有限会社 サンクラール / 代表取締役 矢田幸史 氏
印刷とは元来、情報を伝えるものである。わかりやすい例をあげるなら、スーパーマーケットのチラシはその最たるもの。
その印刷をアートの領域と結びつけようとしているのが、有限会社サンクラール 代表取締役 矢田幸史氏だ。
同社は矢田社長の父親が、昭和49(1974)年に大阪市城東区で創業。当時はいわゆる、街の印刷屋さんといった事業を行っていた。
実家の仕事が好きだった矢田社長は10歳のころから父親を手伝い、高校卒業後に家業に入る。
そして平成23(2011)年に後を継いで、代表取締役になった。当時はインターネットが社会にすっかり定着し、様々なところでデジタル化が加速。昔からの印刷業には、留まることのできない逆風が吹き続けていた。

まさに、そうでしたね。僕の代に替わるころには、これから製版(印刷に必要な版を作るための工程)の仕事が消滅していくと思われていました。今も変わらず、インターネットが普及してから印刷は厳しくなってきていますよ。これまでの僕らのような印刷業は(依頼元からの版を受け取って)刷るだけだったんです。それを自分のところで元になる版を出す会社にするために、父親が私へ代替わりするのを機に、新たにCTP(computer to plate)という機械を入れてくれたんです。
それは僕が熱望したこともありますが、自分たちでデータを触れる会社になっていくことが、これからは必須だと思っていました。そのための機械を購入してくれたので、社内でできることが、武器が増えた。そこが、ひとつのターニングポイントでしたね。
昔からのやり方を続けていては、今の時代に生き残っていけない。サンクラール社は自分たちにしかできない技術にトライし、それを手に入れた。その技術が箔を使った特殊印刷加工 “Sプリズムプリント®”である。
通常の箔加工は印刷後に箔を押すのに対して、この“Sプリズムプリント®”は先に箔を押しその上に直接印刷する。そうすることで箔の多色化や箔のグラデーションなど、ありとあらゆる箔の色の表現が実現。
また、箔表面に微細な凹凸を入れ、光の反射角をコントロールし、光をデザインすることができる。さらに印刷データに特殊な加工を加えることで見る角度により色を変化させることもできる。
でき上がった印刷物は、例えばある角度からは銀色に見えるが、別の角度からはまた違った色に見えたり、赤色が青や緑に変化するなど、その仕上がりはまるで綺麗な蝶の羽の様でもあり、またホログラムの様にも見える。
光の設計により立体的な表現や光の動きをコントロールする、他所には真似ができない技術が、とても煌びやかな唯一無二の印刷物を作り出す。
色だけではなく、光の要素を印刷物に入れていく。この技術自体は海外から入ってきたもので以前からありましたが、日本ではほとんど僕らしかやっていないんじゃないですかね。ほとんどというのは、やっているところはありますが、商業印刷ベースでやっているところはほとんどないという意味です。

仕事が取れなかった、ならば…アートへ
この技術に取り組み始めて8年になるが、当初はまったく仕事が取れなかったという。
世間的にほぼ認知されていない技術であり、できあがった印刷物の真価はパンフレットやホームページでは伝え切れず、実物を目にしてもらう他ない。それゆえに採用されにくく、社としても営業しづらい商品。それでも、これをなんとか広げたい。当時は言わば、無人の荒野を切り拓いているようなものだった。
だが諦めることなく前進を続けることで、転換点が訪れた。
印刷の工程自体は2工程なのですが、その前のデータ制作からすごく手間がかかって、高価なものになっていくんですよ。高級な日本酒のラベルなどには採用されていましたが、これは商業印刷の営業をしていては無理だなと。
矢田氏は、ならばこれをアートの世界に持っていったらと発想した。
印刷でアートに踏み込んでいるところは、ないだろうと考えたんです。それでいざやり始めてみたら、その世界が思っていた以上に面白くて、合っていたんですよね。クリエイターと一緒にもの作りを始めたことで、僕らの表現や発信がガラッと変わっていった。それまでの仕事を待っている会社ではなくて、自分たちから打ち出していく会社に変わっていきましたね。

ターゲットをエンタメとアートに
直近の2年間で主要なターゲットを、エンタテインメント(エンタメ)業界とアート業界と定めた。
アートは未来への投資というか、世界へのパスポートのような考えもあります。クリエイターとの人脈から、いろんなことが発生して広がっていくみたいなね。現在、アート業界は正直なところお金にはなりません。ですが僕らのブランディングにもなるし、僕らの能力を引き立てるというか、そうなるために必要なパワーがある。
一方でエンタメ業界は資金が潤沢なので、そこは狙いとした理由のひとつですね。
エンタメ業界とつながりを得たのは、展示会への出展を通じてのこと。
それまでは大手印刷会社さんの発注のもとで、試作をやっていたのですが、一向に仕事にならない。僕らはずっと作り手で居たくて、大手企業さんが売ってきてくれたらいいなと思っていました。でも売ってきてくれない。
そうなら、もう自分で動くしかない。そう思って去年から、東京で開かれるコンテンツビジネスの大きな展示会に出展し始めました。
そこでエンタメ業界とのつながりが広がっていったんです。

展示会での大きな反響
反応はめちゃくちゃ良かったですよ。そこには印刷会社さんが何社か出ていたんですけど、みんなマーケティングだとかブランディングだとかばかりで。そんな中で僕らは、「カッコいい印刷物しか作れません」と打ち出しました。印刷ド直球で勝負しているのと、我が社の展示品が圧倒的に美しいので、すごく話題になりましたね。
その一方で、今後は露出を控えていく方針であるという。
僕らの存在や印刷物が、なんとなく世間に見つかり出したよう感じがしています。これからはこの技術を大事に育てていくフェーズに入ったと思っていて、今からは露出を控えていこうと考えています。今後は東京の展示会ではなく、海外の展示会に出していこうかと思っています。
印刷だからこそのアート表現
エンタメ業界でビジネスを広げていくのと同時に、今後は“Sプリズムプリント®”でアートの世界とより深く結びついていく。
世界中のアーティストとアート作品を作っていきたいと思っています。印刷はもともと複製のためのもので、印刷とアートの結びつきも複製なんですよね。だけど今はアートもデジタル化されて、そもそも原画が存在せず、データに価値がつく時代になってきました。でもどこかしらでアウトプットをやらなければいけないシーンがあり、アウトプットをやってほしいニーズも必ずある。デジタルデータに高い価値が付いた作品のアウトプットが、普通の出力でいいわけがありません。そこで僕らのような印刷でしか表現できないアートの必要性が高まると思っているので、それを世界中に広げていきたい。

新しい技術とともに、印刷の世界に新しい地平を切り拓いた。
そんなサンクラール社が目指す、今後の目標とは?
僕らの中期目標としては、世界中から発注が来る印刷会社になることです。
だけどその先となると、あまり考えていないですね。印刷物は今までと役割が変わってきていて、もう情報を伝えるものではなく、それ自体が価値のあるものになってきているんです。たとえばインターネットで個人が無料で情報を発信できる時代になりましたが、紙に印刷するとなるとお金がかかります。いずれ『印刷してるんだ、リッチだね』みたいになると思うんですよ。そうなると、やはりそれなりの価値が必要になる。そういう付加価値の高い印刷物を作る企業として、確立していきたいと思っています。
商業印刷の世界を飛び出したら、新しい世界が現れた。
矢田氏がこれからその世界をいかに広め、深めていくのか注視したい。

