9 株式会社 代表取締役社長 久田一男氏
1970年代半ば。イギリスのロンドンで勃興したある音楽が、一大ムーヴメントとなった。その音楽とは、パンク・ロック。
攻撃的な音楽性、センセーショナルなファッションは、瞬く間に世界中を席巻した。その中心にいたバンドは、セックス・ピストルズ(※1)
彼らはたった1枚のアルバム(※1)で、世界に衝撃を与えた。
(※1)セックス・ピストルズ:1970年代後半にロンドンで勃興した、パンク/ニュー・ウェイヴ・ムーヴメントを代表する象徴的グループ。1977年10月、唯一のオリジナル・ファースト・アルバム『Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols(邦題:勝手にしやがれ!!』)は全世界で大ヒットした。
そんなセックス・ピストルズに多大な影響を受けたのが、今回紹介する 9 株式会社 代表取締役社長(CEO)久田一男だ。
9 株式会社は空き家や空きビル、遊休地のリノベーションを行うデザインベンチャー企業。
数々のリノベーションを手がけてきた9 株式会社だが、特筆すべきは高いデザイン性。
その出発点は久田CEOが少年期に受けた、セックス・ピストルズの衝撃だった。

僕が小学5年生のときに彼らのポスターがロンドンの街中に貼られて、パンクムーブメントが興っていました。僕はそれをリアルタイムで知ったわけではなく、お金持ちの家の息子が同級生で彼が持っていたレコードを借りて聴いて、びっくりしたんです。
当時の久田少年が暮していたのは、滋賀県東部の山間の小さな村。
村には本屋もないし、ほかにも本当になにもない。なにも情報が入ってこないところで育ったんです。ロンドンで興った音楽のムーブメントが、そんな滋賀県の山奥まで来た。それがすごいし、刺激だったんですよ。でも実際に衝撃を受けたのは、音楽よりもビジュアル面でした。そこから音楽より、ファッションをやりたいと思いました。Tシャツに安全ピンを刺す(パンクのファッション)だけで、カッコ良かった。
そこからファッションの道に進んだ。
ファッションを志すものならばだれもが目指す専門学校を卒業すると、すぐに自らで服作りを手がけた。
卒業してどこかに勤めたわけじゃなく、自分で服を作って知り合いの店などに置いてもらったりしていたんです。だけど全然、売れないんですよ。売れるように大衆に寄せていくと自分のものじゃなくなるから、それはやらない。
一方で自分の好きなものを作くっても、作くっても、売れない。自分しか着ない(笑)。
久田氏は自分には才能がないと見切りをつけ、ファッションの世界を離れる。

