株式会社Make Care / 代表取締役社長 中野誠子 氏
4月に新入学や就職で新しい生活と新しい人間関係の波にもまれる気苦労の多い時期を乗り越え、5月もなんとか踏ん張った。けれど6月に入ってから心身ともに不調を訴える人が少なくない。5月病ならぬ「6月病」が、コロナ禍をきっかけに認識され始めたという。
大阪市内を拠点に精神科に特化した訪問看護ステーション「くるみ」を運営する株式会社Make Care 代表取締役社長 中野誠子氏は、6月病のほか不定愁訴(※1)や鬱病など「こころ」の不調に寄り添う活動を行っている。
(※1)不定愁訴:身体や精神の不調を訴えるものの、医学的に明確な原因が特定できない状態を指す医療用語

病院もお医者さんも嫌いだったのに、看護師を選んだのは・・・
6月は連休がないことと気圧の変化が激しい時季で、気分の浮き沈みに大きく影響するという。そのため、気分が落ち込んだり「なんとなく具合が悪い」と訴えたりする人が増える。
6月病は正式な病名ではありませんが、精神的に大きく気分を崩す人が圧倒的に多いです。そんな状態に陥っても相談する相手がおらず、最悪の場合は鬱病に進行してしまう恐れがあります。
中野氏は、そのような気分の落ち込みに悩む人とその家族にも寄り添いながら、「こころ」の支援を行っている。
現在は大阪市内と北河内地域あわせて254人のケアを、26人の看護師で行っている。
利用の申し込みは病院からの依頼やメディアの記事を見た方もいらっしゃいますが、WEBサイトを見つけて下った方が多いですね。
中野氏は「こころ」を、敢えてひらがなで書く。その理由を、次のように語る。
精神疾患は、脳が深く関係しています。心臓や血管にも関係しているのですが、漢字で「心」と書いてしまうと脳と関係なく思われてしまい、「怠け」とか「甘え」という精神論になるので、「こころ」をひらがなで書くことにこだわっています。
中野氏は中学生の頃まで、病院も医者も看護師も好きではなかったという。そんな中野氏が看護師を志したのは、自分が入院患者の立場になったことがきっかけだった。
中学2年のときに、目の下を骨折する大怪我をして、1カ月ほど入院したんです。そのときに何もすることがなくて、あまりにも暇なので看護師さんたちを観察していたんですよ。看護師さんってこんなこともするんだという発見があったり、辛そうな時でもニコニコ笑ったりしているし、凄いなって思うことが増えてきたんです。
「昔から猪突猛進なので」という中野氏。いつしか看護師の仕事に憧れていた。
退院して学校へ行った日、中野氏が向かったのは進路相談室だった。進路指導の先生に「看護師になりたいです!」と言ったらびっくりされたそうだが、中学卒業後は衛生看護科がある5年制の高校へ進学した。
高校の教育を受けながら、看護師になる教育も受けられるんです。看護師になるんだったら一番早くなりたかったので、中学を出てから最短で看護師になれるルートがその学校でした。
だが、費用がかかるため、奨学金制度を設けている病院を探した。高校生の中野氏には、何を基準に探せばよいのか見当がつかなかったため、「なんだかカッコイイ」というイメージが先行して、神戸市北区の病院を選んだという。その病院が精神科だったことで、中野氏がその後も精神科の道を歩むきっかけにもなったそうだ。
看護師になってから5年間勤めて、その後「重症心身障害児」といって脳性麻痺などのお子さんがいらっしゃる施設に8年くらい勤めました。その間に、子供たちにより良い看護を提供しようと思って、認定看護師(※2)を取得しました。
(※2)認定看護師:特定の看護分野において熟練した技術と知識を持つ看護師を指す。
認定看護師を取得するための勉強をする中で、「教育」について学び直す機会があった。
「教えるとはどういうことか」を悩んでいたこともあって、当時いちばん頼りにしている先輩に相談したところ、教育の道へ入ったらどうかとアドバイスをもらったという。
実務経験として臨床経験が一定期間あるので、専任教員養成講習を1年間頑張って受けて、専任教員の免許を取りました。

