株式会社 Master'd / 代表取締役 松本春菜 氏
大阪市中央区、大阪のビジネスの中心地でOA機器の販売・レンタルからインターネット回線構築、セキュリティ対策まで多彩な事業を手がける株式会社Master’d。 この企業を切り盛りする代表・松本氏のキャリアは、実に波瀾万丈だ。 有名芸術大学を卒業後、飛び込んだのはフルコミッションの営業会社。 激務に疲労する日々の中で訪れた父の死と、新たな出会いが紡いだ起業と発展。松本氏の歩みは決して真っ直ぐなものではない。むしろ「選ばされるように進んできた」ような、不思議な流れの連続だった。目の前の出来事に全力で向き合い、成功を掴み取った彼女の現在地と未来への思いを伺った。

未来のために、今の自分を犠牲にしない
大学で染織を学んだ松本氏だが、卒業後の就職に対して当初は明確なビジョンを持っていなかったという。そんな松本氏は、ひとつの求人広告に目を留めた。
“「楽しい」がずっと続けばいいと思いませんか?”というキャッチコピーを見て、なんか面白そうだなと思ったんです。正直、それだけでした。やりたいことがあったわけではなくて、なんとなく楽しそうという感覚で飛び込んだのがキャリアの始まりでした
そこは、おもちゃや文具など雑貨を販売する企業。しかし、その業務の実態は、完全なるフルコミッション制、さらに個人事業主として会社と契約するというものだった。
大学出たてで、個人事業主の意味もわからずサインをしてしまいました。固定給がない代わりに、売ったら売っただけ自分の報酬が増えるという言葉を信じて、ひたすらに働きました。それこそ、朝の7時から夜の1時、2時迄です。夜は事務所の床に段ボールを敷いて寝ることも珍しくありませんでした。がむしゃらに働いて、2週間でリーダーになりました。その間、確かに売上は上げてましたが、部下の売上のために自分の時間もお金も割いていたので、お金はほとんど手元に残りませんでした。でも、その経験は大きかったです。人を動かすこと、育てることの大変さを、身をもって知りました
まさに身を粉にするようにして働き詰めに働いた松本氏に転機が訪れた。
自分では、普通の働き方、普通の生活だと思っていたんです。それが、ある時地元の友人と話している中で、“それヤバいで”と言われて、初めて客観的に見て自分の状況に気づきました。さらにその頃、父ががんに罹(かか)って、発覚からわずか3週間で亡くなってしまったんです。それで私の生き方や働き方、もっと言えば死生観が大きく変わりました
人はいつ死んでしまうかわからない。だから“今を犠牲にして将来のために頑張る”なんて時間はないんです。大切なのは、働くことも、食べることも、遊ぶことも、“今やりたいことに全力で取り組む瞬間を大事にすること”だと気づきました
松本氏は飛び出すようにして、それまで勤めていた会社を退職した。向かったのは雪山。しばらく大好きなスノーボードに全力で打ち込んで充電した彼女は、再び自分の道を切り拓くために歩き出した。

準備は走りながら整える。未知の業界での起業
雪山から帰った松本氏が次に挑んだのは起業だった。SNSでつながった男性と共同でOA機器を扱う会社を、27歳の時に立ち上げる。もちろん起業は初めて。手探りで、難関に体当たりしていった。
どんな仕事で起業をしたらいいか、まず調べたのは企業の求人広告です。今どの業界に求人が多いのかを見れば、社会に求められている事業がわかります。そうして見つけたのが、OA機器の販売でした
松本氏はまずOA機器の営業を学ぶため、アルバイトとしてテレアポ会社に、そして共同経営者の男性はOA機器の販売会社に入社し、起業準備にとりかかった。
さらに松本氏は起業・経営についての知識を身につけるため、書店で“株式会社の作り方”という本を買って、1ページ目から順番に起業の手順をなぞってゆく。今思えば、社長になろうとする人間とは到底思えない世間知らずっぷりだった、と本人は苦笑する。
そして松本氏はアルバイト先でも頭角を現し、入社1ヶ月で営業所のトップとなった。彼女は、引き止める声を振り払って退職。共同経営者も、OA機器の仕入れ先を見つけてきていた。
次は求人ですね。求人広告を出すとともに、前職の部下に声をかけつつ、オープニングスタッフとして7人ほどのスタッフをテレアポや事務の担当として雇い入れました
準備が整ってから動くのではなく、動きながら整える。 その姿勢は現在の経営でも明確に貫かれている。
完成してからやろうと思ったら、一生動けないと思うんです。だから未完成のままでも出して、そこから修正していく。OA機器も、最初はいくらで売れるかわからないなら、サービス価格としてあえて曖昧な設定にして、売りながら決めていく。それでいいと思っています
未来を見据えて、ポジティブに走り続ける
松本氏がはじめたOA機器の販売事業は、順調に業績を上げていったが、途中で共同経営者の男性との方向性が合わなくなり、共同経営を解消してしまう。それでも彼女の歩みは止まらなかった。当初のOA機器の販売だけでなく、インターネット回線事業、防犯・防災システム、 サブスクリプション式のPCレンタル、格安なWi-Fiや携帯電話を提供する「ヤバイ」シリーズなど、新たなサービスを次々と生み出していった。

新しい事業は、お客さんとの会話の中で、“こういうのがあったらいいな”というニーズを聞くことで生まれることが多いですね。お客さんの願いをそのまま形にしていく感じです。ここでは自分のやりたいことというより、全力でお客さんが求めているものに応えることが成果につながると感じています。最近は巨大地震が危惧されていますから、企業はもちろん幼稚園や教育施設でも活用できるハードウェア型の地震速報機の提供にも着手しています

何事も全力、即断即決を胸とする松本氏だが、組織づくりにおいては異なる価値観を持っている。これまで厳しい環境で働いた経験があるからこそ、社員に求めるものも明確だ。
これからも、さらに事業を発展していきます。社員も現在より増やして30人くらいまでの組織にしたいと思っています。30人というのは、お互いを認識し合ってコミュニケーションがちゃんと取れる規模です。そして私は、楽しく働けるチームを作りたいと考えています。仕事をする上では私も含めて、“自分の時間と家族を大切にできる”企業でありたいですね。もちろん、その上で結果を出していくのは当然です。やりたいことは全力でやる。ただし自由と責任は必ずセットになります
さらに特徴的なのは、「承認」を重視する姿勢だ。
これまで、自分のやりたいことを全力でやってきましたから、これからはスタッフがやりたいと言ったことを形にしていきたいです。そのための土台を整えるのが自分の役割かなと思っています。そのためには、個々人をよく見て、個性を伸ばしていく育て方も大切です。私はスタッフを褒めるというより、“見ているよ”と伝えることを大切にしています。小さな変化でも言葉にする。それが信頼につながると思っていますから
人をコントロールするのではなく、同じ目線に立ち、気づきを与える。そのスタンスが、長く働く社員が多い組織を生み出している。最後に松本氏はこう締めくくった。
いろいろな経験をしながら走ってきましたが、結局私は苦労を苦労として捉えていないんだと思います。何事も捉え方次第です。困難な状況に突き当たったとしても、そこで悩んでいる時間がもったいないし、なにより体にも良くない。だったらまず行動した方が楽しいし、きっとうまくいきます。これからの当社の行く末も、私のスタッフも、動きのあるポジティブなものであってほしいですね

計画されたキャリアではなく、選び続けた結果としての今。その歩みは一貫して「今を大切にする」という価値観に貫かれている。そしてその姿勢こそが、松本氏という経営者の最大の個性と言えるだろう。


