株式会社 Grant / 代表取締役社長CEO 井上真生 氏
人事領域のDXが進み、人や組織にまつわる課題はますます複雑になっている。効率化や仕組み化が求められる一方で、その先にいるのは一人ひとりの働く人だ。
大阪市に本社を構える株式会社Grantは、人事・労務・給与といった基幹領域の業務改善を中心に、大企業の人事部門に向けた支援を行ってきた。
代表取締役社長CEO 井上真生(まさお)氏は「この仕事をするために会社を始めたわけではない」と語る。
最初にあったのは、「願いを叶える、叶えさせる」という理念だった。
事業より先に理念があった会社は、どのように人と出会い、成長の環境をつくってきたのか。井上氏の歩みと言葉から、そのあり方を聞いた。

難しい仕事に挑み、成長が報われる環境をつくる
井上氏は、大企業との仕事にこだわってきた。理由の一つは、求められる水準の高さにある。
大企業の人事部門では、制度や運用が複雑に絡み合い、ひとつの判断や仕組みが多くの社員に影響する。簡単に止められず、曖昧にもできない領域だからこそ、支援する側にも高い精度が求められる。
大企業の人事部門の方々と向き合う仕事は、すごく高いレベルのものを求められます。でもその難しさがあるからこそ、やりがいもあると思っていますし私たちにとって必要な環境だと捉えています。
会社が大切にする「良質な成長環境であり続ける」というビジョンにもつながるものだと井上氏は考えている。
成長や成果を出した人には、それに見合う報酬を返していきたいんです。だからこそ、会社としてきちんと利益が出る仕事をしていないといけない。そこが伴わなければ、どれだけ頑張っても報酬に反映できないですから。
高い水準を求められる仕事に挑み、そこで生まれた成果を会社の成長や社員の報酬につなげていく。Grantが大企業の人事領域に向き合う背景には、そうした考え方がある。

年収や肩書きでは満たされなかった先に、理念が生まれた
Grantを率いる井上氏には、幼い頃から「いつか経営者になるのだろう」という感覚があったという。
父が経営者だったこともあって、会社をつくる人生が身近だったんです。むしろサラリーマンとして40年勤めて定年退職する自分の姿が想像できませんでした。
とはいえ、すぐに起業へ踏み出したわけではない。起業には「特別な何か」が必要だと考えていたからだ。
父の会社がうまくいかなくなって、家族の生活も大きく変わった経験をしたので、起業というものを簡単には考えられませんでした。
経営者には、特別な能力やビジネスアイデア、技術のようなものが必要だと思っていました。でも、自分にそうしたものがある自信も自覚もなかった。だから、まずはより成長できる、勉強できる環境に身を置けば、何か見つかるんじゃないかと思っていたんです。
「とにかく成長できそうな環境を」という思いから、井上氏は大学を卒業後にIT企業に入社。しかし、希望していた部署ではない場所に配属され、思い通りにならない現実にぶつかることになった。
幼い頃から、勉強でもスポーツでもすべて十分な結果を出してきた。だからこそ井上氏の中には、「できないままでは終われない」という、自身に向けた強い思いがあったのだ。
今思えば、当時はかなりプライドが高かったですね。「できないことはないだろう、できないことは許されない」という感覚でした。自分自身に負けを認められなかったのかもしれません。
目の前の環境でもがきながら経験を重ねたのち、転職を経て企業のM&A(合併・買収)の仕事に携わるようになる。
中小企業の社長さんと接する機会が多く、決算書も何百社と見てきました。ビジネスヒアリングを重ねるうちに、どんな財務状況で商売をされているのかが分かるようになってきたんです。
すると、ものすごく特殊なことをしている会社ばかりではないことに気付いて。仕入れて、加工して、売る。一つひとつを積み重ねて、会社を成り立たせている方たちがたくさんいる。それを見て、「起業」は珍しい才能やアイデアを持った人だけのものではないと思えるようになりました。
同じ頃、会社員としての収入も大きく伸びていた。それまでは、所得や立場を高めていくことが、ビジネスパーソンとしての正しい方向だと信じていた。しかし、その前提は思わぬ形で揺らぐ。
年収が大きく上がっても、全然興奮しなければ、幸福感もない。この延長線上に、“自分の幸せはないのかもしれない”と感じました。
年齢のこともあった。起業に挑戦するなら、失敗しても再起できる時間が残っているうちに動きたい。当時30歳の井上氏はそう考えた。
そうして会社を辞め、登記を済ませる。しかしその時点で何を事業にするかは決まっていなかった。
所得や立場が上がっても、自分の幸福度は上がらなかった自分は、どんな時に幸せを感じるんだろうと考えたんです。
明確だったのが、誰かの状況が好転する瞬間や、幸せに近づく瞬間に自分が少しでも関われた時でした。
誰かの幸せに貢献できた時に自分も幸せになれるんだなと。だから、それをやり続ける会社にしたかったんです。そのテーマを言葉にしたのが、「願いを叶える、叶えさせる」というの理念Grantでした。

