廣栄紙工株式会社 / 代表取締役社長 廣島直樹 氏
積み重ねたブロック状の紙の隙間を噛み合わせ、積み木のように形をつくる不思議なおもちゃ『積み紙(つみし)』や、児童の間でシール帳として大人気を博している、Wリングファイル。
世の中のペーパーレスの風潮の中でも、着実に業績を伸ばす企業が、東大阪にあるのをご存知だろうか。その名は廣栄紙工。
アイデアと技術を凝らして新しい紙の価値を追求する3代目社長、廣島 直樹氏に話を聞いた。

紙の価値はこれからさらに高まっていく
コロナ禍やSDGsなどの高まりで、ビジネスにおけるデジタル化、ペーパーレス化が一気に進みました。この流れは止められません。ただしその風潮が”紙の価値”を下げるとは思っていません。かえって書くことの価値、紙を使うシーンの特別感はさらに増していくと感じています。私たちはその「紙のある特別な瞬間」を演出するため、価値ある製品作りに活路を見いだしたのです。
廣島氏が活路を拓き、成長を遂げたポイントは「面倒くさいこと」にあるという。
当社の強みは、いろいろな加工に対応できる機械や技術を持った従業員やパートナーとのつながりがある点です。以前のようなノートやファイルの大量生産・大量消費の時代ではなくなった今、求められるのはトムソン(型抜き)加工や細かな箔押しなどを施した、持つ人のこだわりを映し、喜びを感じられる高付加価値の製品。ただし、これらの製品は概して少数生産品。しかも製造過程で複数の加工機や人の手でしかできない作業が必要になってきます。多くのメーカーさんでは面倒くさいと感じるんです。
それを見て、「ここにこそ当社の技術が活かせる」、そう感じた私は”ややこしい加工”のオファーばかりをあえて狙っています。
社長の目論見は的中し、2025年の事業収益は直近数十年では過去最高額を記録した。この成功の裏には、昭和26年から続く廣栄紙工の継続した企業努力ともうひとつ、大きな難局が影響を及ぼしていた。
祖父の時代から数えて私は3代目。大手文具メーカーの協力工場として創業し、戦後の好景気に乗ってノートやファイル、アルバムの製造で事業は急成長しました。ただし、この好況の中でも、祖父には一つの信念がありました。それは「何よりも品質を重視する」ということ。
100回の成功で築き上げた信頼も、1回の失敗で崩れ落ちてしまう。並居る協力工場の中で、高品質の製品を生み出し続けることが、自社の成長につながり、メーカーや顧客への信頼につながるのだということを、祖父は口を酸っぱくして教えてくれました。この教えは、今でも私の「芯」になっていますね。
その後、廣島社長の父である2代目社長が就任すると、時代は大きな変革を迎える。
平成になると、デジタル化の波が押し寄せ、ノートやアルバムといった紙製品の需要は縮小。父は、企業のノベルティを中心に新たな顧客を開拓するとともに、多くのパートナー企業とのつながりを形成していきました。私はその頃、外部の文具メーカーに就職し、営業職に従事していたのですが、その最中、父が癌になってしまったんです。私はそのタイミングで事業を継ぐことを決意しました。

病気の影響で声を失ってしまった父に代わり、事業を継ぐことになった廣島社長と先代社長は紙にペンを走らせ、筆談で語りあった。
経営のケの字も知らなかった私に、事業のノウハウやパートナー企業の作り方などを父は教えてくれました。今思えば、あの筆談の時間も紙が作り出した価値ある瞬間ですね。
事業を継いで1年目は、父の代までの事業と会社員時代の私の営業経験を活かして、受注も売り上げも順調に推移しました。ただし、問題は2年目にあったんです。
3代目社長就任は2019年。その年の終わり、コロナ禍が起こった。
デジタル化・ペーパーレス化に加えて、ステイホームやテレワークが浸透したことで会社は大赤字。売り上げは2割以上も減少しました。仕事をしたくとも仕事がない、その時間だけは有り余る状況下で、これからどう生き抜いていくか、次に何をすべきかを必死に考えました。その時導き出されたのが、「人の嫌がる面倒臭い仕事にこそ、価値を見出す」という今の事業の方針なんです。
大量消費と価格勝負のビジネスモデルを脱却し、自分たちにしかできない価値あるものづくりに立ち返る、廣栄紙工は新たな一歩を踏み出した。

