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「このままでは潰れるかもしれない」どん底の債務超過を乗り越え、四代目が挑む物流改革
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「このままでは潰れるかもしれない」どん底の債務超過を乗り越え、四代目が挑む物流改革

2026.04.19
湯川倉庫株式会社





湯川倉庫株式会社 / 代表取締役 湯川雅仁 氏



「このままでは潰れるかもしれない」どん底の債務超過を乗り越え、四代目が挑む物流改革

湯川倉庫株式会社は、大阪府大東市に本社を構える倉庫会社である。同社の創業は1919(大正8)年。当時は「大紀組回漕店(だいきぐみかいそうてん)」と称し、海上貨物輸送業を営んでいた。 100年を超える老舗企業だが、これまでの道のりは決して順風満帆ではなかった。入社時は「廃業も覚悟していた」と明かす代表取締役の湯川雅仁氏に、これまでの足跡と今後の展望について伺った。


100年企業の始まりは大阪と和歌山を巡る海上輸送から



大紀組回漕店の創業者は湯川氏の曽祖父にあたり、出身は和歌山県であった。「大阪と紀州、この2つを合わせたのが大紀組回漕店の屋号の由来のようです」と湯川氏は語る。当時の輸送ルートは和歌山から大阪を経由し、広島まで伸びていた。
和歌山で積んだ木材を大阪まで運び、荷下ろしした後は日用品を広島へ搬送していました。広島では軍需産業向けの物資や、繊維産業のための染料を積み込んで大阪へ戻る。大阪では日用品を再び積んで和歌山に帰るという経路です。広島の取引先とは、今でもお得意様としてお付き合いが続いています

1959(昭和34)年に湯川倉庫株式会社として法人化。湯川氏は4代目にあたるが、新卒で家業に入ったわけではない。高校まで野球に打ち込み、ガソリンスタンドでのアルバイトに励んだ。専門学校に進学するも、卒業当時は就職氷河期の真っ只中であった。

卒業後は、アルバイト先に正社員として入社しました。任されたのは給油業務のほか、洗車やタイヤ販売、クレジットカード獲得などの営業です。自分としては『大阪支店の中で営業成績が1番になったら辞める』と決めていました。目標は3年以内でしたが、1年ほどで達成することができました


そのタイミングで、母から「家業に入らないか」と声をかけられた。当時、社長を務めていた父は体が弱く、サポートを必要としていたのだろうと湯川氏は振り返る。しかし、当時の同社は保管ルールの変更などにより主要顧客の大半を失い、経営危機に直面していた。

「このままでは潰れるかもしれない」どん底の債務超過を乗り越え、四代目が挑む物流改革

債務超過と利益の出ない悪循環、父との二人三脚が生んだ葛藤



当時は債務超過に近く、銀行からの借り入れすら難しい状態でした。仕事は少なく、いずれ潰れるだろうと思っていましたね。しかし当時はまだ20代だったので、もし廃業しても再就職できるだろう、というのが正直な気持ちでした

会社が潰れるにしても、その処理には人が必要だ――そんな覚悟で入社したという。
父から直接頼まれたわけではないので、私の入社をどう思っていたかは分かりません。入社して驚いたのは、歴史の長さに反して社内体制が整っていなかったことです。当時の社員は九州からの集団就職で来た方が中心で、父よりも上の世代ばかり。教育も『見て覚えろ』という徒弟制のような形でした

前職の経験を活かし、得意だった営業に挑戦するも、扱う商材の違いから苦戦を強いられた。
倉庫業は飛び込み営業で案件を獲得できる業種ではありません。お客様の大切な荷物を預かる以上、決め手になるのは何よりも『信頼』です。当初、営業活動で新規獲得した案件はほとんどなく、多くが紹介によるものでした

当時の武器は「安さ」であった。父は他社より値引きすることで契約に繋げることが多かったという。
売上が利益にならない悪循環に陥っていました。一方で父は、私が獲得してきた案件に対して『単価が安い、もっと高く交渉しろ』と言う。今なら父なりの経営方針があったと理解できますが、当時はやり方の違いで再三もめました


