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居場所づくりと社会参画のきっかけに 本を持ち寄りメッセージを綴る「まちライブラリー」
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居場所づくりと社会参画のきっかけに 本を持ち寄りメッセージを綴る「まちライブラリー」

2022.07.01
一般社団法人まちライブラリー

一般社団法人まちライブラリー / 提唱者 礒井純充 氏



いまや全国に900以上の拠点がある『まちライブラリー』。その大半がボランティア精神溢れるオーナーやスタッフ達によって自主的に運営されている。フランチャイズのような縛りもなく、あるのは「不要な本ではなく、オススメ本を寄贈すること」「寄贈する本にはお気に入りの理由などのメッセージカードを添えること」「本を借りた人もそのカードに感想を書き連ねていくことが望ましい」といった大枠だけ。提唱者 礒井純充(いそいよしみつ)氏と同じマインドを持つ人たちが、思い思いのまちライブラリーを展開していった結果、全国に広がった。そんな〝図書館でもなければ、古書店でもない〟まちライブラリーを提唱した礒井氏に、経緯や今後の展望について尋ねた。

居場所づくりと社会参画のきっかけに 本を持ち寄りメッセージを綴る「まちライブラリー」

まちライブラリーにかける思いは十人十色「みんな違ってみんないい」



全国に拡大中の『まちライブラリー』と呼ばれる私設図書館。提唱者の礒井氏曰く「日本全国に累計940拠点を数えるまちライブラリーだが、多くは関西、とりわけ大阪に集中している」とのこと。企業や行政、図書館とコラボした大型施設もあれば、個人が営む店の一角や住居の軒先に設置されたまちライブラリーもあり、「オーナーの個性によってまちライブラリーは異なる」ため、人によって思い描くまちライブラリー像もさまざまだ。

居場所づくりと社会参画のきっかけに 本を持ち寄りメッセージを綴る「まちライブラリー」

まちライブラリーのオーナーの約6割は個人で、残る4割の半分が小規模団体です。残り2割が企業や行政など。その一部からスポンサードを受けて、私たち一般社団法人まちライブラリーが運営・設置を行っています。まちライブラリーには「こうあるべき」といった規定はありません。すべてオーナーにお任せ。僕も自分の好きなことをやりたい人間だから、人のことも束縛しません。どうぞご自由に、思い思いのまちライブラリーを作ってくださいとお伝えしています。大阪でまちライブラリーを開く方が多いのは、県民性でしょうね。大阪には他者との垣根が低くて、人懐っこい人が多いので、コミュニティ作りに向いているんだと思います。


アイデアマン・礒井氏が成し遂げた数々のエポックメイキング・プロジェクト



そんなまちライブラリーの発端が「まち塾」であり、2011年に礒井氏がスタートさせた。1981年に森ビル株式会社※①に入社して以来、アーク都市塾※②の事務局長、六本木アカデミーヒルズ※③の考案、慶應義塾サテライトキャンパスの誘致など、数々のエポックメイキングなプロジェクトを手掛け、成功へと導きながらも、組織の都合で振り回される働き方に疑問を感じていた頃だ。

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※①森ビル株式会社:代表取締役社長 辻󠄀慎吾、東京都港区を拠点とする都市デベロッパーであり不動産会社。大型再開発施設であるアークヒルズや六本木ヒルズ、商業施設のラフォーレ原宿や表参道ヒルズの運営などで知られる。
※②アーク都市塾:森ビル株式会社が運営する社会人向け教育機関「アカデミーヒルズ」の基幹事業である、「都市」をテーマにしたプロフェッショナルスクールを「アーク都市塾」という。
※③六本木アカデミーヒルズ:森ビル株式会社が運営する文化教育事業(六本木ヒルズ森タワー49階)のことをいう。

今では当たり前のように設立されているサテライトキャンパスですが、当時大学は郊外に建てるのが当たり前。法律の上でも、都心部へのキャンパス新設(拡大)は認可されていない状況でした。そんな中行政からお叱りを受けるなど、風当りの強い状況を転換して慶應義塾や東京大学、早稲田大学などのサテライトキャンパスを実現させました。企業と大学とがタイアップして研究に取り組む官学連携も進むだろうとの目論見もあって、今では当たり前となっているサテライトキャンパスの道筋をいち早く築きました。また2003年に誕生した六本木ヒルズのプロジェクトにも関わっていた私は、最上階に美術館、その下に六本木アカデミーヒルズを創設。いまでも東京映画祭が執り行われる、立派な施設です。ここに、本棚に囲まれた会員制ライブラリー(六本木ライブラリー)も設置。空港ラウンジのようにフリードリンク制を敷いたり、Wi-Fi環境も整えたりして、コワーキングスペースの先駆け的空間でした。働き方改革が論じられるよりも前、人より10年は早く実現させていたのではないでしょうか。


