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「土」をテーマに向き合い、人と人がつながりストーリーが生れる。〈土と人の土台〉を耕す若き改革者
大阪市生野区製造・メーカー商社・卸新着

「土」をテーマに向き合い、人と人がつながりストーリーが生れる。〈土と人の土台〉を耕す若き改革者

2026.06.02
株式会社大国フーズ

株式会社大国フーズ / 代表取締役社長 津田弘樹 氏



売り場だけを見ていても、食は支えきれない。作物を育てる土があり、生産者がいて、届ける人がいて、はじめて食べる人の喜びにつながっていく。
食の仕事は今、その流れ全体をどう支えるかが問われている。

株式会社大国フーズ 代表取締役 津田弘樹氏もまた、そうした現実の中で、自分たちがどこまで向き合うべきかを考えてきた一人だ。
食べてもらう人の喜びを出発点にしながら、その視線は土づくり、生産、流通、そして人が育つ土台へと広がっていった。

今回は、食の “川上から川下まで” を見つめながら、「支える」とはどういうことかを問い続ける津田氏の経営観に迫る。

「土」をテーマに向き合い、人と人がつながりストーリーが生れる。〈土と人の土台〉を耕す若き改革者


「食べてもらって、喜んでもらう」感覚が育まれた原点


大阪市生野区に本社を置く株式会社大国フーズは、青果の卸売を軸にしながら、グループの中で市場の川上から川下までを担ってきた。

食品工場の副産物を活用して土壌改良資材をつくる大国酵素。鹿児島と三重で農産物を育てる大国ファーム。そこで生まれた作物を買い取り、飲食店や病院給食、既存の卸先へ届ける大国フーズ。ホテルや結婚式場へ食材を納める協栄産業。
更に大正区でフルーツパーラー『農家の実(みのり)』を営む事業や鹿児島での農福連携(※)の取り組みまで、事業はますます広がっている。

(※)農福連携:障害者や高齢者などが農業分野で活躍することで、農業の担い手不足解消と、福祉側の就労・生きがい創出を同時に実現する取り組み。


「土」をテーマに向き合い、人と人がつながりストーリーが生れる。〈土と人の土台〉を耕す若き改革者

まずは、農家さんがいいものを育てていけるように、土づくりの課題から向き合いたいんです。農家さんの更なる発展は、僕らにとっても大切なテーマ。ただ、その先まで考えないと、本当の意味では支えきれない。僕らは卸売りの会社もあるので、販売まで含めて一緒に考えていけるんです。


その根っこにあるのは、グループを率いる津田弘樹氏の幼い頃の体験だ。
両親は、かつて地域で野菜や果物を売る店を営んでいた。津田氏自身も幼い頃から店を手伝い、その様子をそばで見ながら育ったという。

野菜を並べるのを手伝いながら、父と母が売っている姿を見ていました。お客さんに「このトマト美味しいよ、ぜひ買ってみてね」と声をかけて、それを売る。後日お客さんがまた来てくれて、「美味しかった」と言ってもらえる。そのやりとりが印象的でしたね。「ただ物を売ることじゃなくて、喜んでもらうことが商売なんや」という感覚は、当時からあったように思いますし、今のビジネスの基盤にもなっています。


やがて両親の商売は、小売から飲食店向けの卸売へと移っていった。配達に付いていった先でも、感謝の言葉を受け取る場面があった。形が変わっても、食べてもらって喜ばれることに変わりはなかった。

17歳のとき、津田氏は高校を1年で中退し、家業である大国フーズに入る。

勉強があまり面白いと思えず、高校2年に進めなかったんです。でも、もう一度やり直そうという気持ちにはならなくて。ちょうどその時に父から「大国フーズに来てみないか」と声をかけてもらいました。


朝3時出勤で、周囲が学校帰りに遊んでいる時間には眠くなる。それでも、働くこと自体が嫌だったわけではない。
大国フーズで3年ほど働いたのち、外の会社でも働いてみたいと考え、のちにグループ会社となる協栄産業に入ることになる。

2か月ほど休みの時期があり、その時、いっぱい遊ぼうと思ったのですが、1か月くらいで飽きてしまって。いろいろ動いているほうが自分には合っているんやなと思いましたね(笑)。