トラブルが転機に。経営改革と社会情勢が黒字化への追い風に



改善しない財務状況、方向性の合わない父との仕事に熱意を抱けずにいた湯川氏だが、ある出来事がターニングポイントとなる。

「長女が誕生したのと同じ年に、取引先との法的トラブルが起こったのです。知人を介した取引が原因で、多額の賠償請求を受ける裁判にまで発展しました」

最終的には示談で解決したものの、約150万円の損失を出した。この苦い経験が、湯川氏の意識を劇的に変える。
「会社に多大な迷惑をかけてしまったことが、本当に申し訳なくて……。何としてでもこの損失を挽回したいと強く思いました」


「このままでは潰れるかもしれない」どん底の債務超過を乗り越え、四代目が挑む物流改革

家族と社員を守るための強い責任感が芽生えた。湯川氏はこの一件以来、財務や経済の勉強に真剣に取り組み、安売り傾向にあった旧来の取引条件を適正価格へ見直すなど、実利を伴う経営改革を断行した。

売上は徐々に回復し、コロナ禍の前には債務超過も解消しました。パンデミックの最中には、それまで医薬品やマスクを扱ってきた経験が、収益増への追い風となりました

2022年の代表就任後は、さらなる価格改定に踏み切り、単価を業界標準まで引き上げた。一時的に物量は減ったものの、利益率は劇的に改善。人員を増やさずに体制を引き締めることで、完全なる黒字転換を果たしたのである。

「物流で挑戦する人を助けたい」社会に豊かさをもたらす経営を目指して



現在、同社の事業は倉庫業・荷役作業・運輸取次業の3本柱である。時代とともに輸送手段や顧客ニーズは変化してきたが、「荷物を安全に届ける」という創業時からの思想は、形を変えながら今も受け継がれている。

「当社の強みは、専門性の高い取り扱いです。染料を扱っていた創業時から、化学薬品や農薬、医薬品といった『毒物・劇物』の搬送・保管には豊富な実績があります。私自身、顧客ニーズに応えるために『毒物劇物取扱責任者(※1)』の資格を取得しました。この資格を持つ倉庫経営者は、全国的にも珍しいはずです」

※1   毒物劇物取扱責任者は、毒物及び劇物取締法に基づき、製造業、輸入業、販売業の施設において、毒物や劇物による保健衛生上の危害を防止するための実務的な管理を行う責任者のことです。単なる知識だけでなく、適正な保管・管理や、事故時の応急処置、行政への届け出など、現場の安全を守る重要な役割を担います。

倉庫業というアセットビジネスには、キャパシティに限界がある。「だからこそ収益の柱を増やす必要がある」と湯川氏は語り、近年は物流コンサルティングにも着手している。
中小製造業を対象に、倉庫レイアウトや在庫整理を通じて生産効率を高める支援です。自社倉庫を整理した際、不要在庫を処分するだけで空間が約2割増えました。このノウハウを伝えることで、クライアントの収益アップに貢献したいと考えています

また、世襲での世代交代の難しさを身をもって経験したことから、事業承継に悩む経営者へのサポートにも意欲を燃やす。

「このままでは潰れるかもしれない」どん底の債務超過を乗り越え、四代目が挑む物流改革

「物流を通じて、多くの人の挑戦を助けたい」と湯川氏は力を込める。そもそも「物流」の語源である『ロジスティクス』は軍事用語であり、日本語では「兵站(へいたん)」と訳される。

兵站とは、最前線で戦う部隊に食料や燃料を供給し続ける『勝利のための基盤』です。ビジネスも同様で、必要な資源を適切に運ぶ物流は、あらゆる戦略の基本となります。だからこそ私は、社会でさまざまな挑戦をする人々を後方から支え、勝利(成功)に導く『最強の兵站』でありたいと考えています

最終的には倉庫事業の売上から自身の給料を無くし、その分をすべて従業員に還元することが目標だという。「自社の平均年収を物流業界の平均より10%高くしたい」と語る湯川氏の目は、未来を見据えて輝いている。 社会に役立ち、従業員の幸福度を上げる。100年の歴史を持つ倉庫は今、次の時代に向けて新しい価値を積み上げようとしている。

「このままでは潰れるかもしれない」どん底の債務超過を乗り越え、四代目が挑む物流改革

湯川倉庫株式会社
本社:大阪府大東市新田北町2番3号
オフィシャルサイト:https://yukawaso-ko.com/