員にきつく当たるようにもなっていった。
やがて、幹部や社員から戸惑いや疲弊の声が上がり始めた。
その現実を前に、久保田氏は立ち止まらざるを得なくなった。
ある外部研修に参加する中で、それまで外に向けていた意識を、初めて自分自身へ向け直したという。
このままでは、会社も人も壊れる。それだけは、絶対にあかんと思いました。人のことばっかり見てきたけど、自分の心が整っていることが大切なのだと、研修を通して腹落ちしたんです。
この内省の時間が、経営者としての立ち位置を大きく変えた。
久保田氏は現場の意思決定から一歩距離を置き、副社長やマネージャー層に権限を委ねる体制へと舵を切ったのだ。
20代はプレイヤー、30代前半はプレイヤー兼マネージャー。そして40歳からが、本当の意味での経営者になるんやと思っています。いま、37歳になって、ようやくその準備期間に入った感覚です。
これからのNine Groupが目指すのは、トップがすべてを判断する組織ではない。一人ひとりが役割を担い、判断し、動ける状態をつくること。そのために、拡大のスピードよりも、組織としての持続性を重視している。
その変化は、理念の言葉にも表れている。
「関わるすべての人を幸せに導く」という一文だ。
「幸せにする」だと、無理が出る。自分で幸せになれる方向に一緒に向かう、「幸せに導く」という心がけのほうが、長く続いていけるのだと思うようになりました。
立ち止まったからこそ、見えた景色がある。
委ねることを覚えたからこそ、描ける未来がある。
Nine Groupは今、次の循環が生まれる地点に立っている。

