株式会社ビジョンメガネ / 代表取締役社長 安東晃一氏
「ビジョンメガネ」と聞いて、かつてテレビから流れていたメロディ付きの「Good Eye Communication ビジョンメガ~ネ~」というCMを思い出す人も多いのではないだろうか。創業から半世紀近いこの老舗メガネ店は、資金繰りに行き詰まって民事再生法を申請するという「倒産」を経験した。どん底から立ち直って、再び存在感を示している株式会社ビジョンメガネの復活のポイントは、安売り競争から距離を置き、豊富な知識を持つ販売スタッフがお客様に寄り添う姿勢にある。経営悪化のさなかに、あえて火中の栗を拾うかのように生え抜き初のトップに就いた代表取締役社長 安東晃一氏は「地域密着型のかかりつけメガネ店」作りに、陣頭指揮をとる。

上場廃止後に社長就任を引き受けた決め手は「あみだくじ」
安東氏が社長に就任したのは2011年6月。「業界ナンバー1の利益率」と言われるほど順調な経営で全国に約280店舗を展開していたビジョンメガネはこのころ、苦境に陥っていた。2001年ごろに相次いで誕生した新興の低価格チェーン店の勢いに押され、2009年にはジャスダックの上場廃止にまで追い込まれたうえ、その後も資金繰りに苦しむ状態が続いていたのだ。
上場廃止になったとき、IR(※1)を担当していて会社の状態は熟知していました。前任社長から再建のサポートを、と頼まれて取締役になっていましたが、当時まだ39歳で5人の取締役の中でも最年少。社長就任の打診を、荷が重いと断ったのですが、前任社長はその場であみだくじを作って、引けと言うのです。適当に線を加えて引くと、なんと当たり。「ほら、見てみ」と言われ、運命的なものを感じたんですね。もともと私は「やらずに悔やむよりやってみて悔やむ」をモットーとする人間です。できる人には役割が回ってくるという思いもあり、頼っていただいたのに断ると、二度と頼ってもらえなくなると思ったらストンと腹落ちして、引き受けることにしました※1 IR(Investor Relations)とは、企業が株主や投資家に対し、財務状況など投資の判断に必要な情報を提供していく活動全般を指します。
あえて「火中の栗」を拾うも、従業員の反応のなさ、無表情につらさ倍増
就任後、安東氏はメガネのインターネット通販会社との業務提携や、芸能人とコラボした新商品開発など、生き残りをかけた新たな企画を次々に模索・展開していく。しかし、資金繰りは相変わらず苦しく自転車操業の毎日。株主や銀行に、経営説明や資金援助の相談に歩き回るとともに、取引先メーカーにも頭を下げて、フレームなどを何とか融通してもらって苦境をしのいできた。ただ、そうした懸命の取り組みにも経営状況は改善せず、ビジョンメガネの親会社ビジョン・ホールディングスは自主再建をあきらめてスポンサー企業の下で再建に取り組むべく、2013年11月、民事再生法の適用を申請した。安東氏はなんと、申請のわずか2週間前、ホールディングスの社長に就任していた。「会社を畳む役割」を果たさなければならないと分かっていたにもかかわらず、あえて引き受けたのだ。

やっぱり、ビジョンメガネが好きだったからです。それにお客様のこと、一緒に働いてきた従業員のこと、その家族のことを思うと、だれかが社長を引き受けないといけないわけで、他の人にやらせるわけにいかないという気持ちになりました。
でも、さすがに厳しいものがありました。申請後に取引先に謝罪行脚にうかがうと、銀行はそれまでから毎月状況を報告していましたから、逆に、同情してもらい、激励もいただきました。しかし、取引先メーカーさんは違います。そんな事態に陥っていることを隠し取引の交渉に出てきたとして「だまされた」と言われましたし、「あなたでは再生できるとは思えません」と言われたこともあります。頻繁にかかってくる電話に出るのが怖かったですね。何よりつらかったのは、従業員の表情です。怒っているわけではないのですが、現状や見通しを一生懸命説明しても笑いもしないし、反応がない。無表情なんです
「嘘はつかない」と決めて10カ月間繰り返した報告行脚で次第に明るさ戻る
そんな従業員たちには、毎月現場を回って訪れて報告会を開き、会社への不信感を少しでも払拭することに努めた。報告会にあたって心に決めていたのは、いいことばかりを言わない、嘘はつかない、愚痴を言わない、弱気を見せないこと。ただし、絶対会社を再生させるんだという強い気持ちは持ち続けた。一方で、現実は厳しく、42の赤字店舗の閉店と約100人のリストラを余儀なくされた。

「私のことを恨んでもいいが、言ってることは信用してほしい」と繰り返しました。10カ月間、こうした報告行脚を続けるうちに、先輩がサポートしてくれるようになり、従業員との距離も近くなっていくように感じました。そして、当時のスポンサーの代表の方から「今までのビジョンメガネのいいところをしっかり伸ばしていかないと」という励ましのお言葉をいただいたことで、やり方を100%変えないといけないと思っていたのが、今までのやり方は決して間違いではなかったんだと気持ちを切り替えられて、自分の中で方向が固まりました
入社6年目で異動した社員教育の部署での学びと経験が再建の礎の一つに
ビジョンメガネのいいところ――それに触れる前に、ビジョンメガネの民事再生法申請に至るまでの流れと安東氏の歩みを振り返っておこう。創業は1976年。初代社長が、メガネフレームを製造していた会社から独立して立ち上げた販売会社がスタートだ。日本初の「レンズ代込み」という分かりやすい価格設定と、他者より少し安く販売する戦略で業績を拡大していった。耳に残るテレビCMは1986年に始まっている。安東氏が入社した1996年には関東への本格的な進出を始め、2000年にジャスダック上場を果たす。