「努力が報われない」「希薄な人間関係」組織で働き続けることに意義を見失う



企業にとっても社会にとっても数多くの功労者であるはずの礒井氏だが、プロジェクトの成功がすべて自身の掌中に収まるわけではない。それどころか、組織に翻弄される礒井氏があった。

企業に属し、大きな施設を管理しているとどうしても来館者数や対予算比などの数字で頭がいっぱいになってくるんです。教育に関する事業なんてお金に換算できるものじゃないと思ってきた僕でさえ、どんどん数字に縛られていく。成功して事業が大きくなればなるほど、顔の見えない人間関係ばかりが構築されていくわけですね。良くない状況だなと気づいた頃には、自分が手掛けているのは文化事業なのかビジネスなのか、アンビバレントな方向に進んでしまい、右往左往し、事業の創生期から18年、がんばって勤めたにも関わらず、煮詰まってきたと組織が判断すればプロジェクトから外される。組織に属している限り自分はコマでしかなく、振り回され続けることを痛感したんです。


礒井氏が生き方を変えるきっかけとなった、ある若者との出会い



退職も考えたもののひとまず休職を選択し、じっくりと今後の働き方をひいては生き方を見なおそうと考えた礒井氏は、久しぶりに参加したとある勉強会で一人の若者に出会う。それが、当時26歳の※④友廣裕一氏だった。

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※④友廣裕一:一般社団法人つむぎや 代表/リソース・コーディネーター。
大学卒業後、日本全国70以上の農山漁村を訪ねる旅「ムラアカリをゆく」へ。各地の暮らしに寄り添いながら、どんな人たちがどんな想いで生きているのかを学ぶ。その後「すみだ青空市ヤッチャバ」という小さなファーマーズマーケットを立ち上げたり、漁師になりたい人たち向けの研修プログラムなどを手がける。

当時しばらく参加していない勉強会だったんですが、全国に80か所ある限界集落と呼ばれる小さな村々をヒッチハイクして回った若者の講演に目が留まりました。それは都会からひょっこりやってきた若者に、村の人々はごはんを食べさせたり宿を提供したり、温かく迎え入れるわけなんです。彼も村の人々に対して何かお返しがしたいと思うようになり、自分にできることを考え、力仕事等を手伝う。感謝すべきは自分の方なのに、村の人々からありがとうと感謝をされて、だんだん「目の前の人の喜ぶ顔を見たい」気持ちが彼の原動力に。そもそも、ヒッチハイクして得た経験をもとにブロガーになりたいだとか出版したいだとか、何か目的があって村々を回っていたわけじゃなかったんですね。強いて言えば、自分探しの旅だった。それが笑顔に出会うための旅に変わっていった。すごい人間力だなぁ、と感服したんです。

その話を聞いた当時、礒井氏は52歳。彼と自分との間にある、大きな差に気づいたと語る。

自分は組織で大役を任され、数々の著名人と交流をしたものの、肩書きを外せば蜘蛛の子を散らして逃げていくような薄っぺらい人間関係しか築けていなかったことに気づかされたんです。一方の友廣氏は、どこにも属さず、何ももたないのに、人々の支持や共感を得て、支えられて充実した人生を送っている。ああ、自分は社会的には成功した方かもしれないけれど、人生では負け組だと思い知りましてね。すぐ彼に弟子入りすることにしたんです。


アイデアのタネだった〝まちライブラリー〟が芽吹くきっかけ



友廣氏に弟子入りすると決めた礒井氏は、彼と行動を共にしながら、六本木アカデミーヒルズや六本木ライブラリーを見つめ直すきっかけにもなった。そんな中〝ひとつのアイデア〟を若者たちの前で語る機会を得る。

