共和鋼業株式会社 / 代表取締役社長 森永耕治 氏
幼い頃、校庭の金網フェンスによじ登ったり、指でフェンスのひし形をなぞったりした記憶がある方も多いのではないだろうか?
そんな“日常の風景”だった金網が今、デザインや教育、さらにはメタバースの世界へと活躍の場を広げつつある。
土木資材の定番として知られるひし形金網の専門メーカーとして、1968年から東大阪で製造を続ける共和鋼業株式会社。社長の森永耕治氏に、縮小する土木市場に危機感を抱きながらも素材の価値を“再定義”してきたプロセスや、未来に向けた挑戦について話を聞いた。

暮らしを静かに支え続けてきた、ひし形金網の再出発
金網って、よく見れば誰もが一度は触れたことがあると思います。グラウンドのフェンスなんかがその典型ですね。
そう語る森永耕治氏。東大阪市に工場を構える同社は、1968年の創業以来「ひし形金網」に特化した製造業だ。
学校や公園のフェンス、高速道路脇や崖崩れ防止ネットなど、ひし形金網は私たちの暮らしの中でたびたび目にする存在だ。だが、その多くは土木資材として使われており、私たちが直接手に取ることはない。視界には入っていても、素材として意識されることは少なく、まさに“縁の下の力持ち”といえる。
取引先の大半は土木資材を扱うメーカーや工事業者であり、完全なBtoBが基本。一般消費者と直接やりとりをする機会はほとんどないという。
昔は、何十キロという単位でひし形金網を製造していた時代もありましたが、今はその需要も落ち着いていて、新規で大規模な案件は少なくなっています。メンテナンスや張り替えといった用途が増えています。
そういう中で、この金網が今後どこまで活用できるのか、ずっと考え続けてきたんです。
今、金網という“隠れた日常”を再び見直す動きが生まれている。その先にあるのは、土木を柱として建築へ、そしてアートや教育の分野への拡張である。
使われるだけでなく、“思い出してもらえる”“選ばれる”金網へ……。その第一歩が、土木の枠を超えた新たな挑戦だった。

土木から建築へ。異業種連携と発信で“再定義”
森永氏が社長に就任したのは2015年。大学を卒業後、サラリーマン経験を経て家業に戻ると、父から経営を引き継ぎながらも時代の潮流を見据えた変革を模索してきた。その象徴が「異業種とのコラボレーション」と「展示会での発信」だ。
特に重視しているのが「誰に金網の存在を記憶してもらうか」という視点。森永氏は、“使ってもらう”以前に、“思い出してもらう”素材になることの重要性に目を向けた。
やっぱり、まずは「金網で使えるかも?」と思い出してもらえるようにならないと始まらない。建築や空間設計に携わる人の記憶に、金網がちょっとでも残ってくれてたら、そこから可能性が広がるんです。
そう思うようになったのは2018年。東大阪市が主導する「チーム東大阪オープンイノベーション」や「HIGASHIOSAKA FACTORies(東大阪ファクトリーズ)」といった取り組みが立ち上がり、チームでの活動やデザイナーとの協業が活発化した。
森永氏も参加し、金網という素材をどう活かせるかに強く興味を持つようになったという。
デザイナーって、どんな人なのかも最初はよく分かってなかったんです。でも“金網で何ができるんやろう”っていう素朴な興味があったし、もしかしたら面白いことができるんと違うかと思って手を挙げました。
「HIGASHIOSAKA FACTORies」に採択されたものの、デザイナーからの指名制で製造業者が選ばれる仕組みもあり、デザイナーに選ばれるかどうかの不安も感じていたという。しかし「HIGASHIOSAKA FACTORies」ではひし形金網を使ったベンチが、プロジェクト「チーム東大阪オープンイノベーション」では収納ラックや小型ラックといった日常使いできるアイテムが誕生した。

