株式会社保護猫シェルタージオラマ食堂 アドバイザー / 寺岡直樹 氏
JR環状線「寺田町」から徒歩1分。駅からすぐの好立地に猫好きにはたまらない株式会社保護猫シェルタージオラマ食堂がある。
もともとは鉄道ジオラマを楽しめるレストランとして営業していたが、コロナ禍で客足がほぼゼロになった。
スタッフへ給与の支払いが遅れがちになり、倒産の危機に瀕していたとき、迷い込んできた母子猫がいた。
その母子猫がジオラマの上を我が物顔で闊歩する姿を動画に撮り、SNSに投稿したところ大反響を呼んだ。
猫好きの客が殺到して、経営は奇跡のV字回復を果たす。
「猫に助けられた」という寺岡直樹氏は、今度は猫に恩返しするべく保護猫シェルターの運営に乗り出し、1匹でも多くの野良猫を殺処分から救うべく保護活動にも取り組んでいる。

経営がどん底の中で意図しなかった出会いが奇跡を生んだ
株式会社保護猫シェルタージオラマ食堂(以下、ジオラマ食堂)の創業者で、現在はアドバイザーを務める寺岡直樹氏は、嵯峨野観光鉄道のジオラマを手がけたこともある鉄道ジオラマ製作のプロだ。
鉄道ジオラマと猫との組み合わせが珍しいと、猫好きの客で連日賑わっている。
ジオラマと猫の組み合わせは、まったくの偶然から生まれました。2020年6月のことです。当時経営していた保育施設で働く保育士さんが『この子、どないしましょ?』と連れて来た子猫がすべての始まりでした。
大きさは掌に乗るくらいで生まれたばかりの子猫が、仮死状態で保育施設の前に横たわっていた。それを一人の保育士が見つけた。
一縷の望みをかけ、1日じゅう体をさすって温めたところ「ミャーミャー」と声をあげ蘇生したという。
その翌日です。目を吊り上げて店の中を睨みつけるように覗いている、大人の猫がいたんです。昨日保護した子猫のお母さんと思われました。子猫の声を聞いたんでしょうね。ガリガリに痩せていたから、ごはんに味噌汁をかけて与えてみたら、貪るように食べました。
ちなみにその子猫は寺岡氏の娘さんが引き取って、今も元気に暮らしているそうだ。
やがて親猫は3匹の子猫を連れてくるようになる。寺岡氏は食べ物を与えて見守っていた。コロナ禍の真っただ中で、ジオラマ食堂は客足が途絶え経営が逼迫している時だった。
そんな時に現れた母子猫の姿に自分の姿を重ねてしまい、どうしても突き放すことができなかったという。
店の経営が危機的な状況にもかかわらず、寺岡氏はこの母子4匹の猫を保護することを決心した。
避妊手術を済ませた、ある日のこと。ケージの扉を開けたまま帰宅したんです。翌朝、店に来てみたら、猫たちがジオラマの上で好き勝手に遊んでいました。1本1本手で植えた木は倒れ、建物も一部壊れていました。
猫が遊ぶことを想定してつくったジオラマではない。「何をしてくれてんねん!」と、猫たちに怒りの感情が湧いたという寺岡氏。だが、ふと気を取り直して、ジオラマで遊ぶ猫たちの様子を動画に撮った。
SNSに投稿したら、あっという間に『いいね』が1万を超えたんです。メディアから取材の依頼も来ました。
ネットニュース、テレビ、新聞などあらゆるメディアから取材依頼が相次ぎ、あるテレビ番組では、役者を使って短い再現ドラマまでつくられたほど。その反響は凄まじく、猫を目当てに訪れる客が激増した。完全予約制にしないと客をさばききれなくなり、店の売り上げも回復していった。

「ラッキー」のように、殺処分される野良猫を1匹でも減らしたい
猫と出会う前の状況を、寺岡氏は「事実上、倒産していたかも」と振り返る。
支払いやスタッフの給与が遅れに遅れて、負債が膨らんでいたのだ。
それが、偶然迷い込んできた猫家族を保護したことがきっかけで、猫好きの客で賑わう店になった。
ジオラマに列車の模型を走らせると、猫の狩猟本能が刺激されるのか、追いかけていって猫パンチをお見舞いして車輌をひっくり返す。寺岡氏はこれを「ハグ」と呼ぶ。「ハグ」が派手なほど、客に喜ばれた。
経済的に少し余裕ができてくると、寺岡氏はコロナ禍後の展開を考え始める。
コロナ禍で在宅時間が増えたせいで、ペットを飼う人が大幅に増えました。コロナが収束した後、また外へ働きに出るようになったら、ペットの預け先が必要になります。