手づくり(DIY)でつくった9東京とサウナイン東京北参道
デザイナーではなく、スタイリスト
才能がなかったですね。服は人の身体に造形を作るのですが、それが浮かんでこない。建築も、浮かんでこないですよ。だから僕はコーディネーターというか、スタイリストなんですよね。組み合わせているだけなんですよ。
今僕は古い建物の再生をやっていますが、それはインテリアの組み合わせ。スタイリングだったらできるんです。
売っているものを組み合わせて、ちょっとカッコ良く見せることはできるのですが、ファッションも空間も、自分がイチからデザインする才能がなかったんです。だからデザイナーではなく、向いていたのはスタイリストだったのですね。
そうしてファッションから建築関連へと舵を切ったわけだが、その際の行動が興味深い。
ファッションを辞めてからは5年間、大工をしていたんです。30~35歳まで大工で、ハウスメーカーの家やプレハブなんかを建てていました。『工務店です!』と言って僕が営業して受注して、友達といっしょに作っていたんですよ。
それで現場に行ったら、仕事を教えてもらう。建物の作り方を覚えようと思って、それをやりました。
5年の月日をかけて現場で基礎を学び、いよいよ実践に移す日がやって来た。
いきなり僕が『インテリアデザイナーです。』と言ったところで、なんの実績もない。
じゃあ作って見てもらおうと思って、2000年に神戸の須磨にマンションを買って、1年くらいかけてセルフリノベーションしたんです。
完成してオープンハウスをすると、その当時はデザイン系のオープンハウスはなかったので、100組くらいの人が興味本位で来てくれました。そのなかで二人の方にデザインが気に入ったというよりは、僕が1年かけてひとりで作りましたみたいなストーリーに感動してくれて『久田さんにリノベーションをお願いします』と言ってもらえました。そこから、今の仕事です。
それから400件以上のリノベーションに関わり、2011年に9 株式会社を設立。
デザイン性に富んだリノベーションは、各方面から高評価を得る。
一方であえて90%の完成度とし、残りの10%をオーナーが好きに手を入れることで理想の住まいを実現する「未完成住宅」を発表。
これは話題を呼び、テレビ番組などでも取り上げられた。「未完成住宅」を手がけた思いを、久田CEOはこう語る。
日本の分譲マンションや建売住宅って、皆同じじゃないですか。海外の人が見たら、皆一緒の家に見えるでしょう。それって、みんながいっしょの服を着ているようなものじゃないですか。それはおかしいし、窮屈だと思うんです。
そんなの日本だけで、それを受け入れてるのはおかしい。ファッションって、なんか薄っぺらいみたいなイメージがありますが、どんな服を着るかですごく内面に影響を与えるんです。着る服に、似合う人になっていくんですよ。
だが家は服以上に、人に影響を与えると久田CEO。
服は着替えるけど家は変わらないから、もっと内面に影響を与えるんです。僕は子供の頃に住んでいたすごく古い家から、大きな影響を受けています。どんな家で育つかで、子供の感性にすごい影響を与えると思うんです。僕らは海外から、こう思われているんですよ。『みんな一緒の家、同じような内装の家で育って、どんな民族になって行くの?』みたいに。
でもみんな気持ち悪いと思わず、そうしている。
それはおかしいから、変えないといけない。だけど、みんながオーダーで家を作るのも不可能ですね。
だから、分譲マンションや建て売り住宅の最後の10%だけ未完成にしてもらって、そこから先は自由にできますよというのをやろうと思ったのが未完成住宅なんです。
でもやっぱり、デベロッパー(開発事業者)さんとかは面倒くさいんですね。100%完成させて売った方が楽なんですよ。買う方も『出来てないやん!』みたいな話で。
だから、まったく売れていないです(苦笑)。
とはいえ数々のリノベーション(既存の建物に対して新たな機能や価値を付け加える改装工事)を手がけるなど、全体的には好調なのではないかと話を向けると、久田CEOは笑顔でこう否定した。
好調なんて言葉、僕らには今まで1回もないですよ。つねに全賭け勝負をして、全部負けてきています(笑)。
次に進むには資本も人もいるし、いろんな問題がある。だからちょっと蓄えができたら、全部を次につぎ込むことをずっとやってきているんですよ。いつかセックス・ピストルズみたいな感じでムーヴメントが興るんじゃないかと思っているうちに、もうすぐ60歳になります(笑)。
時代が求めているものと、やりたいこと。それが「SAUN9NE(サウナイン)」
そんな9 株式会社が今、力を注いでいるのは「SAUN9NE(サウナイン)」事業。
これは古民家をリノベーションしたプライベートサウナを、一棟貸しするもの。
ロウリュウ(=フィンランドに伝わるサウナ風呂の入浴法の一つ)ができるサウナ、水風呂、外気浴の設備が備えられ、リビングで食事、ベッドルームもあって宿泊もできる。
東京の北参道、大阪の東心斎橋で展開し、大阪の天満宮や淡路島での新施設も控えている。

サウナイン大阪東心斎橋|1泊平均5万円以上稼働率80%
SAUN9NE(サウナイン)は、成功していますね。
やっと見つけました(笑)。時代が求めているものと僕がやりたいことが、ようやく一致した。
やっと見つけたから、今は未完成住宅を含めてほかのことは全部やめて、SAUN9NE(サウナイン)だけをやっているんです。
これで打ち止め。
これがダメでも終わらないんですけど(笑)、そういう気持ちでいます。
サウナに着目し、注力するに至ったのは、昨今のブームの上っ面に乗っかったものではない。
久田CEOの考えは、サウナの真髄に迫っている。
以前のサウナって本当のサウナではないというか、熱い、冷たいを繰り返すだけの拷問なんですよ。なのになぜ入っていたかと言うと、ちょっと健康になるとか、体内の汚いものが出てくるとか。そんなものは、まやかしなんです。
今のサウナは“整う”と言われていますが、その正体はサウナトリップ(幻覚状態)なんですよ。
熱いサウナに入って冷たい冷水に浸かって、外気浴をする。それを繰り返すことで、脳内麻薬が出てくる。
一種のトリップなんです。だからお酒を飲むより気持ちがいいという人も、たくさんいます。なので、確実に増えていくんですよ。

