足立農醸 / 代表 足立洋二 氏
日本酒業界は国内消費量の減少や新規参入の難しさ、職人の低賃金といった課題を抱えている。
そんな中、異色のロケーションで酒造りを行う醸造所が注目を集めている。
大阪府高槻市の富田団地で酒造りを行う足立農醸。
代表の足立洋二氏が輸出用清酒とクラフトサケ(※1)を製造販売。併設するお店では妻と共に足立農醸のお酒を提供しており、訪れた人は新たな“SAKE文化”を体験できる。
(※1)クラフトサケ:日本酒(清酒)の製造技術をベースとして、お米を原料としながら従来の「日本酒」では法的に採用できないプロセスを取り入れた、新しいジャンルのお酒。フルーツやハーブなどの副原料を入れることで、新しい味わいを実現したお酒もたくさん誕生している
今回、足立氏が日本初の「団地の醸造所」を構えた経緯を詳しく伺うとともに、足立農醸が目指す未来や国内外へ広がるクラフトサケの可能性について語ってもらった。

テキサスでの発見。挫折から見えた「将来の仕事」
大阪生まれで、2人の兄と共に「好きなことを中途半端にやるな、本気でやれ」という方針の家庭で育った足立氏。
幼少期から競泳に打ち込み、高校卒業後はアメリカ・テキサス州の大学に強化選手として留学した。
頂点を目指していたものの、想像以上に世界は厳しかった。ある日、勝てないことを悟り、親にも「負けました」と報告することになる。20代を迎えたばかりの足立氏にとって、大きな挫折だった。
人生の目標を見失い、次は何をしようかとしばらく迷いました。興味のあった音楽や大学で経営を学んでも、心は満たされなかった。
将来に迷っていた頃、父親がテキサスの学生街で日本食レストランを開業。足立氏は通訳やサーブ(接客)係として手伝うことになった。
日本食レストランでは、日本人の職人が出汁をとった本格手打ちうどんをメインに提供していた。さらに、日本酒の飲み比べメニューを販売したところ、大反響を呼んだという。
当時のテキサスではテキーラやジン、ウォッカといった強めのお酒をカクテルにして飲むのが基本で、日本酒はほとんど知られていませんでした。
酒の流通体制が整っていなかった中、選りすぐりの日本酒を味を落とさずに輸入するのには苦労したが、ワイングラスで提供した“ここでしか飲めない日本酒”は現地の人々に新鮮な驚きを与えた。
おいしいと喜ばれ、常連が増え、客単価も大幅に上昇。「日本酒は、世界で勝負できる可能性がある」と確信したことが、日本酒を将来の仕事にする大きなきっかけとなった。
しかし当初は自ら酒を造るつもりはなく、輸入や販売を視野に入れていたという。

アメリカ・テキサス州、強化選手としての留学時代
「日本酒の価値を伝えられる酒造りがしたい」青森での修業とクラフトサケ
「日本酒をもっと知りたい」という思いで足立氏は帰国し、昼は水泳コーチの仕事をするかたわら、夜は神戸の日本酒バーで働いた。
儲けたお金をお酒の勉強代に充て、日本酒を飲み比べてはメモをとりました。当時交際中だった妻には、「毎晩お酒ばっかり飲み歩いていたあの時のあんたが一番嫌いやったわ」と言われてます(笑)。
だが、そんな姿を見たある飲食店店主の紹介で、青森県の八戸酒造株式会社で1週間、住み込みで酒造りの実習をすることになる。
そこはまさに、「技は目で盗め」という職人の世界だった。短期での体験では物足りず、「日本酒を知るには作ってみるのが一番」と本格的に酒蔵での修業を決め、結婚と同時に青森に移住した。
蔵人(くらびと:杜氏(とうじ/酒をつくる職人の長)のもとで酒造りに携わる職人)としてのキャリアをスタートすると、酒造りの魅力と同時に業界の課題も体感したという。
休みも少なく、やっと生活していける程度の賃金で、心身共に限界に達する環境でした。質の良い酒造りには高い技術と多くの労力が必要にもかかわらず、低価格で販売されている。「価値が正当に評価されていないのでは」と疑問が拭えませんでした。