オンライン授業で教鞭をとる教員時代の中野氏
教える立場になって分かった「伝えること」の大切さ
看護学校の教員になった中野氏は、その後7年間にわたって教員生活を送る。その中で、教えることの難しさも学んだという。
今までは、この人にはこれが必要だろう、だから教えたいという気持ちが先行していました。でも教員をして気づいたのは、教えたい気持ちではなく、相手が何を知りたいかを考えることでした。
自分が伝えたことが相手にしっかり伝わったときに、初めて教育が成り立つ。だから中野氏がいう「きょういく」は「教え育む」の「教育」ではなく、「共に育つ」の「共育」だという。
私たちが学生さんから学ぶことも、すごくたくさんあります。学生さんが私たちを育ててくれた部分もあるので、私たちも一緒に育ちながら教育が成り立つと思っています。
教員を務めた後、中野氏は大阪の民間企業が運営する訪問看護ステーションへ転職する。
この時はまだ、独立や起業という考えはなかった。そんなとき、旧知の仲で現在は経営陣に名を連ねる石森寛隆氏(執行役員CEO兼千葉支社長)らと食事をしながら、40歳を過ぎてからの転職に思うところあって愚痴をこぼし合っていたとき、石森氏から「自分たちでやろう」という話が飛び出した。
自分でするのは無理じゃないかって言ったんですが、半年後にもう一度会ったときに石森が事業計画書をつくっていたんです。「今やるか、それともやめるか」の二択だと。やらないと悔いが残りそうだったし、このメンバーならできると思って決断しました。

こうして株式会社Make Careを設立。精神科に特化した訪問看護ステーション「くるみ」を運営することになった。
ところで、いちばん独立する気のなかった中野氏が、どうして社長になったのだろうか。
教員の経験があるから、前に出ていちばん喋れるのが私だと。それと、自分がやりたいことの軸とキャリアが、うまく合致していましたね。
豊富なキャリアを評価されて社長になったとはいえ、経営者としては別のスキルが求められる。
中野氏は経営の面白さについて、次のように語っている。
経営の知識がなかったので難しかったのですが、起業して3年間ずっと、毎日3人で経営会議をしています。石森からずいぶん叩き込まれたり、自分で経営の本を読んで勉強したりして、分からないところが分かってくるようになるのが面白いと感じています。
たとえば、お金の流れだけを考えるのが経営だと思っていたが、会社の未来を考えて自分たちの目標を明確にしたうえで、それを達成できたのか否かの振り返りをしていく過程が楽しいともいう。
さらに、会社をひとつのチームと捉えるならば、チームビルディング(※3)の面白さや難しさも感じているそうだ。
(※3)チームビルディング:組織の目標達成に向けて、チームメンバーがそれぞれの能力や個性を最大限に発揮できるような環境づくりをいう。
私たちが会社を運営していく中で、組織はすごく大事にしたいと考えています。それには“Mission” “Vision” “Value(MVV)”(※4)が大事です。私が考えていることをすべて開示して、求めているものを明らかにして、スタッフがそれを理解するために私たちと対話をして、成長していくところを大事にしています。
“Mission” “Vision” “Value(MVV)”:ミッション・ビジョン・バリュー (MVV) は、企業が社会でどのような役割を果たし、どのような未来をめざし、どのような価値観を大切にするかをまとめた言葉
病んでから診るのではなく、「患者をつくらない」ケアを目指す
今の医療は、病んでいる患者を治療することがスタンダードになっている。中野氏は「病んでからでは遅い」と考えている。年々増え続ける社会保障費を削減することと併せて、医療従事者の負担を減らすためにも、予防を重視して「患者をつくらない」ことに力を注ぎたいとのこと。
また今後について、精神科の訪問看護師を育てる学校をつくりたいともいう。
訪問看護をしたい看護師は運営会社に入るんですが、会社によって教育体制があったりなかったりします。教育体制のない会社だと、入ってもすぐ辞めてしまうことが多いです。まずはしっかり教育を受けてもらって、基礎的な免許を取れるレベルまで育てて、ベースができた状態で現場に出てもらう。そうすると、雇うほうも楽なはずです。
この構想は起業当時から温め続けているそうだが、そろそろ動き始めて、数年後には実現したいとのことだった。
精神科に特化した訪問看護ステーションは、全国的に多いとはいえない。
だが、需要は増えている。
「本当は必要なくなるのが理想」という中野氏。
<こころ>が不安定になってしまった人たちに、日々寄り添い続けている。