雪のダイブできるサウナリトリート|サウナイン新潟妙高高原
次なる展開は海外観光客に向けた大自然と一体化したサウナリトリート
そして街中のSAUN9NE(サウナイン)から発展して、次は自然とサウナを融合させる施設に着手している。
今、日本のサウナは独自進化をしています。日本はサウナに重要なすごく綺麗な水があり、美味しい食事があって、自然がある。外気浴を日本の地方にある大自然のなかですることで、自然と一体になって最高のサウナトリップが体験できる。
そんな日本だからこそ、サウナによって世界最高のリトリート(=住み慣れた土地を数日間離れ、心や身体を癒す過ごし本来の自分に戻れる時間。)が作れるんですよ。
僕が目指してるのは、自然と一体化する究極のウエルネス。
今はインバウンド旅行者が来ていて、そこに富裕層もいます。僕はその人たちに、このサウナを提供したいと思っているんです。
海外の富裕層はウエルネス、健康志向の方が多いじゃないですか。彼らに『日本のサウナに入りに行こう』と思ってもらうのを狙っています。
この施設が置かれるのは滋賀県琵琶湖の南東、東近江の山間にある名刹 永源寺を、更に山奥深く入る。
因みに永源寺は久田CEOの出身地。その彼すら一度も行ったことがなかった場所だという。
なぜそこで展開しようと思ったかと言うと、ひとつはやっぱり自分の地元であること。それと自分が作るものって、自分のルーツが影響するんですよ。自分のルーツを調べていくと、僕が作ろうとしているサウナリトリートにはあの場所がすごく合っていることがわかった。それにその村の平均年齢は80歳で、50軒中40軒が空き家になっている。あと10年もしたら、消滅するわけじゃないですか。
そこにサウナを作って、人を呼べればという思いもあります。
時代が求めているものと、自身がやりたいことがようやく一致した今、毎日が楽しい。
ちょっとは開放されましたね。今まではクライアントの要望があって、僕の感性を出すことを途中で止めて自制していました。
でも今は100%好きなように作っているので、すごく楽しい。もう作業じゃない、趣味ですね。
服を作るのにミシンを踏んでいるのと同じ感覚なんですよ。すごく楽しいし、面白いんです。
今作っている大阪天満宮の施設も、自分で現場に行って作っています。

サウナと分散型古民家ホテルによる地方創生|滋賀奥永源寺
立場上は経営者だが、根っこにあるのは自らの手で形あるモノを作る人。
それも生産するのではなく、創造するアーティストなのである。
僕はやっぱり、作り手なんですよね。ビジネスはしたくないですし、誰かが経営してくれて、僕は好きに作らせてくれって思うんですけど(笑)。とはいえビジネスでいうと、星野リゾートさんのサウナ版になりたいと思っています。
もっと日本中にサウナリトリートを作りたいから、サウナ運営会社を伸ばしていきたい。
それにはサウナリトリートが、ビジネスとして回る仕組みを作らないといけないし、資金調達ができる仕組みを作らないといけない。
星野リゾートさんは星野ファンドがあってお金を調達しているそうなので、そういう仕組みを作りたいですね。
セックス・ピストルズに衝撃を受けたのが出発点だが、今は現場で自ら作業しながら音楽を流すことはないという。
もう外からのインプットは、一切いらないんです。それがあると、左右されてしまうんですよね。だからもう、インプットの時間は必要ないです。雑誌も読まないですし、映画はたまに見ますけど、ほぼ映像も見ない。本も死ぬほど読んできましたけど、今は一切買わない。
残りの時間も短いし、あとはもうアウトプットするだけです。
今さらその必要がないほど、これまでの人生でインプットし続けてきた。
死ぬまでのストックはあると思うので、アウトプットが枯渇する心配はないと思います。
もし枯渇したら引退して……さあ、どうしましょう(笑)。
もし仮に枯渇した日がきたとしても、この人ならば新しい刺激を求めてまた動くに違いない。
そう思わせる、久田CEOの話だった。

来年2月オープンのコンテナを利用したサウナイン淡路島西海岸
