社会保険労務士法人 大手前総合労務管理事務所 / 代表 太田惠子 氏
昭和のころは今から考えられないほど、女性の社会進出が認められていない時代だった。そんな社会情勢をおかしいと感じた太田惠子氏は、一念発起して自らが資格者となって独立することを志した。そして独学での勉強の末に、社会保険労務士(※1 以下、社労士)の資格を取得。1992年に個人事業として、大手前総合労務管理事務所を設立した。
(※1)社会保険労務士(社労士)とは、労働・社会保険関連法令の専門家として、企業の「人・労務・社会保険」に関する諸問題に対応する国家資格者です。

私は滋賀県人で、県の外郭団体で働いていました。当時の日本はビジネスの世界で活躍されている女性は、ほんのひと握り。言葉は乱暴ですが、『女性は黙ってお茶を入れていればいいんだ』そんな風潮でした。私がいた外郭団体はとくにそうで、いくら仕事をしても自分の存在はなかったんです。私は自分が棺桶に入るときに、『こんなビジネスをやって生きてきたんだ』ということを残したかった。自分がこれでやっていきたいと思うものを探し求めて、たどり着いたのがこの資格業だったんです
社労士の業務は、労働保険や社会保険の加入・脱退手続の代行、労務管理の相談指導、年金に関する相談をはじめ、実に多岐にわたる。手がかかることも少なくないが、社労士は自分にもっとも適した職業だと、開業してすぐに感じたという。
会社は、人と人の関係で成り立っています。でも私は経営者と働く人のあいだには、深い溝があると思っているんですよ。この溝を埋めていくのが、私が目指す社労士の仕事だと思っています。普通の商売は、お金をもらう人が『ありがとうございます』と言うじゃないですか。でも私たちはお金をいただきながら、お金を払ってくださった人から『ありがとうございます』と言っていただける。こんなに素晴らしい仕事は、ほかにないですよ。私は天職に巡り合えたと思っています
大手前総合労務管理事務所は、2010年に法人化。太田氏の肩書きは、代表社員となった。そんな太田代表は個人事業として事務所をスタートさせたときから、中小企業の人々のために生きると決めたのだという。
今はずいぶんと変わりましたが、当時の役所にいた役人はすごく横柄というか、そういう感じの対応だったんです。中小企業の方が窓口に書類を持って行っても、不備があれば差し戻される。それを直して持っていったら、次は別のところを指摘される。そんなことが繰り返されていて、中小企業の方たちにとっては小さくない負担になっていました。だからこの人たちを、中小企業のおっちゃんたちを助けてあげるのは、私しかいないと思ったんです。それも、この仕事が自分の天職だと思えることのひとつですね

顧客と顔を合わせることを大事にしてきた、コテコテの30年
経営者と従業員のあいだにある溝は、ただ法律を振りかざして埋めればいいものではない。そこには、人の感情がある。互いの溝を埋めていく過程で、どんなことを大事にしているのか。
会社で従業員さんから経営者に寄り添うことは、難しいじゃないですか。だからこそ上の人、管理職の人から一歩踏み出してあげないといけない。経営者さんがそうできるように、背中を押してあげることも私たちの仕事です。そのために当事務所は普通のマナー研修ではなく、気付きのマナー研修みたいなことをやっています。法律に書かれていなくても、『それ、アカンやん』ということってありますよね。そういうことに気付いて行動が変わっていけば、社内も変わっていきます。そんなことをお客様の会社のなかに入れていく人事労務コンサルティングみたいなことは、結構いろんなことをやってきましたね
そして大手前総合労務管理事務所は、社労士業とまったく関係のない商品も複数作っている。そのひとつが、従業員の誕生日を管理する「bpbp」(ばぷばぷ)である。これは「大切な人がいてこそ、良い仕事ができる」という考えに基づき、社長から従業員やそのご家族へ、感謝と祈りを込めてプレゼントを贈る取り組み。名前の由来は以下の頭文字を取っている。
birthday present by president (社長からのバースデープレゼント)
その対象は従業員本人だけでなく、その家族や社長自身の家族まで、「大切な人」すべてを対象としている。つまり「bpbp」は、「仕事の裏側にある大切な存在」にも光を当てる、経営者からの感謝の気持ちを込めているものであり、社内に「思いやり」の循環を生み出すことを目指している。