青森県八戸酒造にて。酒造技能士を取得(右から2人目)
誇りとやりがいはあるが、このまま数十年間も続けられるのか?ーーそう自問するうちに、足立氏は「価値をしっかり伝えられる酒造りがしたい」と思うようになった。
しかし、日本で日本酒を造るのに必要な「清酒製造免許」は現在、国内の需要と供給のバランスを取る目的から新しく取得することができない。独立しても新規参入は事実上不可能であることも知り、足立氏は頭を抱えた。
転機となったのは、「クラフトサケ」(※2)の存在を知ったことだった。
クラフトサケとは、日本酒の製法をベースにフルーツやハーブといった副原料を取り入れた新しいジャンルの酒で、「その他醸造酒免許」を取得することで製造販売ができる。従来の日本酒に比べて自由な酒造りが可能で、新たな市場として魅力的だった。
(※2)クラフトサケ:全国のクラフト酒醸造所が同業者組合として2022年6月に設立した「クラフトサケ ブリュワリー協会」が定義した。同協会は消費が低迷する日本酒市場を変革し、日本により豊かな「サケ文化」を築くことを目指している。さらに法改正により輸出用に限って「輸出用製造清酒免許」で日本酒を造れるようになった。「輸出用製造清酒免許」:日本酒の輸出拡大に向けた取り組みを後押しする観点から、2020年度に設けられた免許制度。
東京・三軒茶屋の「WAKAZE」や秋田・男鹿の「稲とアガベ」といった、小規模でクラフトサケや輸出用清酒を作って販売する蔵との出会いもあり、「自分にもできるかもしれない」と感じるようになりました。
「価値をしっかり伝えられる酒造りをしたい」……その思いを後押しする出来事がもう一つ。
酒造りでの独立を決意した頃、ヨーロッパを旅行しました。現地の人に日本酒を造っていることを話すと、「なぜそんなまずいものを造っているのか」と言われて悔しかった。そもそも、ヨーロッパでの日本酒の認知度は想像以上に低かったのです。
でも、おかげで「ヨーロッパでおいしい日本酒を作って多くの人に届ける」という夢が生まれました。
具体的な国としては、酒造りに適した軟水や稲作環境を得やすいスイスを選んだ。
当時、2018年。足立氏はこの夢を叶えるのに10年かかることを予想し、ゴールから逆算して年毎の目標を立て、計画に落とし込んだ。
日本が誇る酒文化を伝えるために、まずは地域の資源を活かした酒造りを始めて、新たな可能性を切り開こうーー兼業できる酒蔵を求めて兵庫・丹波の西山酒造場に移り、蔵人として働きながら、入社3か月目に起業。2021年1月、「足立農醸」の誕生だ。
兵庫県の東部に位置する丹波市の耕作放棄地を活用し、酒作りに使用する米作りを自ら手掛けた。
稲作から仕込みまでのストーリーをSNSで発信することで認知度を上げ、クラウドファンディングに挑戦して商品化にも成功。ファンや顧客を獲得していった。

