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ゼロからイチの創造 ~古き良き大阪の、懐かしいのに新しいお土産づくり~
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ゼロからイチの創造 ~古き良き大阪の、懐かしいのに新しいお土産づくり~

2025.01.24
株式会社一創堂

株式会社一創堂 / 代表 野杁 達郎 氏



大阪名物数あれぞ、大阪土産を買おうと思うと悩んでしまう。誰もがそんな経験をしているのではないだろうか。
2019年11月に創立したばかりの株式会社一創堂は、古きよき大阪の歴史に目を向け、思わず手に取りたくなるような大阪土産を製造販売している。
大阪Metro「関目高殿駅」からすぐのところに京街道「関目七曲(ななまがり)」(※1)と呼ばれる湾曲した道がある。その道沿いに一創堂のオフィスがある。
(※1)京街道「関目七曲(ななまがり)」:豊臣秀吉が淀川沿いに作った京街道の関目にある湾曲した道。秀吉が敵の様子をうかがうために、道を蛇行させて造ったといわれている。

古民家を改装したオフィスには、自社のお菓子を販売している店舗も併設しており、全国から熱烈なファンがやってくる。
今までにない視点とアイデアで誕生したストーリー性のあるお菓子は、大阪土産界に旋風を巻き起こそうとしている。
その仕掛け人の株式会社一創堂 代表 野杁達郎(のいり たつろう)氏に話を伺った。

ゼロからイチの創造 ~古き良き大阪の、懐かしいのに新しいお土産づくり~

歴史や文化から考え出された大阪土産とは


一創堂の外にちょっとレトロなプリンが飾られていた。「喫茶店でもしているのかな」と半信半疑で野杁氏に聞いてみると・・・

2階で”ちょろけん”シリーズ最新作のチョロプリン(2024年11月現在)をはじめ、一創堂のお菓子を食べてもらえます。せっかくお菓子を買いに来てくれたお客さんにゆっくりしてもらえるように最近、2階を喫茶室にしたんです


ゼロからイチの創造 ~古き良き大阪の、懐かしいのに新しいお土産づくり~

ちょろけんとは、顔は帽子で隠し、体に描かれた顔はペロッと舌を出している、江戸時代になにわの人々に愛された門付け(かどづけ)(※2)芸人である。
大阪弁の「ちょける」の語源になっているともいわれている。
一創堂の”ちょろけん”は、当時の風刺画をもとにかわいらしくゆるキャラ化している。
(※2)門付け:日本の大道芸の一種で、門口に立ち行い金品を受け取る形式の芸能の総称であり、およびそれを行う者。

野杁氏は元は大手化学メーカーで企画・開発を担当し、橋梁から日用品など様々な製品を開発してきた。その頃から付加価値機能付けやデザイン性などに重きを置き、独自のアイデアと開拓精神でヒット商品を生み出してきた。

Q.一創堂を創立したきかっかけはなんだったのでしょう?
ものづくりをする会社を起業したいとずっと考えていました。大きな企業にいた頃は機能的な商品を、どれだけ販路を広げるかを考える量産品でしたが、一創堂で取り組んでいるのは「お土産」という限定的な市場で、ストーリー性のあるものづくりなのが真逆で面白いです。

Q.”ちょろけん”は、なかなかマニアックというか知らない方も多いと思いますが、大阪土産のキャラクターにしようと思ったきっかけを教えてください。
大阪の土産といえば<食い倒れ人形、フグ、カニ、たこ焼き、粉もん>などが思い浮かびますね。これらは魅力的ですが、大阪の歴史としては深くないなぁと感じたんです。
もっと大阪の歴史や文化面からお土産を考えられないかと思い、大阪歴史博物館や大阪市史編纂所(※3)を訪ねました。そこで”ちょろけん”を知って、とても面白いと思いました。
(※3)大阪市史編纂所:大阪市立図書館内にある地域のあゆみを未来に伝えていくことをめざし、市民の地域史料の調査、全国にある大阪関係史料の収集を行い、『新修大阪市史』という本にまとめている。

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野杁氏は、江戸時代の文献にある”ちょろけん”をそのままお土産のキャラクターにするには、少し可愛さに欠けていると感じ、マーケティング調査を開始した。
幅広い層に受け入れてもらえるキャラクターにするために、なんばの街中でいろんな人に聞き取り調査をしました。売れるためのモノをつくるには、独りよがりでは間違うこともあるので。