友廣氏の誘いで高知県に行ったときのこと。若者たちが集まって夢を語り合う会に参加して、私もひとつのアイデアを伝えたんです。「本に囲まれた空間でみんなが学び合える場所を作りたいんだけど、どう思う?」。ビジネスとして成り立つかどうかを気にする人は誰もいなくて、ただ純粋に良いアイデアと認めて、応援してくれました。また早稲田大学の友成真一(現まち塾 実行委員会 委員長)ゼミにも参加させてもらい、同じような夢を語ると、学生さん達から夢の語り手に対してメッセージカードを手渡すのですが、それを50枚以上もらいました。カードの手渡しだなんて子どもじみていると思っていたのに、実際にもらってみると、とてもうれしくて。応援してくれる人がこれだけいるのなら、やってみようという前向きな気持ちになれました。友廣氏はゼミの出身者だったんです。僕にとって友廣氏も恩師ですが、彼が紹介してくれた友成先生もまた素晴らしい師匠。友成先生は自分経営ゼミを開いていて、だれかを肩書きや会社規模などで判断するのではなく、その人が楽しいかどうか幸せなのかどうか、自己充実を図るために夢があることを教えておられ、先生の著書※⑤『問題はタコつぼではなくタコだった⁉『自分経営』入門』は私にとって思い入れの強い1冊、まちライブラリーの考え方のバックボーンにもなっています。
※⑤『問題はタコつぼではなくタコだった⁉『自分経営』入門』:自分経営という概念を、タコ理論をはじめとする本人曰く「あやしい理論」で展開していく。夢を腑に落ちる形で求める・目的と手段を混同しない、など、社会問題解決だけでなく、就活や人生プランニングでも役立つことが書いてある良書。

『問題はタコつぼではなくタコだった⁉『自分経営』入門』
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ビジネスライクな課題も数値目標も不要。〝人の共感〟が原動力



心強い応援を得て、いよいよ実行することにした礒井氏。東京を離れて地元・大阪の天満橋で父が遺したビルの1室を、まちライブラリーの常設会場に選んだ。

居場所づくりと社会参画のきっかけに 本を持ち寄りメッセージを綴る「まちライブラリー」

いろんな人との出会いや行動がつながってまちライブラリーが生まれたので、いつ、どこでという明確な線引きはできないのですが。常設会場を設けた時点をスタートにするなら、2011年の秋頃になりますね。2012年には月に1回程度ですが本を持ち寄って飲食して語り合うようなイベントも行うようになっていきました。2013年に大阪府立大学(現:大阪公立大学)、2015年のもりのみやキューズモールBASEにまちライブラリーができたのがきっかけで全国に広がっていったとは感じていますが、僕はこれまで一度もまちライブラリーを増やしたいとか、思ったことがありません。だから数字的な目標もなければ、課題もない。実はまちライブラリーが増えたら、手弁当で動いている僕のやることが増えて出費もかさむので、どうしたものかなと思っているぐらいなんですよ(笑)。
最後に、まちライブラリーの現状について、礒井氏に尋ねた。
まちライブラリーがひとつの居場所となっていることは確か。ですが、私は居場所を作りたかったわけではなくて。お金や組織などに頼らなくても、やりたいと手を上げれば、できるんだということに多くの人に気づいてもらいたかったんです。だから、まちライブラリーは出来るだけお金をかけずに始めることにこだわっている。コーヒー代や交通費を払う程度で始められて、自分の小さな居場所を作るのもよし、友達以外の人との交流を楽しむのもよし、お気に入りの本をアーカイブしておくのもよし。逆に商売っ気が強かったり、集客の呼び水にしようと考えていたり、僕たちの志とかけ離れた視点でまちライブラリ―のオーナーになる方は失敗しがちですし、正直向いてません。僕たちはお金儲けは目指していませんが、それでも社会的共通資本※⑥は作れることを世の中に示すことができ、自分自身をサンプルに壮大な社会実験を行っている感じですね。

※⑥社会的共通資本:経済学者、宇沢弘文氏が提起した。自然界にある山や河川などの自然資本、道路、河川の堤防、港湾、空港、上下水道などをインフラ資本、学校、病院、司法などを制度資本とし、わたしたちの生活の基盤となる、公共性を持った制度資本が大切であると唱えた。これら全体を『社会的共通資本』という。

居場所づくりと社会参画のきっかけに 本を持ち寄りメッセージを綴る「まちライブラリー」

来年は大規模なまちライブラリーの開設を控えている礒井氏。「アイデアというか、まだ妄想でしかないんだけどね」と切り出したその内容は『個人の記憶と記録』をテーマにしたもので、新たな繋がりや生きがいを見出すきっかけになることを確信した。

一般社団法人まちライブラリー
本社:〒540-0037大阪市中央区内平野町2-1-2
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