© Sakurai Mitsuru
目的は、生み出したプロダクトの売上だけではなく、「こんなことも金網でできるんだ」と気づいてもらうことです。将来的にどこかで使ってみたいと思ってもらえるような“きっかけ”になればと考えていて、いわば広告のような役割を担えたら。
この頃から、ひし形金網の素材の可能性を伝える絶好の機会として、展示会への出展にも積極的になっていった。特に東京ビッグサイトで開催される「JAPAN SHOP」には空間設計を手がける設計者やデザイナーが多く来場するため、継続的に参加している。
こうした活動はメディアにも注目され、NHKの朝ドラ『舞いあがれ!』では、オープンファクトリーを題材にしたストーリーの中で、共和鋼業のハンモック制作エピソードが反映された。森永氏自身も脚本チェックや、ハンモックなどの提供に協力し、ものづくりの町・東大阪の魅力を伝える一端を担った。
続けてきた社外連携や発信の取り組みが実を結び、最近は金網という素材への新しい向き合い方が、業界誌の目にも留まることとなった。
コラム:『日経デザイン』(日経BP)2025年7月号掲載!
特集テーマは「再定義の技術」。既存のモノやコトを見直し、価値を更新する企業の取り組みが紹介されている。
ミツカン、良品計画、雪印メグミルクなど名だたる企業が並ぶ中、共和鋼業の事例も取り上げられ、雑誌表紙にも作品の写真が採用された。
《金網がアート素材に!「安心・安全」から「心地よさ」へ》という印象的なコピーとともに紹介されている。
町工場発の素材が、再定義によって社会との接点を広げていく……その象徴的な一例として、全国の読者に届けられた。
“再定義”という特集テーマに、うちがぴったりだと思ってもらえたようです。狙ってやってきたわけじゃないけど、そういう風に捉えてもらえるのは嬉しいですね。
そう、共和鋼業が取り組んできたのは、まさに「土木から建築・デザインへ」という“金網の再定義”。インフラの裏方として「安全・安心」を支える存在だった素材を、「軽量で加工しやすい」という特徴を活かして空間や文化の文脈へと拓き、新たな接点を生み出していく。

再定義から始まる“素材の再発見”は、教育現場やアートへも
金網という素材をめぐる動きは建築やプロダクトにとどまらず、教育や文化の領域へと広がりつつある。
例えば、フェンスに色とりどりのチューブを差し込んで絵柄を表現する「グラフィックフェンス」は、近畿大学との産学連携から生まれたものだ。
工場の門に、金網をキャンバスにしてスプレーで描いたマリリン・モンローを飾ってるんです。近くで見ると分かりにくいけど、ちょっと離れるとちゃんと絵に見える。思いのほかいい感じになったんで、いつもお世話になっている近畿大学の教授に写真を送ったら、“これはおもしろいな”って。
スプレーによる塗装では再現が難しかった細かなデザインも、コンピューター上での画像処理と変換プログラムによって高い再現性が可能に。このプログラムは、設計者が自らデザインをシミュレーションできるよう、Macに対応した専用ソフトとして整備されている。
さらに、公共空間への導入も。近畿大学や大阪公立大学のキャンパスでは外壁として、中之島美術館の1階にある「HAY OSAKA」では店舗内の間仕切り材として採用されている。
いずれも“見えすぎず、閉じすぎない”素材としての特性が評価され、意匠としての存在感を放つ。
金網は、教育とかアートの現場でも、もっといろんな使い方ができると思っています。「こんな風に使えるんですね」「面白いかも」と言ってもらえると、ほんまに嬉しい。そういう声があることで、僕ら自身も素材を見直せるし、新しい方向にも踏み出せるんです。
こうした取り組みは、素材としての金網を“再定義”することで、社会のさまざまな文脈で“再発見”してもらうための挑戦でもある。
芯にあるのは、活かし方しだいで表情を変えるこの素材を、できるだけ多くの人の手に届けたいという想いだ。

次なる舞台はメタバース?広がり続けるひし形金網の未来
金網の可能性は、現実の建築空間だけにとどまらない。森永氏の頭の中には、今「メタバース空間に金網を登場させる」という構想があるという。
くぐれる、登れるといった金網の魅力は、現実では制約があるけど、仮想空間なら自由に体験できるのではないか。ゲームの中で金網を壊して進んでいくとか、ワークショップを開くとか、可能性は無限にあるはずです。
実際に、社内では生成AIに関するセミナーを実施するなど、社員が金網の可能性を“自分ごと”として捉え、自発的にアイデアを出せるよう促す取り組みが始まっている。森永氏は「社員が“これ、金網でできるんちゃう?”と無理なく自然に思えるようになるのが理想」と語る。
用途を決めるのは、僕らだけではありません。社内外を問わず、金網に興味を持って面白がってくれる人がどんどんアイデアを出してくれたら、それに刺激をもらいながら、僕らは素材のプロとして技術で応えていく。そんな自由な広がりの中に、金網という素材の未来があると思っています。

JAPANSHOPでの金網の茶室 ©志摩大輔