そんな大手前総合労務管理事務所は、どのように仕事の割り振りをしているのだろうか。
私どもではある会社のお仕事を受注しますと、ひとりの担当者を決めるんです。難しい問題は私に相談、それ以外は報告という形で、すべて担当者が行います。そうすることで、お仕事を発注してくださった会社さんにとって『大手前の担当者に任せれば、全部処理してくれる。そして全ての内容が所内で共有されている。』それを顧問先は分かっておられ、ここが安心につながっているんだと思っています
最近の社労士事務所は仕事内容ごとに担当を割り振る、縦割り型が主流なのだそうだ。各種申請も電子化が進み、顧客との打ち合わせもリモートで行えるようになった。そんな時代だからこそ、昔からの直接に顔が見える関係を大事にする。
実は縦割りは、すごく効率がいいんですよ。一方で私どもは、ひとりが全部の仕事をやるから、みんながいろんなことができるようになってくる。非常に効率は悪いですが、お客さんには安心してもらえたり、信頼していただけると思っています。今の時代は効率化を図る必要があることは理解していますが、私どもの仕事のやり方は開所以来の昔ながらのもの。これは私たちにとって、大事なものだと思ってやっています
互いの顔が見える関係の仕事を貫いてきて、振り返れば30余年の歴史が積み重なった。その間に当然、時代は移ろっている。自らが言うように現代風のやり方に転換すれば効率化は図れるのだろうが、それに積極的に取り組む考えはないようだ。
30年もコテコテでやってきていますからね。これから開業するのであれば話は別ですが、今さらそれはできないですよ。だからまだ、効率化は少ししか進められていないですね
30年の歴史は足かせになるのか、あるいは──。そう問うと、代表は即答した。
誇りだと思っています。設立した当初は30代の女性というだけで、業界内でかなり嫌な思いをたくさんさせられました。それを乗り越えられたのは、私の大師匠である栃木県の会長さんのおかげなんです。会長さんには仕事のやり方から勉強の仕方、役所への異議申し立てなど、いろいろと一から教えてもらいました。その先生が『太田君を応援する、守ったる』と言ってくれたんです。それでも私への逆風が収まるまで、数年かかりました。その間の私を突き動かしていたのは、『間違っていることはやっていない。これはお客様のために、中小企業のおっちゃんのために一生懸命やってることなんや』という、その信念だけでした
今後も「中小企業のために」を貫きながら後進のために道を拓いていく
自身が資格を取得したころは低かった社労士の知名度は、時代を経るごとに上がってきた。当時と今では時代背景も違うが、現代社会において社労士の必要性を太田代表はどう考えているのか。
会社の規模の大小を問わず、絶対に必要ですね。今は法改正が、目まぐるしく行われるんです。会社がそれを知らなかったでは、済まされません。会社にとって弁護士や税理士は必要ですし、社労士もそうです。人に関することを、専門家である社労士に相談するのは必須だと思います。我々の扱っている法律って、ものすごく多いんですよ。そのなかで今はハラスメントであったり、人にまつわることがたくさん増えています。そんな昨今だからこそ、企業にとって顧問の社労士さんは必須な時代だと思います
ひとりでの開所から30余年が過ぎ、事業継承が視野に入ってきた。次代に継承するまでに自分がやるべきは、次の世代への道作りだと認識している。
この仕事は資格が必要で、簡単に外国人労働者に頼ることはできません。それに日本の人口は、これから確実に減少していく。採用できる人が少なくなっているのは、現実的な問題ではあります。それを踏まえたうえでも、私どもがベースにしてきた大事な部分は変えずに置いておきながら、いかに効率化を目指すかは大事なことと捉えています。給与計算もいずれは、アプリかなにかでもっと簡単になっていくでしょう。そうなれば自分たちでまた違ったコンサルをするのか、なにか新しいことを考えていかないといけない。これから5年くらいの間には、新しい道を作らないとアカン。それも5年かけてこうしようというよりも、時代の変化と同時に走りながらやっていく。そうじゃないと、なかなか進まないと思うんですよね

最後に、太田代表に社労士の仕事のやりがいを訊ねた。すると、答えは明確だった。
手続きとかの範囲を超えて、いい会社づくりのお手伝いができる仕事だと思っています。私は33年、最初の事務所からのちに現在の場所に移転しましたが、大手前でこの仕事をしています。始めたころ同業者にたくさんいじめられたこともありましたし、求人して面接に来られた方に開口一番『残業できますか?』とばかり訊いていた時期もあります。それくらい忙しいこともありましたが、一度も辞めたいと思ったことがない。この仕事が嫌やなと思ったことがないんですよ。中小企業のおっちゃんたちのために。やっぱりそれが今も、私のやりがいですね