「土」をテーマに向き合い、人と人がつながりストーリーが生れる。〈土と人の土台〉を耕す若き改革者

食べてもらって、喜んでもらう。その思いは、商売の形が変わっても変わらなかった。その視線が次の一手へと大きく向かったのが、コロナ禍である。

生産者を守りたい!その思いが<土づくり>につながった


協栄産業に移ってからの津田氏は、ホテルや結婚式場向けの食材供給を広げてきた。取引先は増え、売上も事業を引き継いだ当初の1億円台から7億5000万円ほどまで大きく伸びていた。

高級ホテルの開業も続いていましたし、この領域でしっかり勝負していけば、大きく崩れることはない。そんな手応えを持っていました。


だが、コロナ禍はその前提を一変させた。主要な納品先からの受注が次々に止まり、売上は急落した。

もともとはホテルの宴会や婚礼事業、レストラン事業部に納品していたのですが、コロナ禍で売上は一気に95%ダウン。残ったのは、従業員食堂向けに野菜をお届けするような仕事だけでしたね。

経営への打撃はもちろん大きかったが、それ以上に堪えたのは、顔を合わせながら関係を築いてきた農家の作物が行き場を失ってしまったことだった。

津田氏は一人ひとりに電話をかけて事情を伝え、頭を下げた。
厳しい言葉を受けてもおかしくない状況だったが、返ってきたのは責める声ではなかった。

皆さんがほんまに温かくて、「苦しい時やけど、一緒に頑張っていこう」と言ってくださって。あの言葉は忘れられません。今でも僕にとっての支えです。


この経験を通して、特定の販路に頼るだけでは、いざという時に生産者を守れないと痛感した津田氏。農家と一緒に事業の土台をつくり、その先の売り先まで広げていく必要がある。そうした思いが強くなっていった。

ちょうどその頃、津田氏は父がグループ会社の大国酵素で手がけていた土づくりの現場を見る機会を得た。

僕らの資材を使ってくださっていた農家さんの田んぼは、稲の立ち方から他所と違っていて、見比べても、実っている量の差がすぐに分かったんです。でも、僕の中で一番大きかったのは、その変化を農家さん自身が本当に喜んでおられたことでした。「これはいいな、もっと広げていきたいな」と。


売り場を広げることに向いていた視線が、その手前にある「育つ土」そのものへと向かい始めていた。

「土」をテーマに向き合い、人と人がつながりストーリーが生れる。〈土と人の土台〉を耕す若き改革者

土づくりが教えてくれた、一人ひとりが主役になれる組織


作物が育つ土台に目を向けるなかで、津田氏の関心は人や組織の育ち方にも広がっていった。
協栄産業に在籍していた当時、同社はすでに大国フーズの関連会社となっており、父が手がけていた大国酵素の取り組みを通して、土づくりの考え方に触れていった。
そこで津田氏が惹かれたのは、外から一方的に与えるのではなく、育つ力を支えるという発想だった。

大国酵素の資材は、栄養を加えるのはもちろんのこと、植物が自分の力を発揮しやすい土の状態を整えていく考え方なんです。人も同じで、行動を振り返りながら「次はこうしてみよう」と自分の言葉で整理できた時に、初めて気づきが本当に身についていくはずです。


この感覚は、土づくりの現場だけで得たものではない。津田氏は20年以上、キックボクシングのトレーナーも続けてきた。相手によって、伸びるきっかけも、言葉が届くタイミングも違う。その実感は、人を育てる時にも同じだと感じてきたそうだ。

一部のスターをつくるというより、一人ひとりがそれぞれの持ち場で主役になれるほうがいいと思うんです。植物も、根っこがしっかり張ってこそ、その先に実りがついてくる。組織も同じで、まずは一人ひとりがちゃんと育っていける土台が必要です。


「土」をテーマに向き合い、人と人がつながりストーリーが生れる。〈土と人の土台〉を耕す若き改革者


津田氏が大切にしているのは、「食を通じて笑顔をつなぎ、人に希望を与え続ける」という考えである。

人って、物事を希望から見ることもできるし、絶望から見ることもできると思います。もちろんどちらの側面もあるんですけど、僕はまず希望を持って人と関わりたい。そうすることで、相手にも前向きな気持ちが伝わるものです。

