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旅を生活必需品に。コロナ禍で売上96%減。それでも会社を守り続けた旅行代理店社長の挑戦
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旅を生活必需品に。コロナ禍で売上96%減。それでも会社を守り続けた旅行代理店社長の挑戦

2025.11.27
株式会社 エキスパート





株式会社 エキスパート / 代表取締役 田中 忠和 氏



旅行代理店「株式会社エキスパート」を率いる田中忠和氏は、大手旅行会社での経験を経て独立。現在は、社員旅行や研修旅行といった企業向けの団体旅行を中心に事業を展開している。中小企業ならではの柔軟な対応力と、顧客との距離の近さを強みに、着実に信頼を築いてきた。 コロナ禍で旅行業界全体が大きな打撃を受ける中にあっても、同社は成長を止めず、関西の旅行代理店として確かな存在感を放っている。 今回は、田中氏のこれまでの歩みと、組織改革や自己変革を通じて見えてきた経営観、そしてこれから描く未来のビジョンについて話を伺った。

旅を生活必需品に。コロナ禍で売上96%減。それでも会社を守り続けた旅行代理店社長の挑戦

新卒で花形業界に就職、キャリアのスタートは飛び込み営業



大阪の大東市で生まれ育った田中氏は、幼い頃から責任感が強く、学級委員を任されるなど、自然と人の輪の中心にいる少年だった。高校卒業後は同志社大学経済学部に進学。大学では軽音サークルに所属し、会計を担当していた。 「サークルの合宿の準備で旅行会社の方と打ち合わせすることがあって。なんか楽しそうな業界やなって思いましたね」 と当時を振り返る。 とはいえ、旅や観光に特別な思い入れがあったわけではないという。
「正直、大学も就職先も『親が喜ぶやろな』っていう気持ちで選んだんです」と笑う。

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同期の多くが『バックパッカーしてました』とか『海外でこんな経験をしました』といった**“旅好き”**ばかりだったけど、自分はそこまで旅に情熱があったわけじゃない。でも、それが逆によかったのかもしれません。採用の理由を聞くと、人当たりの良さと言われました

入社した会社は、「大学生の就職人気ランキング」でトップを走る業界最大手。しかし華やかなイメージとは裏腹に現実は厳しかった。

配属されたのは団体旅行の営業部門。初日から『飛び込み行ってこい』と言われて、本町あたりのビジネス街のビル、上から下までとにかくアタックしましたね

当時は会社の規模に関わらず、福利厚生の一つとして社員旅行が当たり前だった時代。ツアーの企画から提案、各種手配、そして添乗までと、一貫して現場に携わる業務は大変だったが、大きなやりがいと手応えを感じていた。厳しいノルマが課される中でも、持ち前のガッツで契約を次々勝ち取っていった。 しかし年月が経つにつれ、組織への違和感が募っていく。

何年かたつと社内のことが見えてきます。会社の体質は古く、給与は年功序列で決まる。いくら営業を頑張っても、自分より成績が悪い先輩のほうが給料をもらっている。だんだんとモチベーションが下がっていきました

退職を考えるようになった田中氏。ちょうどその頃、世の中はアントレプレナー(※1)ブームで若手起業家が次々とメディアに登場する時代だった。「転職じゃなくて、いっそ起業…でも何をやる?」信頼する経営者たちに相談すると、「旅行業で独立したらいいやん!」とアドバイスを受けた。 旅行代理店は大手資本がするもの。そう思い込んでいた田中氏だったが、熱い後押しを受けて決断する。2006年、30歳の誕生日の翌日に独立を果たした。

※1  アントレプレナーとは、自らのアイデアや技術を元に、リスクを負いながら新たな事業や価値をゼロから創造する**「起業家」「事業家」**のことである。フランス語の「entrepreneur(事業を始める者)」が語源で、単なる経営者ではなく、前例のない状況から新しい市場を切り拓く創造的な存在として捉えられている。

旅を生活必需品に。コロナ禍で売上96%減。それでも会社を守り続けた旅行代理店社長の挑戦

最初のお客さんは、応援してくれた社長さんたちです。でも、それが原因で古巣とは気まずくなってしまって。退職の日も挨拶すらさせてもらえず、まるで追い出されるようなかたちで退社しました


