宣真工業株式会社 / 代表取締役 木村哲也 氏
鶴見区に本社を置く宣真工業株式会社は、高所作業などで高圧電気から作業員を守る特殊分野において、絶対的なシェアを誇る絶縁工具(※1)の開発、製造、販売を行うメーカーである。愛らしい目をした赤白のポール「赤白アシ君」と黄色のポール「黄色キィちゃん」のキャラクターが可愛らしく並ぶ社屋と工場は、誰もが思わず目を留めるだろう。
電線などに触れても感電しないグラスファイバー、正式名称はガラス繊維強化プラスチック(GFRP)の特性を活かし、他社にはない独自技術とアイデアで常にお客様の声に応え続けている製品の数は400点以上に上る。今回は、宣真工業株式会社の代表取締役である木村哲也氏に話を伺った。
※1 絶縁工具とは、通電状態で作業を行う際に、作業者の感電や機器のショートを防ぐために、絶縁性の素材で覆われた工具のことです。電気作業の際に、安全性を確保するために使用されます。

話すのが苦手から生まれたキャラクター
Q. キャラクターは、どんなきっかけで誕生したのですか?
僕が話すのが苦手だったので、目で訴えてすぐに分かってもらえるものと考えてキャラクターを作りました。ヒントになったのは、ロッテの「トッポ」のキャラクターです。
Q. あのロッテのお菓子ですか。
そうです。すでに認知されているキャラクターなので、親しみやすいですし、説明しなくても覚えてもらえます。キャラクターは、うちのカタログや製品にも使用しています。
『商標登録取得済』

送配電線などの地上高、送配電線などと樹木、家屋などとの離隔距離、車高、トンネル、看板などの間隔測定または測量に用いられる「絶縁測定工具」。バラエティー豊富な先端工具・先端金具を取り付けることができる「絶縁操作棒」。金属よりも軽くて強く、絶縁効果に優れた「測量工具」や「点検工具」、「コロコロメジャー」など、製品の数は400点以上に及ぶ。それらの製品の色はキャラクターと同じ赤白か黄色で、製品にはキャラクターのシールが貼られている。
こんな工具があれば助かる!現場のお客様の声から生まれる製品
宣真工業の主な取引先は全国の鉄道会社や電力会社で、輸出先はアメリカが多いという。電線などに触れても感電しないグラスファイバー(GFRP)の特性を活かした製品は、感電の危険を伴う現場にはなくてはならないものである。
GFRPポールとは、グラスファイバーでできたポールで、耐候性、耐熱性、耐薬品性(化学物質の影響を受けずにその構造や性質を維持できる能力)、電気絶縁性、電波透過性に優れているのが特徴である。衝撃性にも優れており、感電の危険を伴う高所作業や地上から安全にアクセスできる工具は、他社にはない独自技術だ。

例えば、線路内の落下物の取得作業などに使われている「マジックハンド」も宣真工業の製品である。
マジックハンドは、時代に応じて進化させています。最近はスマートフォンが線路内に落ちることが多いのですが、スマートフォンは薄くて掴みにくいので、先に吸盤をつけています。吸盤は無印良品のものを使っています。
さらりと木村哲也氏の方から無印良品の名前が出てきたが、GFRPポール以外の部分は、無印良品に限らず、あるときは100円ショップで、あるときはホームセンターで必要なものを見つけ、工夫して製品にしているのだという。
メーカーは、技術を活かして製品を作りたがりますが、うちは自分の能力を認め、他に良いものがあればそれを使って活用して製品にしています。
電力会社から「電線付近の木を切る道具が欲しい」という声を聞き、製造したのはGFRPポールに電動で枝を切ることができる製品を付けたものだった。
うちの製品はどこも作っていないものしかないんです。売りたいのはGFRPポールなので、使用シーンで必要とされるものにアレンジして販売しています。

常に現場のお客様の声を聞き、求められている製品を創り出している。こうした精神は、創業者である祖父の時代から受け継がれたものかもしれない。
創立は1959年、創業者である木村氏の祖父は、最初は養鶏場、パチンコ店、文房具店など様々な事業を営んでいた。GFRPポール製造に着手することになったのは、お客様から「木の高さを測るものがないだろうか?」という要望がきっかけでGFRPポールを製造したのが始まりだという。以来、お客様が求めるものに応え続けている。
木村氏が三代目を継いだときは、うまく気持ちを伝えることができず苦労の連続だった。
プレッシャーもあり、売上を上げることばかり考えていました。余計うまくいきませんでした。
工場の整理整頓を呼びかけたが、変化することをなかなか受け入れてもらえず、社員に強要した形になってしまう。こうしたボタンの掛け違いから労働組合が結成され、元々いた社員が50名ほど辞めてしまった。どうしていいかわからなくなっていた時期に、木村氏の救世主となったのが派遣社員として入社した現・取締役の川野真澄氏だった。川野氏のおかげで円滑に物事が進むようになり、社内の空気も改善されていった。こうした試練を乗り越え、木村氏は様々な会合や勉強会に参加したという。
社員に押し付けるのではなく、言葉で伝えることも大事ですし、社員の自主性を高めていかなければうまくいきません。
大きな挫折を味わった木村氏だったが、次第に誰もが頑張れる職場環境へと変貌を遂げていった。
八尾の貸農園で有機野菜作り
Q. 2年前から農作物も栽培されているそうですが、きっかけは何だったのでしょうか。
食料不足になっていくのではと懸念したのがきっかけです。八尾で農園を借りて、農家の方に栽培してもらっています。有機栽培です。全量を買い取って、スーパーなどへの販売もしています。せっかく今まで引き継いできた農地を守ることもしたいので、農家さんから直接お米を購入して米屋も始めたんです。地域との関係性づくりの手段にもなると考えています。この辺りはだんじり祭り(鶴見区だんじり祭り)もあるのですが、米を栽培したその一部などを寄付すれば食への関心を持ってもらえるし、だんじり祭りの維持にも貢献できるのではと考えています。

今後は、社員が希望すれば農業体験などもでき、コミュニケーションの場にもなるのではと考えているそうだ。
Q. 今後、どんな社員さんに来てもらいたいとお考えですか。
「素直と感謝の心で何事にも興味、関心を持って物事の本質をとらえ社会のインフラにも貢献できる」という企業理念に共感してもらえる方に来ていただきたいと思っています。
必要とされるものを捉えて、作り続けていくことの余白はまだまだあるという木村氏。常にアンテナを張り、景気や世界情勢に左右されない製品作りを目指している。