保育施設は、段階的に縮小しながら廃止した。猫と遊べるジオラマ食堂を経営しつつ、廃止した保育施設の跡に保護猫のためのシェルターと猫ホテルを整備した。
これは、天命だと思っています。こんなに深く猫にかかわるとは、自分でも思っていませんでした。先行きが見えないときに猫たちと出会って、気が付いたら今の状況がある。店の経営が立ち行かなくなったとき離れていく人もいたけれど、付き合いの古い仲間は残ってくれた。困っているときに助けてくれる人が現れて、嘘さえつかなければなんとかなると思うようになったのです。
保護猫活動にも取り組むようになった寺岡氏は、これまで多くの猫を保護してきた。中でも印象深い猫が「ラッキー」と名付けられたオス猫だ。
2022年2月19日、ある保護猫団体が、松原市で三毛猫を保護するために捕獲機を仕掛けた。ところが、どこからともなく現れたのは白黒模様のオス猫だった。フラフラした足取りで、自ら捕獲機へ入ったという。よく見ると頭に酷いケガを負っている。誰にやられたのか、頭蓋骨が粉砕され脳が見えるほどの大ケガだった。
NPO法人「保護猫まもり隊」の方からは、人間からバール状のもので殴られて、頭蓋骨を割られたのではないかと聞きました。頭蓋骨にあいた穴を人工物で塞ぐ手術をして一命を取りとめましたが、獣医さんが「この状態で生きていたのは奇跡」というほどの重傷でした。
その猫は「ラッキー」と名付けられて、ジオラマ食堂で暮らすことになった。回復は早く、みるみる元気を取り戻した。そして保護から3か月後、獣医から「治療完了」が宣言される。
瀕死の重傷を負っていたとは思えないほど食欲旺盛で、寺岡氏は「体格がよすぎて、Lサイズのハーネスが締まらない」と笑っていた。しかも、人間からひどい目に遭わされたにもかかわらず人懐っこく、手を出すと頭をこすりつけてくる。
「ラッキー」はお店に出ていることもあるので、すっかり回復して元気な姿を見ることができる。
天保山で新店舗オープン!
昨年7月20日、寺岡氏は大阪文化館・天保山(旧サントリーミュージアム)2階に、新店舗をオープンさせた。
世界的に高名な建築家 安藤忠雄氏が設計した建物の一室にジオラマを新設して、「保護猫カフェ 大阪文化館・ジオラマ食堂 Cats Wonderland Osaka-bay」(以下、Cats Wonderland)として営業している。

寺田町の店は保護施設を兼ねていますが、Cats Wonderlandでは猫と触れ合って遊んでいただくと同時に『和』の文化も発信したい。
すぐ隣には海遊館があり、Cats Wonderlandにはインバウンドも多く訪れる。

さらに、今年4月には寺田町のお店を移転し、新しい環境で新装オープンした。
旧店舗から徒歩1分ほどの空き店舗に、猫が遊ぶことを前提に製作された猫仕様のジオラマを設置し、カウンター席とテーブル席を設けた。
また、これまで寺岡氏がオーナーを務める個人経営だった店を株式会社とし、寺岡氏はアドバイザーとして経営の最前線からワンクッション置く立場となった。
新たに社長を任せたのは、コロナ禍の苦しい時期でも一緒に頑張ってくれた、十数年来の盟友です。彼には信頼して任せることができると判断しました。その次の継承者も、今から考え始めています。
寺岡氏がスタッフにいちばん求めることは何かと尋ねると「160匹いる猫の名を憶えること」と「オペレーション」だという。
ふだん店に出て接客をしている猫は40~50匹だが、ほかに保護されている猫もいる。そのすべてに名前をつけているのだ。
学校の先生が覚えられる生徒の名前は、だいたい150人までと聞いたことがあります。だからここでは、猫の収容数を150~160匹を上限と決めたんです。僕は猫の顔を見て、名前が分かります。
また、スタッフには、猫の世話をすることはもちろん、接客スキルも求められる。たとえば、飽きてきた客にどう対応するか。飽きたまま帰してしまうと、リピーターになってくれない。
客さばきをオペレーションと呼んでいますが、うちで働きたい人はオペレーションができることが望ましいですね。
ちなみに、ジオラマ食堂の料金はランチタイムとディナータイムが3500円(定食付)、お昼と夕方の間のティータイムが3300円(ケーキ付)で、2時間滞在できる。これを「高い」と思われるか「妥当」と思われるかは、付加価値しだいだという。
たとえば、ランチタイムのオムライスが3500円と考えたら、高いかもしれません。それでもお客さんが納得してくださるのは、付加価値があるからなんです。それは、清掃が行き届いた店内、美観、接客です。付加価値のバランスが良ければ、お客さんは納得してくださるんです。この付加価値があるところで、動物愛護にも目を向けてほしい。
以前は保護猫の譲渡会を定期的に行っていたが、今は毎日が保護猫譲渡会を兼ねているという。
里親を希望する人は一度お客としてジオラマ食堂を訪れて、気に入ったり仲良くなったりした猫と相性を確かめ合って判断してほしいとのことだ。