こうして街の声を拾い、考案された一創堂の”ちょろけん”のキャラクターは、なんとも愛らしく愛嬌があり、可愛い。
こうして、野杁氏が世に送り出す最初の大阪土産のキャラクターは決まったが、中に入れるものがなかなか決まらなかった。
最初は、USJに来るような若年層に買ってもらおうと調査しました。結果、若い女性はレアチーズケーキが好き。年齢が上がっていくにつれ和菓子になっていくんです。その結果を受けて大阪の老舗菓子企業である「あたり前田のクラッカー」でお馴染みの前田製菓(※4)に声をかけました。
(※4)前田製菓:1918年、堺市で創業。有名な前田のクラッカーが誕生したのは1955年。1960年代に放映されていた人気番組「てなもんや三度笠」というコメディ番組の中で藤田 まことが放つ「俺がこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー!」というフレーズが大流行し、あたり前田のクラッカーが全国区で有名となった。

こうして誕生したのが「なにわちょろけんレアチーズクラッカー」である。一創堂の第一弾の大阪土産であった。
年齢層の高い人には「あたり前田のクラッカー」というフレーズでお馴染みの前田のクラッカーをレアチーズでディップして食べるようにした、なかなか凝った商品だ。

狙った商品をヒットさせる自信があった野杁氏だったが、ちょろけんの第一弾は思ったようには動かなかった。

Q.原因はなんだったんでしょうか?
奇をてらい過ぎたんです。お土産は誰かにあげるものなので、味とかを想像できないものは人にあげられない。中身がどんなものか分かった方がお客さんは買いやすいんです。

人にあげるお土産を買うときの心理はそうかもしれない。そんな第一弾での反省を踏まえ、次に選んだのは、土佐の「芋けんぴ」だった。
確かに誰もが味を想像できる。しかし、芋けんぴをなぜ、大阪土産として選んだのだろうか。

Q.大阪土産に土佐のものを選んだ理由はどうしてでしょうか?
歴史家の方との雑談の中で話が出てきたんですが、大阪に土佐堀という地名が残っています。他にも阿波座、肥後橋、備後町とか、これほど他府県の地名が残っているのは全国でも珍しいんです。


なぜ、大阪に他府県の地名が今も残っているのだろうか。その謎をひもとく鍵は江戸時代の大阪の歴史にある。
大阪は、海路、水路、道路が各地方とつながっており、地域の名産を一堂に集められる環境にあり、日本中の名産品が集まり、そこから改めて各地に送るという物流体制が整っていた。
土佐からも海を渡って名産品が運ばれ「土佐堀」で荷揚げされた。今も地名として残っている土佐堀の土佐は、土佐藩に由来する。
土佐藩の蔵屋敷にあった土佐稲荷神社は、土佐出身で豪商まで上り詰めた岩崎弥太郎とその三菱グループの守護神としても名高い神社として現存している。

これが、”ちょろけん”の缶に土佐の芋けんぴを入れた理由である。
「ちょろけんぴ」には、そんな大阪のストーリーが含まれていたのだ。
商品に込めた思いを西区にある土佐稲荷神社の神主に話し、奉納帯を付ける許可をもらった。さらにちょっとしたサービス心も加わった。
ちょろけんのイラストが描かれた小袋が缶の中に入っているのだ。おみやげをおすそ分けするための小袋である。

僕が芋けんぴ好きなものなので、たくさん入れたかったんです。小分けせずに大きな袋で入れたんですが、おみやげは分けられた方がいいよという話が出て、悩んだ結果、お客さん自身で分けられる「お裾分け袋」を入れたんです。苦肉の策でしたが、案外かわいいと好評です。


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ちょろけんのイラストが入った缶もポップで可愛く、インパクトもある。
陰影や立体感があるエンボス加工を施しており、お土産をもらった人はきっと缶を見ただけでテンションがあがること請け合いだ。
「ちょろけんぴ」は、野杁氏のいう「分かりやすさ」もあり、発売当初から動きがよかったという。ところが・・・

