株式会社キシモト / 常務取締役 俣野裕介氏
大阪市天王寺区に本社を構える株式会社キシモトは、内装仕上げ材料を扱う老舗商社だ。
襖紙や和紙壁紙を扱い続けてきた歴史を持ちながら、今、同社は新しい世代へ向けた転換期にある。
常務取締役の俣野裕介氏は、京都出身。幼い頃から会社との縁はあったものの、転職を経てまっさらな気持ちで飛び込んだキシモトの現場で、職人との付き合い方や商売の流れを一つずつ学んできた。
人口減少、職人不足、採用や定着の難しさ。変化の波が押し寄せるなかで、俣野氏は何を受け継ぎ、何を変えようとしているのか。その歩みと想いを聞いた。

材料一枚から人の手配まで。内装の現場を止めない
建物の印象は、最後に選ばれる壁紙や床材、カーテンなどによって大きく変わる。株式会社キシモトは、そうした内装仕上げ材料を扱う建築資材を長年扱ってきた。
主に扱っているのは、壁紙、塩ビタイル、カーテン、カーペット、ガラスフィルム、化粧フィルムなどです。昔から扱ってきた襖紙や和紙壁紙もあります。このような内装の仕上げ材料を、施工業者や工務店、設計事務所などに卸しています。
建築の現場に材料が届くまでには、いくつもの事業者が関わる。壁紙や床材などをつくるメーカーがあり、その次にキシモトのような卸業者がいる。職人や工務店に材料が渡り、実際の現場での施工が進んでいく。
大阪では、個人で動く職人や地域の工務店との取引も少なくない。商材をそろえて納品するだけでは、現場の要望に応えきれない場面もある。
一人親方の職人から「職人を紹介してほしい」と相談されることもあり、キシモトには材料の注文だけでなく、現場と職人に関する情報も集まってくる。
以前、工期が短くなり、このままでは施工が間に合わない現場がありました。その時は、うちから施工業者さんを紹介し、何とか工期内に収めたんです。長年お付き合いのあるお客さんから「キシモトさんに頼めば、何か問題があっても解決してくれる安心感がある」と言っていただけたことは、今でも大きな誇りですね。
材料を届ける。職人を紹介する。工期に間に合うように段取りを組む。キシモトが担っているのは、内装仕上げ材料の流通でありながら、現場を止めないための調整役でもある。俣野氏の言葉を借りれば、その仕事は「材料一枚の手配から、人の段取りまで」に及ぶ。
仕上がった建物に、キシモトの名前が表に出ることはほとんどない。それでも、壁紙が貼られ、床が仕上がり、空間が完成するまでの流れの中に、キシモトの仕事が活きている。

市場は縮小傾向…それでも広がる和素材の可能性
キシモトらしさの一つに、襖紙の在庫量がある。
壁紙や床材などは同業他社でも扱う商材が重なる。一方で、襖紙については、ほぼすべてのメーカーの商品を置いている会社は全国でも多くないと俣野氏は語る。
メーカー同士の関係性から、地域によっては一社の商品を置くと別のメーカーの商品を扱いにくい文化があります。でも、大阪は商売柄なのか、土地柄なのか、昔からいろいろなメーカーの商品をそろえて販売する流れがあったんです。
もっとも、襖や畳の市場は縮小している。住宅の形が変わり、昔ながらの襖を使う家も減ってきた。襖紙を扱う同業者の中には、在庫を持つことが難しくなる会社もある。それでも、キシモトはこの領域を簡単には手放してこなかった。
襖の在庫や表具関係をやめないのは、先代からの想いもあります。そして、襖紙の取り扱いを見直す同業者が増える中で、最終的にうち(キシモト)に声をかけていただくことも多いんです。
襖屋や建具屋にとって、材料を安定して仕入れられる先が減れば仕事に影響する。横のつながりから「キシモトなら在庫がある」と紹介され、壁紙など新たな取引につながることもあるという。
襖や和紙は、過去のものとしてだけ存在しているわけではない。一般住宅で襖の需要が減る一方、ホテルのベッドボード上に飾る和紙パネルや、エントランスの組子・和紙装飾など、宿泊施設をはじめとする現代の空間で和素材が取り入れられる例もある。
キシモトが持ち続けてきた在庫数と知識は、そうした変化に応える土台にもなっているのだ。