そのためには、やりたいことをちゃんと言えて、それを周りと話し合えること、苦しい時にも一人で抱え込まずに話せることが大事。ビジネスはあくまで手段であって、僕が本当に目指したいのは、土を通して土から人がつながり、そして人と人がつながる。そこには希望があり、そして前に進める状態なんです。


食の上流にある「土」を見るようになってから、津田氏は、目に見える成果の手前にある土台をいっそう大事にするようになった。
人もまた同じで、一人ひとりが自分の力を発揮できる状態をどうつくるか。その視点が、津田氏の組織づくりの土台になっている。


「川上から川下までを一つのチームに」次の世代へ渡す土台をつくりたい


一人ひとりが力を発揮できる土台が大事だという考えは、会社のあり方にもつながっていった。
コロナ禍を経て、土づくりと販路づくりは切り離せないものになり、グループ内の事業を一つの流れとしてつなぎ直す必要があった。

そんな思いが強まっていた頃、父から大国フーズを受け継いでほしいという話があった。

即答はできませんでした。協栄産業でも、まだ広げていきたいことがありましたし、大国フーズには大国フーズで、みんなが頑張って築いてきたものがある。自分が入ることで、かえって横やりになるんじゃないかという気持ちもありました。

でも、父への感謝もありましたし、自分が入ることで、グループ全体をもっと活かせる可能性も感じるようになったんです。それで、昨年4月に大国フーズへ戻りました。23年ぶりでした。


「土」をテーマに向き合い、人と人がつながりストーリーが生れる。〈土と人の土台〉を耕す若き改革者


まず向き合ったのは、個別に動いてきたグループ会社同士の距離だった。

それぞれの会社に、積み重ねてきたものがあります。だから、どこか一つのやり方に揃えるというより、今あるものをどう生かすかを考えたかったんです。グループ全体で見れば、川上から川下まで、つまり生産から販売まで関わる形がある。その流れをちゃんとつないで伝えていけたら、もっと発展していけると思いました。


ただ、グループとしてのつながりは、方針を掲げるだけでは生まれない。顔を知らない相手もいれば、自分たちが扱う作物が育つ農場に行ったことのない社員もいる。

まずは自ら鹿児島の農場に行って、直接コミュニケーションを取るところから始めました。社員にも現地へ行ってもらって、一緒にご飯を食べたり、話をしたりして。実際に会うのと、LINEだけでやり取りするのとは違いますからね。


並行して進めているのが、グループ企業全体で共有する考え方の整理である。

ミッション(使命・存在意義)とビジョン(未来像・目指す姿)は、グループ全体で同じ方向を向くために必要だと思っています。でも、バリュー(価値観・行動指針)は会社ごとにあっていい。それぞれの会社らしさも大事にしながら進めていきたいんです。



津田氏が目指しているのは、グループ企業全体を一色に染めることではない。それぞれの会社が持つ個性を生かしながら、一人ひとり(各企業)が自分の持ち場で力を発揮できる状態を、全体として支えられる形に整えていくことだ。

ここで焦って売上だけを伸ばそうとすると、土台が崩れてしまうでしょう。だから、まずはしっかり基盤をつくる。僕は60歳になったら引退するつもりなので、その時には次の世代にバトンタッチしたいんです。


17年後に自身が60歳になる時には、グループ売上100億円を達成し、次の世代が走り出せる状態まで整えておきたい。大国グループが手がけてきた土づくりと同じように、津田氏はいま、会社の未来に向けた土を耕している。

一人ひとりが自分の持ち場で力を発揮して、「こうなったらいいよね」「もっとやってみよう」と自分たちの言葉で話せる会社にできたら、最高やなと思っています!


「土」をテーマに向き合い、人と人がつながりストーリーが生れる。〈土と人の土台〉を耕す若き改革者




株式会社大国フーズ
本社:大阪市生野区田島6丁目14番19号
オフィシャルサイト:https://daikokufoods.co.jp/