コロナ禍でお土産業界は大苦戦!会社の現金はたった50,000円


コロナ禍でお土産業界は苦境に立たされることになる。一創堂ももちろんその影響を大きく受けた。

コロナ禍のときにはまったく売ることができなくなって賞味期限の怖さを嫌というほど知りました。売り先の無い在庫を近くのスーパーなどに飛び込んで、買ってくださいと必死にお願いして販売したりしました。当時創業して間もないため、国からの融資も保証も受けることができず、会社の現金は残り5万円まで迫りました。


野杁氏は、なんとか売らなければとHP上に通販ページを作成して、SNSで「困っています!」と呼びかけたそうだ。
他の業者がまだ、「困っています」というアピールをしていない早い時期であったが、本当に困っていた野杁氏の切実なお願いだった。

タイミングがよかったのか、その日のヤフートレンドランキングで7位になって、大バズリしました。
それで助かったんです。お土産を通販で売るのは無粋だと最初は思っていたんですが、コロナ禍でお土産がまったく売れなくなった時期に、無粋だとか言うてる場合ではないと。すごく助かりました。


在庫をリュックに入れて10円でもいいから買ってくださいとスーパーマーケット等に飛び込みで回って、何とか凌いでいた野杁氏だったが、SNSでバズったおかげで、在庫を超える予約となったそうだ。
そのバズりのあと、地域の百貨店から「うちは今店を開けているから卸してくれないか?」という連絡が入る。
コロナ禍のピークは、大阪土産といいながら地方の百貨店売り上げが本業の売上を逆転した。

大変な思いもしたが、野杁氏は”ちょろけん”シリーズに続く、新しいシリーズに着手する。

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”ちょろけん”シリーズに続く新シリーズは”大阪万福(おおさかばんぷく)”


2022年9月、徐々に売上も戻ってきたタイミングで発売を開始したのが「大阪万福(おおさかばんぷく)」である。
江戸時代に大阪に実在していたと言われている福助(※5)がキャラクターだ。
(※5)福助:江戸時代に実在した佐太郎という実在人物を模したものといわれている。佐太郎に関しては諸説あるが、摂津国の農家の生れで,身長約 60cmぐらいの大頭であったが,幸運な生涯をおくり長寿であったと伝えられている。

ちょろけんシリーズ以外の売上の柱をつくろうと「大阪万福」というシリーズを出しました。
大阪に万博が来るぞという年に「大阪万福」という商標だけをとっていたのですが、コロナ禍もあったのでずっと寝かせていたんです。

大阪万博とネットで検索したら「大阪万福」もヒットしてくれるだろうという思惑もあったそうだ。

ゼロからイチの創造 ~古き良き大阪の、懐かしいのに新しいお土産づくり~

現在(2024年11月)、売上げ一位は”ちょろけんぴ”、二位は“大阪万福かりんぽい”である。
かりんぽいとは、香ばしいかりんとうを有平糖で包み、一口サイズに切ったお菓子だ。関西では昔からあるお菓子で天神さまに奉げたお菓子として「奉天」とも呼ばれている。

常に新しい商品開発の種を探している野杁氏が、新たに生み出したのは「チョロプリン」である。
一番の特徴はひとつひとつ丁寧に卵を割って作る、昔懐かしい手作りの味わいだ。少しビターなカラメルソースは別添えにし、高級感のあるプリンに仕上げている。製造直後に加熱殺菌することで、常温でも長期間美味しく食べられるように工夫している。

創業大正二年の老舗、梅花堂本店(※6)と組みました。発売して間も無く、国内外から沢山お求め頂いており、うちのナンバーワン商品になれるようにしたいなと思っています。
(※6)梅花堂本店:大正2年(1913年)に練羊羹専門店として創業。大阪で100年以上に渡り菓子製造に携わっている老舗。

ゼロからイチの創造 ~古き良き大阪の、懐かしいのに新しいお土産づくり~

ゼロからイチの価値を創造しようと名付けた会社名の通り、今までにない柔軟な発想とアイデアで、大阪土産を生み出している野杁氏。
何よりお土産づくりを楽しんでいるように見えた。
全国からSNSで応援してくれる熱烈なファンもいて、一創堂ファンが知名度をあげてくれている。

皆さん、どんなお土産を買おうか悩まれたら、一創堂の大阪土産を手に取ってみてください。

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株式会社一創堂
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