株式会社pen.
代表取締役 永井玲子 氏
顧問 三都華子(みと かこ)氏
「大人になってから、字を習うなんて思ってもいなかった」
「字にコンプレックスがある。でも、どうしていいかわからなかった」
そんな声を受け止めるのが、大阪で開かれている大人のためのペン字教室「pen.」である。この教室の特長は、単に“字をきれいにする場所”というだけではない。実は、その裏にある二人の女性の信頼関係が、教室の雰囲気や続く魅力を生み出している。
教室を運営するのは株式会社pen.代表の永井玲子さん。そして顧問として書道家の三都華子さんがサポートしている。
今回はその二人の足跡と教室の魅力、そして教室に託す今後のビジョンについて伺った。

[左側が代表の永井玲子さん、右側が顧問の三都華子さん]
「生徒が来たら、その人は先生」恩師の言葉で道が開ける
三都さんは徳島県出身。4歳から書道やペン字を習っていた。 コンクールではいくつも賞を獲得したが、高校時代には教室から離れた。大学は薬学部に入学したが、思い描いた内容と授業が違い、1年で中退した。 その後、地元の役所の臨時職員として就職。 不安定な立場で働くうちに、自然と将来について考えるようになったという。
三都さん
長く続けられる仕事がしたいと、書道教師としての道を選びました。実際に教室を開くのはもっと先と考えていたのですが、書道の恩師に相談したら、『どんなに下手でも、生徒が来たら先生ですよ』と言われ、この言葉で決意することができました。

どうせやるなら人の多い都会で。そう決心し、大阪に出て開業資金を貯めるために喫茶店などで働くこととなる。 1年ほどで、郊外でなら教室を開ける程度に資金は貯まったという。そんな時、父親からこんなアドバイスをもらった。「せっかく大阪でやるんなら、ど真ん中で勝負したらどうだ?そのほうが生徒が集まるぞ」と。父親は会社を経営する自営業。経営者ならではの視点だった。 その言葉に後押しされ、2019年、本町で大人のためのペン字教室をオープン。父親の会社から300万円を借りてのスタートであった。
メディア出演で注目を浴びるも、心身のバランスを崩す結果に
開業直後はのんびりした運営だったという。そのうちコロナ禍が始まる。意外にもこれが追い風となった。会社に行かない時間が増えたことで、新たに習い事を始めたいという人が教室に集まるようになったのである。父親からの借金は1年で完済した。
三都さん
転機になったのは2021年のテレビ取材です。放送直後から教室への問い合わせが殺到して。SNSの着信音が夜中まで鳴り止まず、どうしたらいいかわからなくなったほどです
嬉しいはずの生徒の増加は三都さんを追い詰めた。この頃の生徒数は月間延べ400人。朝から深夜まで準備や制作に追われ、睡眠時間は5時間。いつしか夜、眠れなくなった。医師のもとに駆け込み、薬でなんとか眠りにつくも、その薬も徐々に増えていった。
三都さん
それでも改善せず、最終的に医師からは1ヶ月の療養を言われました。 でも、手を抜きたくない、できることは『ちゃんと』やりたい。なにより生徒さんに心配かけたくないから。 もし1ヶ月休んだらどうなるだろう、休養した後に前と同じことができるだろうか。 正直、この生活を続けるのが怖かったんです。 いっそ教室をたたもう
2024年6月のことであった。
経営者のアドバイスでハートに火が付き、教室をオープン
「教室を閉じる」と聞いて一番驚いた生徒は、永井さんだったかもしれない。 実は子どもの頃から自分の字にコンプレックスがあったという。いつかちゃんと字を習いたい…と思って、教室には2021年から通っていた。そして体調を崩して前職の会社を辞職。その退職をきっかけに、それまでのキャリアを活かしフリーランス広報として独立した。
永井さん
せっかくの機会だから何かしようと。そこで出合ったのがネットで見つけた三都先生の教室でした
見学に来ると、ほかの教室とは全く違う雰囲気に驚いたという。カフェのようなインテリアでリラックスできる空間。「忙しいのに来てくださってありがとうございます」と親しみやすい三都さん。「ここだ」と確信したという。

それまでの永井さんは、コツコツ何かを続けることが苦手だったという。しかし三都さんの熱心な添削と、うまくなった成果が目に見える達成感にのめりこんだ。そして2年・3年と通ううちに、長年抱えていたコンプレックスはいつしか払拭されていった。
永井さん
その間に娘を出産しました。子どもが生まれると、持ち物の記名など字を書く機会がぐんと増えるんです。大切な娘の持ち物に、納得できる字が書けるのはすごく素敵なことだと感じています
そして三都さんとは同じ個人事業主。立場の近さもあり、一緒にお茶したり占いに行ったりなど、プライベートでも距離が近くなっていったという。
そんな矢先、突然、教室閉鎖の知らせが届く。 すぐさま永井さんは、教室を存続するにはどうしたらいいか、知り合いの経営者に相談をした。「この教室がいかに素晴らしいか、そしてどれだけ自分が変われたか」。熱弁をふるう永井さんにその経営者はこう言った。「それは相談じゃなくて、もう自分でやりたいんだね。なら自分でやる方向で考えてみようよ」と。この言葉でついに永井さんのハートに火がついた。
二人三脚で教室運営。「挑戦する人の背中を押したい」
経営は自分がする、三都先生には顧問として参加してほしい。指導以外のことは私が引き受ける。その言葉を聞いた時、三都さんは半信半疑だったという。しかし永井さんの熱意は冷めることがなかった。
「持続可能な教室運営をする」、これが永井さんの目指す方向である。二人とも心身のバランスを崩した経験がある。そのため心も体も負担のない運営が最優先なのである。教室の規模は縮小しよう。話が具体的になることで、三都さんも少しずつ永井さんの本気度に気づくようになった。
そんな中、同じ建物に空き物件が、窓が広く開放的な空間で、前の生徒さんも通いやすい場所であった。
永井さん
最初は小さく、レンタルスペースなどでのスタートを考えていましたが、もしこの部屋が埋まると何年も空かないと思って、勇気を出して契約しました

場所が決まってからは話がどんどん進んだ。教室運営のために永井さんは法人を設立し、2025年2月、教室をオープンすることとなる。
現在、生徒は20代から70代までの男女で、永井さんは講師も担当する。
永井さん
人に教えるなんてまだまだ、と思っていましたが、三都先生から初心者向けなら十分教える実力があるよと言われ、思い切って挑戦しました
と笑顔を見せる。 一方、三都さんは今は健康を取り戻し、テレビ番組に出演するなど活動の幅を広げている。
三都さん
年齢や性別に関係なく、文字は練習すれば必ず変わるんです。奥さんにきれいな字でラブレターを書きたいと通われている男性もいますよ
『字が変化するという小さな成功体験を積み上げることで、自分に自信が持てたり何かに踏み出せるきっかけになる場を作りたい』」そんな夢を話す永井さんと三都さん。一筆一筆丁寧に文字を重ねる場所を二人は育て続けるにちがいない。