資金繰りと人事で苦労、JCで得たリーダーシップの学び



前職時代と同様、社員旅行や研修旅行、それに付随した経営者・役員の個人旅行などを手掛けるが、新たな出発は決して順風満帆ではなかった。

一番苦労したのは資金繰りです。仕事は取れるんですが、ツアーが決まれば宿泊先や交通手段を押さえるために先払いが必要になります。クライアントに対する立替金の回収は、うちのような中小では綱渡りになることもありました

さらに、人材面でも思うようにはいかなかった。

採用や育成でも苦労しました。社員が不正をしたり、採用を決めた人から嘘をつかれたり…。人材育成は本当に頭を悩ませました

それでも粘り強く続けていくうちに、少しずつ道が開けてきた。転機は大阪青年会議所(JCI OSAKA)(※2)への加入だったという。「JCI OSAKAでは組織運営やリーダーシップについて実践的に学びました。他の経営者たちと同じ目線で語り合う中で、会社経営を肌感覚で捉えるようになったと思います」と明かす。 JCI OSAKAでは7年活動し、その経験は経営にも反映され、卒業後には会社の業績が安定。目に見える形で成長していった。

※2  大阪青年会議所(JCI OSAKA)は、「奉仕」「修練」「友情」を基本理念とし、「明るい豊かな社会の実現」を目指して、大阪のまちに住む人びとや子ども達の笑顔のために活動を続けている団体です。20歳から40歳までの志ある青年経済人が集い、「明るい豊かな社会の実現」を理想に掲げ、地域や国の課題解決に取り組んでいる。主な活動は、公開討論会や政策提言、地域活性化事業など多岐にわたり、その活動を通じて、参加者がリーダーシップや社会貢献の精神を養う「修練」の場となっている。

ようやく会社が軌道に乗ってきたな、という実感があったんです。…でも、次に直面したのがコロナ禍でした


旅行業界を襲った新型コロナ。「全ては自分次第」という気づきに



「2020年4〜6月の売り上げは前年対比マイナス96%。旅行業界全体を襲った大きな荒波です。しかしこの時期は自分を見つめ直す重要な時期になりました」と田中氏。仕事は次々とキャンセルになる中、改めて社員一人ひとりと向き合い、対話の時間を大切にした。

旅を生活必需品に。コロナ禍で売上96%減。それでも会社を守り続けた旅行代理店社長の挑戦

JCで組織について学んだつもりでしたが、実際にはまだまだ浅かった。結局、自分のことしか考えていなかったんです。でもコロナ禍になり『このままではいけない』と心から思ったんです

「こんな中でも会社に残ってくれてありがとう」―心から感謝できるようになったという。会議も、それまでは売り上げ報告だけだったのが、社長としての率直な思いや考え方を伝えるようになった。考え方の変化は、当時入った異業種交流会での教えも大きかった。

コロナはきっかけで、外的環境は関係ない。結局は全て自分次第だと気づいたんです


5期連続増収、オリジナルブランドの創設を目標に前進



従業員への給与は途切れることなく保証し、顧客も離れなかった。多くの旅行会社が苦境に立たされる中にあっても、同社は異なる道を歩んでいた。

“まん防”(※3)の最中でも売り上げが伸び、現在は5期連続右肩上がり。間もなくコロナ前の水準を超えそうです

※3  コロナのまん防とは、「まん延防止等重点措置」の略称です。新型コロナウイルス感染症の拡大を抑えるために、緊急事態宣言を発令する前の段階で、政府が特定の都道府県に対して適用する措置でした。

今後の目標は自社オリジナルの旅行ブランドを立ち上げることだ。

旅を生活必需品に。コロナ禍で売上96%減。それでも会社を守り続けた旅行代理店社長の挑戦

「旅には、人生を一変させる力があります。お客様と一緒に添乗して、その瞬間に何度も立ち会ってきました。だからこそ、旅の魅力をもっと多くの人に届けたい。旅を『人生になくてはならない必需品』にしたいんです」

信頼を積み重ねた足跡と、苦境の中で得た確信。それらすべてが、次のステージへ進むための原動力となっている。 「旅は人生を良くするもの。人が幸せになれば、社会もきっと良くなる」 そう語る田中氏の挑戦は、これからも止まらない。

旅を生活必需品に。コロナ禍で売上96%減。それでも会社を守り続けた旅行代理店社長の挑戦


株式会社 エキスパート
本社:大阪市中央区本町4-7-8 加地ビル1F
オフィシャルサイト:https://expert-travel.co.jp/