事業を形にしたのは、人との縁とタイミングだった
理念はあるものの、実際にどんな事業で形にするのかは、すぐに定まらなかったという井上氏。
創業当初は、前職での経験を活かして企業のM&A支援に携わり、創業すぐに六本木の焼肉店を買収して飲食店経営にも挑戦した。事業の軸を探りながら、手を動かし続けていた時期だった。
最初の一年は迷走していました。軸足は何なんだろうと考えながら、焦りや不安が強かった。必死でした。テーマは、生きるというか、死なないというか。
いくつかの可能性を試すなかに、現在の事業につながる仕事もあった。その一つが、IT領域での経験を活かした企業の課題解決支援だ。
現場に入っていると、同じ目的で仕事をしている人と出会うんです。同じ領域で向き合っている人たちなので、その仕事を得意としている人も多い。現在の副社長や取締役を務める初期のメンバーも、そうした縁やタイミングの中で加わってくれた人が多かったですね。
他に手がけていた仕事もあったが、大企業の人事領域を支援する仕事が忙しくなるにつれ、事業の軸は少しずつ定まっていった。
そして現在は、100人規模の組織へと成長している。
一般の消費者からは実態が見えにくいBtoB企業だからこそ、Grantが組織の空気感や理念を社外へ伝えるのは簡単ではない。しかし、ひとたび採用の場に目を移すと、そこには理念が深く浸透している実態がある。同社では、選考の中でメンバーや井上氏が候補者一人ひとりと直接徹底的に向き合う。外からは見えにくい会社だからこそ、対面でのコミュニケーションを通じて、会社が理念を大切にしてきた姿勢をまっすぐに伝えているのだ。
新しいメンバーに入社を決めた理由を聞くと、“人(社員)思いなところ”と言ってもらうことが多いんです。人を大切にする会社なんだな、という印象を持って入ってきてくれる人は多いと思います。
井上氏自身も、できる限り採用候補者と会う機会を持ち続けたいと考えている。人との縁から事業が形づくられてきたGrantにとって、採用もまた、理念を伝える大切な接点なのだ。

「願いを叶える、叶えさせる」組織が大きくなっても、変わらないDNAを証明する
人との縁を重ねながら広がってきたGrantは、今、新たな段階に入っている。
次に問われるのは、井上氏が大切にしてきた考え方を、組織全体でどう受け継いでいくかだ。
会社が小さかった頃は、井上氏の言葉や考えは一人ひとりに届きやすかった。しかし人数が増えれば、同じ伝わり方はしなくなる。井上氏自身も、その変化を感じているという。
飲みに誘われたら嬉しいし、「いつでも話しかけてよ」というスタンスです。でも、僕が個人的にやりたいことと、経営者としてやるべきことにはどうしてもギャップが出てくる。
現場でメンバーと一緒に汗をかきたいと思うこともあります。でも、今はやらないほうが経営者としていいなら、そっちを取るべきですよね。
理念を言葉にして掲げてよかったと思うのは、迷ったときに「会社がどうあるべきか」を基準に判断できるようになったことなんです。
個人としてやりたいことより、組織に必要なことを選ぶ。その変化は、社員に対する井上氏のまなざしにもつながっている。
かつて井上氏自身も、収入や立場を高めていこうとするなかで、「このままで良いのか」と迷った時期があった。だからこそ、Grantで働く人たちには、成長の先にある目的を見つけてほしいと考えている。
走り出しは成長が目的でもいいと思うんです。でもいずれは、何のために成長したいのかを考えてほしい。
その成長が家族や仲間のためでもいいし、上司に恩返ししたいでもいい。誰かのために努力して成長を志せるみんなであってほしいと思います。
その思いを、社長一人の言葉だけで伝え続けることは難しくなっていく。だからこそ、Grantでは理念から生まれたビジョンや行動指針を言葉にし、組織全体で同じ方向を向ける状態へ移ろうとしている。
「願いを叶える、叶えさせる」という理念は最初からあった。ただ、それをみんなの前で大々的に明示していたわけではないんです。ちょっと恥ずかしさもあったんですよね。「好きだと思っている思いも、好きだよって言葉にするのは恥ずかしい」なんて感覚に近いかもしれません(笑)。
でも今は、僕が唱えているからだけではなくて、会社にビジョンや行動指針として明文化されたものがある。だから採用や評価、日々の判断においてもみんなが同じ方向を向く。そんな組織に変化している途中です。

組織が大きくなっても GrantのDNAは変わらない。
ただ大切なのは、それを言葉として掲げるだけでなく、働く人たちの実感として根づかせていくことだ。
その一つの表れが、「働きがいのある会社ランキング」(※)への挑戦である。
Grantは初参加でトップ10入りを果たした。
(※)働きがいのある会社ランキング:Great Place To Work ® Institute Japanが毎年発表しているランキング。従業員へのアンケートと会社の取り組み情報をもとに、「働きやすさ」と「やりがい」の両面から働きがいの高さを評価し、上位企業を選出する。2026年版は全国683社が調査に参加し、小規模部門のGrantは本ランキング初参加で全国10位に選出された。
井上氏が見ているのは、順位そのものではない。組織が大きくなっても、一人ひとりが働きがいを持てる会社であり続けること。その状態を社内の感覚だけにとどまらず、外からも見える形にしていくことに意味を置いている。
全員が共通のDNAを信じて自走する組織でありたい。だからこそ、生身の言葉が届きにくくなる規模に拡大していくフェーズにおいて、私たちが拠り所とする価値観が「社会的にも価値がある本物なのだ」と客観的に示し続けていくことは、組織にとって大切なステップです。
ランキングへの挑戦は、単なる実績作りではない。確かな道標を全員で共有し「さらに働きがいを高めるにはどうすればいいか」をみんなで主体的に考えながら、組織を拡大させていくためのプロセスだと思っています。
「誰かの願いを叶えるために成長する」
一人ひとりが誠実に追い求めること、その確かな歩みの積み重ねこそが、これからのGrantの未来へと繋がっていく。