コロナ禍を成長の糧とし、新たなビジネススタイルを構築
方針が決まった廣栄紙工の従業員は有り余る時間を使い、自主的にありとあらゆる新たな加工方法やデザインの模索に挑戦した。
社長も、大阪だけでなく日本各地へと足を運び、技術ある加工業者とのつながり作りに勤しんだ。コロナが落ち着きを見せ始めた2年半後には、サプライチェーン(一連の供給の流れ)を構築する工場の数は50社を超えていた。
実のところ、私は社長就任当初から、新しいことに挑戦し続けたいとは感じていましたし、社員に対しても「もっと紙の可能性を追求する仕事をしていくべきだ」とは常々話していたんです。その最中にコロナが起こり、社員もじっくりと技術に向き合う時間が取れたことで、コロナ終息後の仕事は大きく変わりました。小ロット・中ロットの製品製造が増えるなかで、社員も「毎日違う仕事をするのはしんどいけれど、ものづくりは楽しい」と感じてくれるようになってきました。
コロナ後の廣栄紙工は、大手セレクト雑貨店のオリジナル文具や文具メーカーやデザイナーと共同開発した、これまでにないスマートに本やカタログに挟めるT字の付箋など、ユニークな商品を生み出し続けている。冒頭で紹介した『積み紙』もそのひとつだ。
文具メーカーとデザイナーの想いに技術で応えた、このおもちゃは2022年、世界で最も重要かつ権威あるデザイン賞の一つ「iFデザインアワード」(※)を受賞した。
(※)「iFデザインアワード」:世界で最も重要かつ権威あるデザイン賞の一つ。毎年、世界中から数千人のデザイナー、建築家、企業が参加し、そして世界中の独立したデザイン専門家による厳正な評価を受けて表彰される。
次第に当社の対応や技術がメーカーの目に留まるようになってきて、今では「廣栄紙工ならやってくれる」という評判も広がってきているようです。最近では「こんな加工できない?」「この素材は使えない?」というアイデアベースで、私たちがゼロから加工方法を考えて提案するような仕事も増えてきました。それに伴いパートナー企業も増えてきていますし、横の広がりが増えることで、以前より私たちの挑戦の幅も広がっています。社員と初めて挑戦する技術や素材、加工方法を「ああでもない、こうでもない」と議論して、手に取れる製品という形に落とし込んでいく過程は本当にワクワクしますね。

紙の価値は反転する 〜新たな廣栄紙工の挑戦〜
これから私たちが目指すのは、自社ブランドの確立です。
これまで3代にわたって大手メーカーの協力会社として培ってきた高品質のものづくりのノウハウと、小ロット・中ロットの高付加価値の製品作りで身につけた新技術。これを武器に、私たちしかできないオリジナル商品を生み出していきたいですね。
ただし、今の当社は技術とノウハウはあるものの、ゼロから商品を生み出す企画力・アイデア力に課題を感じています。これからは、新しい人材の雇用やブレーンとなるパートナーの創出も進めていきたいですね。まだまだ乗り越えるべき課題の多い事業ですが、きっと私たちなら乗り越えられると確信しています。
最後に廣島社長は、75年にわたり自社の事業を支えてきた「紙」にかける思いをこう語る。
これからも社会的な紙の需要が減少していく流れは続くでしょう。しかし、それはあくまで大量に使われるモノとしての話です。私たちの周りには文具はもとより、包装紙や商品パッケージなどまだまだたくさんの紙製品が溢れています。紙の加工技術がさらに高まっていくことで、これまで金属や樹脂製であったものが、安価で成型しやすく、バリエーションをもたせやすい紙に取って代わるということも十分に考えられるでしょう。こうした紙製品の持つ可能性はまだまだ広がっていくと感じています。何よりさらにデジタル化が加速し、紙に触れる機会が減ることで「敢えて紙を使う」という丁寧なこだわりに価値を置く人々が増えていくのではないでしょうか。
例えば、メールやSNSで連絡が済む時代に便箋に文字を認める。それは、かつて紙が貴重だった時代に回帰するような、人の温かみと想いの詰まった貴重な瞬間となるはずです。その大切なシーンに、価値ある私だけのオリジナルな製品を届けていきたいですね。
大量に生み出すこと、大量に消費する流れの外に、豊かで温かな新価値を見出した廣栄紙工。その挑戦はこれからも続いていく。

