株式会社クンテープ / 代表取締役 川北昌紀 氏
中学時代からアメリカに憧れ、欧米で仕事をしたいと考えていた青年が一転、大阪でタイ料理店の経営者に。タイの首都バンコクの現地名「クンテープ」を店名として本場の味を提供し続けてきた店は、タイ国政府認定レストランの栄誉を受け、関西を代表するタイ料理店に成長した。日本でタイ料理を広めることを目指し、食材の販売にも力を入れる川北昌紀氏に、タイとタイ料理の魅力を語ってもらった。

原点は「自分でビジネスを始めたい」との思い
クンテープを開業したのは1992年、川北氏が32歳のとき。そこに行きつくまでには、幾多もの紆余曲折があった。
もともと自分でビジネスを始めたいという思いが強くありました。大学を卒業後、最初の就職をしたものの、3か月後に父親が急死。田舎の三重県に帰って、電気屋を継いだ兄の手伝いをしたのですが、「自分が初代でやりたい」というのが僕の本心でしたから、半年で東京に戻りました。
ビジネスのためにヨーロッパに行ってみたいと考えていたのですが、お金がない。そんなとき、タイなら航空券が安く買えると友人から聞いて、それならとタイに行きました。24歳のときで、これが初めて生まれたタイとのつながりでした。

食わず嫌いだったタイ料理に目覚める。「匂いはきついほどいい」
ところが、タイ料理とは初対面から相性が悪かった。屋台で見た感じが嫌だったので、ホテルでチャーハンばかり食べて、2週間で帰国。ただ、タイでは値切るのが当たり前で、10円単位で値切るマネーゲームは楽しかった。そして、2度目のタイで、タイ料理に目覚めた。
やっぱりヨーロッパに行く計画でタイに渡ったんですが、フードコートで食べたタイ料理に一発ではまりました。それまでは食わず嫌いだったんですね。特に、ひき肉サラダは最高でした。うちの店でも出しています。パクチーも自分に合いましたし、ハーブは全部食べます、ドクダミを除いてですが。匂いはきつければきついほどいいですね。

タイの楽しさに目覚める一方、タイ人との仕事意識のギャップに悩む
しかし、タイ料理店の出店までには、まだまだ時間がかかる。タイからパリ、ロンドンへ飛んだが、どちらも東京と一緒で面白さを感じなかったため、がっかりしてヨーロッパでのビジネスはあきらめた。その後、タイと日本を行ったり来たりしているうち、物価が安く活気のあるタイの楽しさに目覚め、バンコクで店舗を借りて始めたのが、日本の洋服やアクセサリーを売る雑貨店。そこでタイ人と仕事をする難しさを痛感する。
一言で言って、いいかげんなんです。何があっても「マイペンライ(大丈夫、大丈夫)」。1カ月でノイローゼになりました。でも、「タイで死んでくる」と言って、100キロの荷物を背負って渡って来ただけに、簡単には帰れません。「タイの人を雇えば月1万円で済むが、日本人だと30万円かかる」と考え、そこで頭が切り替わりました。
タイ人の妻の料理を毎日食べ続けたことでタイ料理店開業へ
ところが、その店も長続きしなかった。店の拡大のために期待していた、隣に建設中だった日本のホテルが建設中止に。「いい理由ができた」とばかりに即座に日本へ帰ったが、その前に、実家に内緒でタイ人女性と結婚式を挙げていた。その妻との生活がタイ料理店につながっていく。
帰国して妻を呼び寄せ、1年後に大阪に来ました。東京は出戻り感があって面白くなかったので。ところが、10件面接した会社にすべて断られ、わらび餅売りの移動販売を始めました。「お客さんに喜んでもらう」ため、冷凍庫を買っていつも冷たいものを売るなどの工夫をして、すぐに売り上げは断トツのトップになりました。
でも、自分で商売を始めたいという気持ちはずっとあり、妻が作るタイ料理を約3年間、毎日食べているうちに、タイ料理の店をやろうかということになったんです。

本格を追及してタイ国政府認定レストランに
最初に開いたのは日本橋。妻とタイ人のコックが調理を担当、自分はホール係として切り盛りした。ミナミで働いていたタイ人が夜になると訪れ、連日満員の盛況。東心斎橋に移転後、現在の道頓堀本店のある地に移ったのが1999年だった。その7年後にはタイ国政府認定レストランに。
常に心掛けていたのは、地元のお客さんに愛される店にすること。そして目標は、タイ料理を日本に広め、中華料理を抜くことでした。このため、道頓堀ではお昼にバイキングを出すようにしました。値段は980円。最初のうちは1日10人も来なかったのですが、店員と毎日、店の前でビラを配り続け、3年後には土日に行列ができるほどになりました。
一方、タイ料理の食材を扱うタイマーケットも開業し、10種類以上のタイハーブ、ナンプラーやパームシュガーなどの香辛料・調味料もそろえるほか、通販を利用してオリジナルタイ料理の冷凍ものも販売しています。

食材や冷凍食品販売に続いてファーストフード店開業も計画、ファン拡大を目指す
大阪で3店、東京の虎ノ門ヒルズにも出店して、押しも押されもしない本格タイ料理店と認知されるようになっても、タイ料理をもっと広めたいという当初の目標は変わっていない。タイ料理のファーストフード店を開く計画も着々と進めており、タイ料理のすそ野を広げようと懸命だ。
タイ料理は辛すぎて子供が食べられないと思われていますが、タイ料理の半分は辛くないんです。さらに、トムヤムクンに代表されるような酸味・辛味・甘味・塩味が生み出す立体的な味は日本人にとてもなじみやすいはずです。マーケットには子供さんが買いに来てくれるようにもなりました。小さいときからタイ料理に親しんでくれれば、家庭でもタイ料理が広がると期待しています。