テレビCMを打っているような有名な会社なら大丈夫だろうと思って応募しました。当時は出店拡大に伴い、深刻な販売員不足という課題に直面しており、入社半年後には大東店の店長になりました。立地の悪いところで、来店数を上げることに全力を尽くし、それなりに成果を上げることができました。6年目には現場を離れて本社の営業推進部に異動しました。従業員の技術や知識の教育指導を担う「社員教育担当者」としての異動でした。パート社員の基礎力の向上は特に課題でしたので、メガネ専門の通信教育の学校に入り、販売理論やフレームのデザインなど、メガネのすべてを改めて学びなおしました。そのときの経験が、再建にあたっても大きな柱になってくれました
会社に根付く「ひとのために」の精神が復活支える
安東氏に入社を決断させたのはもう一つ。創業者がよく口にしていた「情けは人のためならず(※2)」という言葉と、「人のために」という会社の風土に共感したことがあった。入社前年の1995年、阪神淡路大震災が発生。ビジョンメガネは社長の陣頭指揮の下、最も被害の大きかった神戸・三宮店に社員総出で駆け付け、老眼鏡を無料で配布したり破損したレンズを無償で交換したりして被災者を励まし、応援したのだ。この「人のため」という姿勢もまた、再建の大きなバックボーンになった。
※2 情けは人のためならずとは、人に親切にすれば、その相手のためになるだけでなく、やがてはよい報いとなって自分にもどってくる、ということ。
入社後に震災時の取り組みを聞いて、すごいことをやっていたんだなと、熱い思いになりましたね。さらに、リストラを通告された社員が、店舗閉店の最終日まで会社に残って、店の幕引き作業を、それまで同様、お客様への丁寧な対応でこなしてくれたのです。やはり、「人のため」という社風が社員の中に当たり前のこととして浸透していたのでしょう。その時に辞めていった社員の頑張りこそが、今のビジョンメガネを支えてくれていると、日々思っています
高品質な独自ブランドのメガネを次々に投入
会社は2015年12月期には8期ぶりの黒字を達成。現在まで黒字経営を維持している。客単価も民事再生法申請前と比べて1万円高くなった。こうしたV字回復に寄与したのは、安東氏が続けている5つの社内改革だ。その中でも、高品質な自社ブランドのメガネの開発は、再建の柱の一つになっている。
耳に巻き付く特殊フレームで激しく動いても〝絶対にずれない〟がコンセプトの「MYDO(マイドゥ)」や、形状記憶合金を使って壊れにくい「ケータイフレックス」などは、創業社長が取り組んでいたもので、機能性のある高品質なモノを作れる力は以前から備わっていました。コロナ禍の中〝マスク映え〟を追求した女性向けメガネ「cocoroto(ココロト)」など当社独自の商品を次々に投入し続けている


他社との差別化を生む「メガネのマエストロ」。お客様の満足度98%
もう一つ、他社との差別化を生み、売上伸張に大きく貢献していることがある。それは「メガネのマエストロ」と名付けた知識豊富な販売スタッフや「コト売り(※3)」といった付加価値戦略だ。マエストロ制度は2019年に導入。2022年に国内唯一のメガネの国家資格「眼鏡作製技能士(※4)」が新設されると、この資格試験に対応した内容に改善された。独自の学科試験と実技試験によって合格者を認定し、問診を含む視力測定を無料でしっかり行ったうえで、各店に置く800~1,200本のフレームや600種以上のレンズから、お客様一人一人に最適なメガネ選びを提案している。

※3 コト売りとは、消費者を起点として、商品・サービスの使用によって解消される問題や充足されるニーズ、経験できる新たな発見・感動といった、得られる価値(コト)に焦点をあてた発想。一方モノ売りは、商品・サービスを起点として、高性能や多機能といった、その機能(モノ)に焦点をあてた考え方をいう。
※4 眼鏡作製技能士は技能検定制度の一種で、公益社団法人日本眼鏡技術者協会が実施する、眼鏡作製に関する学科及び実技試験に合格した者をいう。職業能力開発促進法第47条第1項の規定に基づき眼鏡作製職種が2022年に設けられ、眼鏡作製技能士(1・2級)の国家検定がある。
メガネ屋は、お客様が日常をどう過ごされるかに力を入れないといけないと考えています。そのためにはアフターサービスとともに技術力のアップが必要です。おかげさまで、顧客アンケートでは、98%のお客様に「満足」「やや満足」のご回答をいただいています。さらに、レンズの度数変更やフレームの修理・交換などを3年間、何度でもできる有料の保証サービスも好評です。また、メガネの分解洗浄を無料で行っており、2020年以降の利用者数は約130万人にのぼっています

気軽さを提供して、ビジョンに行けば大丈夫と思われる店に
先頭に立って率先して引っ張っていく「機関車型」だった創業社長とは違い、自分はサッカーでいえばディフェンスで、みんなをバックアップして支えていくタイプだと自己分析する安東氏。充実した社員教育でチーム力を底上げし、「人のため」の精神で着実に成果を挙げ続けている。その背景には、どん底から立ち直れたのは社員、お取引先様、そして何よりお客様の支えがあったからだという、変わらぬ思いがある。
メガネというのは、何かあったときにすぐに対応してもらいたい商品でしょう。困ったときに、ビジョンに行けば大丈夫と思ってもらえることが大事で、ご期待に応える対応ができれば信用につながり、再び行ってみたいと思っていただけると考えています。そんな心地よさを提供したいですね。我々が目指すところは、お客様の目の悩みに耳を傾け、「見える」を届ける地域密着の〝かかりつけ〟メガネ店づくりです
そう話す安東氏の姿は会社に深く根付く「人のために」というビジョンと重っている。