団地の醸造所から生まれる、新しくて自由なSAKE文化
足立農醸が製造販売する酒には、「華麗なる団地の休日」「団地 de マリブ」など、ユニークな名前が並ぶ。
そう、酒造りの場所として選ばれたのは、なんと団地の一画。
2023年に構えた醸造所には白色でデザインされた小さなカフェバーを併設しており、訪れた人は酒が出来る工程を見ながらクラフトサケや甘酒などを味わうことができる。
団地で酒造りをすることを決めた理由について、足立氏は「スケルトン構造で自由な設計ができたから」と語る。
もともと出身地の大阪で酒造りができる居抜き物件を探していたのですが、制約が多くて理想の醸造所を実現できないことに悩んでいました。しかし高槻市の富田団地にあるこの物件に偶然出会って、DIYで自由に空間を設計できることが分かったのです。もう、「ここしかない」と思いましたね。
設計図を描き、大工と共に支柱を立て、石膏ボードを貼るなど“団地の醸造所”を手作りで完成させた。
屋号の「農」の字には農業への思いが込められている。
酒造りに使用する米には高槻市樫田地区の「きぬひかり」を、クラフトサケ造りに使うフルーツには大阪産の旬のものを選んでおり、農家と協力して地産地消を実現しているのだ。
足立農醸では酒の原料に酒米ではなく、家庭の食卓で親しまれる飯米(※3)を取り入れている。
スイスへの酒蔵進出を見据える足立氏にとって、現地で調達しやすい飯米で酒造りの体制を構築することは必然だった。
(※3)飯米:酒米に比べて栽培しやすく、海外でも生産可能。足立農醸ではヨーロッパに酒造りのための精米機がないことを見据え、家庭で食べられている精米歩合90%の飯米を使用して酒造りをしている。
酒米に比べて酒造りがしにくいとは特に感じませんでした。飯米は甘みやコクが強く、雑味を抑えたい酒造りには向かないと言われてきましたが、食事と合わせやすい個性的な風味を生み出せるのです。
特にクラフトサケでは、副原料と組み合わせることで飯米特有のうま味が活かされ、奥行きのある味わいになるという。
ワイングラスで提供されたクラフトサケを一口飲むと、スッキリとした味わいとともにかすかな米の甘みとフレッシュなキウイの香りが口いっぱいに広がった。
若年層や女性から特に支持を得ている「MIYOI‐美酔‐」(※4)シリーズは、甘味と酸味のバランスを重視した食中酒。特にチーズを使ったイタリア料理やフランス料理と合わせて飲むのがおすすめだという。
(※4)MIYOI(ミヨイ):「美しく酔う」「お酒の魅力に酔う」を掛けて名付けられた、足立農醸発のブランド

大阪に足立農醸あり!挑戦を楽しみながら、日本のSAKE文化を世界に届ける
挑戦と試練の連続だった足立氏の酒造り。さまざまな壁を乗り越えてこられた理由を聞いた。
競泳で挫折したあの頃と比べれば何てことないから、もうダメだなと思ったことはありません。体力的にはしんどいですけど、好きなことだからやっていけます。
そんな足立氏は、日本酒の国内消費量が減少(記事下【コラム】参照)する中、新たな市場開拓に挑んでいる。
企業やアーティストとコラボレーションしたオーダーメイドの酒造りや、クラウドファンディングを活用した顧客参加型プロジェクトも展開中だ。
今は、「たこ焼きに合う酒」を作るクラウドファンディングに挑戦しています。参加してくれたお客さんの意見を聞きながら、試作やラベルのデザインなどを一緒に進めていく予定。ビールよりもたこ焼きに合うクラフトサケにします!
足立氏の話しぶりから、次々と生まれては形になっていくアイデアの源は「楽しむ」ことだと伝わってくる。
「2028年にスイスで日本酒造りのビジョンを確立する」という目標を叶えるべく、OEM生産の積極的な受け入れも含め、海外市場への進出も並行。現在クラフトサケと日本酒を含めた輸出量は売上全体の2割を占めており、今後は5割にまで引き上げる計画だという。
大阪という土地柄、インバウンド需要もある。国内では「大阪といえば足立農醸」と言われるようなブランドを築きます。
そして、日本酒を世界に届けるだけではなく、日本のSAKE文化を世界に広げていきたい。
取材当日、富田団地の醸造所にはフランスから短期の修業に来たという青年の姿があった。彼は滞在中、酒造りの工程を学びながら、クラフトサケの魅力を肌で感じているという。
足立氏は、「海外での酒造り体制を整えるためには、現地の人材育成も必要」と考えており、今後も海外からの研修生を積極的に受け入れていく方針だ。
【コラム】日本酒輸出額の増加に注目
財務省貿易統計によると、日本酒の年間輸出総額は2014年で115億円だったが、2024年には434.7億円と大幅に増えている。輸出先の7割近くを米国、中国、香港が占めており、ドイツやフランスなどワイン文化が浸透している国でも輸出額が増加。さらに2024年12月、日本の「伝統的酒造り」がユネスコ無形文化遺産に登録されたことも、さらなる日本酒の海外での販路拡大につながりそうだ。
参考:財務省貿易統計、日本酒造組合中央会
参考:財務省貿易統計、日本酒造組合中央会