まっさらな入社から経営者の目線へ。現場で鍛えられた営業時代
常務取締役を務める俣野氏は京都出身。父もかつて社長を務めたキシモトは、幼い頃から親戚づきあいのなかにある家業だった。天王寺の本社を訪れると社員がお菓子をくれ、優しく迎えてくれた少年時代の記憶が残っているという。
大学卒業後は不動産会社に就職し、3年ほど働いた。転職を考え始めた頃、声をかけたのが、当時社長を務めていた岸本幸子氏だった。幼い頃から付き合いがあった俣野氏は、今も親しみを込めて“幸子さん”と呼ぶ。
幸子さんから誘われた時も、建築資材の商社をしているんやろう、ぐらいの知識しかありませんでした。家業だから継ごうという強い思いがあったわけでもなく、本当に新入社員と同じ、まっさらな気持ちで入りましたね。
入社後は営業を任され、職人や工務店のもとへ材料を届け、見積もりをつくり、現場が収まるまで対応した。経営を担ってきた一族の一人として、周囲からどう見られているかも意識していたという。
「ちゃんとせなあかん、成績もトップにならなあかん」と思っていました。実際、何年かはトップでしたね。
当時は人手が限られるなか、現在では考えられないほど多くの顧客を担当していた。対応の難しい顧客や採算の合わない現場も抱え、早朝から納品に走り、夜に戻って見積もりをつくる日々が続いたという。
最初は職人さんも怖かったですし、相手の見極め方も接し方も分かりませんでした。赤字を出した現場もあります。でも、そういう経験を重ねたからこそ、建設業界の流れや、相手がどんな思いで仕事をしているのかが少しずつ分かるようになりましたね。
俣野氏を会社へ招いた幸子氏が亡くなったのは、入社から5年ほど経った頃だった。株式の一部を受け継いだこともあり、俣野氏の視線は、一人の営業として担当顧客を見るところから、会社全体へと広がっていった。
そこから、物事の見方が一人の営業部員の目線から少しずつ“経営者の目線”に変わっていきました。このままの経営では、会社運営が厳しいという思いもあって。
次の世代が働き続けられる会社へ!変えるもの、変えないものとは?
現在、俣野氏は常務として、役員や幹部とともに会社の方針を決めている。今後は7代目社長を引き継ぐ予定だ。
今期の売上は入社時から3倍ほどになる見込みで、組織も約50名に広がった。一方、会社の規模が大きくなるにつれて、採用や人材の定着、増え続ける業務への対応が課題となっている。
これまでも俣野氏は、顧客を複数の営業に分散し、経験の浅い社員が複雑な案件を担当するときには、上司や役員が間に入る体制へと改めてきた。自身が経験したように、一人の社員へ過度な負担を集中させないことも、体制を見直してきた理由の一つだ。
難しい案件を持たせるにしても、慣れている人が間に入ってフォローするだけで全然違いますから。
さらに今、注力して進めているのが、DX(※)、採用、働き方や福利厚生の見直しだ。
(※)DX(デジタルトランスフォーメーション):AIやIoT、クラウドなどのデジタル技術を活用し、業務プロセスやビジネスモデルを根本から変革すること
背景には、自身も含め、長時間労働に追われた時代への反省がある。現場を優先するあまり、突発的な変更や納期対応が大きな負担となる働き方から、社員の時間を守り、計画的に仕事を進められる体制へ変えていこうとしている。
建築業界では、電話、FAX、LINEなど、複数の手段で注文が届く。朝になると、職人から納品先や必要な材料について大量の連絡が入り、それらを一件ずつ人の手で処理してきた。
職人さんの手書きのFAXを文字化、データ化して、入力まで行うシステムの導入を進めています。最後は人が確認して発注する形です。見積もりについても、過去のデータをもとに単価を出せる仕組みを今期から入れていきます。
職場の整備も、その一つだ。北大阪営業所を新しくし、本社5階にはショールーム「からかみ屋」があり、襖紙や和紙壁紙を実際に見てもらえる空間を設けている。
インテリア商材を扱う会社なので、働く場所をきれいにすることも大事だと思っています。ただ、うわべだけを新しくしても意味がありません。本社の業務システムや働き方についても、ずっと改革を続けています。
さらに、既存の卸売事業に加え、「ki・ra・ri」「うすよう」「栞染め鳥の子」などのオリジナルブランドを、より広く届ける方法も模索している。

大手メーカーの材料見本帳では拾いきれない要望に応え、設計者だけでなく、建物のオーナーや一般の消費者にも選んでもらえるよう、WebサイトやSNSでの発信を強めていく。
大阪・関西を軸としながら、関西圏外へも少しずつ商圏を広げ、将来的には高級市場や海外への展開も視野に入れているという。
事業や働き方を変える一方で、俣野氏が社員に身につけてほしいと考えているものがある。
キシモトが届けた材料は、施工されれば表から見えなくなり、そこに会社の名前が残るわけでもない。取引が続くかどうかを左右するのは、商品だけでなく、担当者への信頼だ。
この仕事を通じて、人間として豊かになってほしいと思っています。技術的な知識はもちろんですが、それ以上に、相手が何を求めているかを考えることや、お客さんとの約束を守る誠実さ、状況に応じて柔軟に対応する力を身につけてほしい。社員が自分で考え、主体的にキャリアを築ける環境を整えるのが、僕たち経営側の役割です。
創業から約80年。長い歴史のなかで、変えずに残したいものは何か。そう尋ねると、俣野氏から返ってきたのは「特にない」という意外な答えだった。
事業の形を固定するつもりはない。一方で、顧客への感謝と、仕入先をはじめとする関係先とともに発展していく姿勢は、創業以来の土台として大切にしていく。長年築いてきた信頼を守りながらも、会社を残すために必要であれば、事業の形そのものを変える覚悟を持っているのだ。
何が起こるかわからない時代なので、柔軟に対応できる会社や人間こそが強いと思っています。僕は初代ではなく、先代から引き継いできた会社を預かる立場。
だから、僕が生きているうちは、絶対に社員にご飯を食べさせていかないといけない。会社と社員を守るためなら、時代に合わせて変わり続けていきたいと思っています。

