ペペロンチーノ専門店「ぺろん」 株式会社PE RON / オーナー長谷川泰三 氏
大阪駅前第1ビルに本店を構える「ペペロンチーノ専門店 ぺろん」。
食べログの口コミには星4以上の高評価が並び、連日行列ができる人気店だ。しかも、オーナー 長谷川泰三 氏の実績はこれだけではない。
2010年代前半には「漁港直送海鮮七輪焼き わい家」と同系列低価格路線の「漁港直送海鮮七輪焼き ワイヤ」、後半には「天ぷら酒場 天ぷらY」をともにヒットさせた。
逆境にも見舞われながら、何度も立ち上がり成功を収めたその秘訣は何か。長谷川氏にお話を伺った。
漁師時代の気づきと大阪での修行。飲食店開業の原点
父親の影響で、幼い頃から経営者を志していた長谷川氏。その手腕は、起業前の多様な経験で培われた。
二十歳前後の頃、趣味のサーフィンに打ち込むため大阪府から愛知県の渥美半島へ移住。そこで漁師と仲買人の両方を経験し、産地と都市では魚の鮮度と値段が全然違うことを知る。その気づきが、後に飲食業界では最も早くに「産地直送」を実現するきっかけとなった。
トラックで町まで運ぶと魚の値段が倍になるんです。このギャップを何とかできないものか、当時から考えていました。
その後、起業という目標を果たすため大阪へ戻った長谷川氏。ビジネスの基礎を身に付けるため、社長に直談判する形で食品会社に就職した。平日は営業、土日は店舗スタッフとして休みなく働き、わずか2カ月で新規アミューズメント事業の立ち上げを任されるほどに。事業は大成功を収め、全国的に知られるまでになった。
大きな仕事をやり遂げた長谷川氏は独立し、店舗運営会社を起業。携わった店舗で大繁盛しなかったものはなかったという。
性格上、とことん深入りして徹底的にやりたいタイプなんです。だから、携わった事業ひとつひとつでコンサル(ティング)以上の仕事をしましたね。そんな中、「自分の店をやりたい」という次の目標が明確になりました。
飲食未経験から人気店運営へ。全店閉店の憂き目も「次」を目指した強さ
「自分の店をやりたい」という思いが形になったのが、2007年にオープンした「漁港直送海鮮七輪焼き わい家」だ。
飲食店の経験はアルバイトすらなかったが、それでも勝算はあった。
成功するにはおいしいものを食べてもらうのが一番だと思っていました。漁師時代の経験を生かして新鮮な魚介を提供できれば、勝ち目はあるだろうと。
長谷川氏は自らの足で全国の産地へ出向き、新鮮な魚介の確保に奔走した。
その結果、「わい家」は大繁盛を遂げる。勢いに乗って300円均一の「漁港直送海鮮七輪焼き ワイヤ」もオープンし、全盛期にはフランチャイズを含めて30店舗まで展開した。
ところが、ここで思わぬトラブルが起きる。
複数店舗に同時に空き巣が入り、売上が奪われたのだ。内部犯を疑う声が上がり、社内の雰囲気は悪化。古参社員が辞め、店舗運営が難しくなった結果、「わい家」と「ワイヤ」の全店舗を閉鎖する決断を下す。
落ち込んではいません。むしろ、「また新しいことを始めよう」と前向きな気持ちでした。内装屋さんや産地の方など関係者からも「自分(長谷川氏)がやってくれな、俺らに仕事がけえへんやん」と発破を掛けていただきましたし。
そこで2017年に開業したのが、「天ぷら酒場 天ぷらY」だ。
新鮮な魚介を扱う「天ぷらY」も連日満員の人気店となった。
しかし2019年以降、店は新型コロナウイルスの猛威にさらされる。安定して営業できない苦しさと再開を待ってくれるお客様の期待、その間で葛藤した。結局、理不尽な出来事が重なり、「天ぷらY」は閉店を余儀なくされた。
抜け殻のようになりました。何もする気が起きなかった。コロナ禍でも店が繁盛するように、周囲の人に喜んでもらえ世の中に貢献できるようにと一生懸命考えてやってきたことが、簡単に無かったことみたいにされてしまったんですから。
現在全国の居酒屋で当たり前に扱ってる「フルーツサワー」は長谷川氏の考案
資金なし!ワンオペレーションでの開業。「味で勝負」が行列店に
本人が失意の中にあっても、周囲は長谷川氏に「次」を期待する。家族も養っていかなければならない。そこで始めたのが、何年も前から構想していたペペロンチーノ専門店 「ぺろん」」だ。
「天ぷらY」時代、賄い料理で出していたペペロンチーノは大絶賛だった。
資金のない中、「ペペロンチーノなら一人で開業できる。」
長谷川氏はホームセンターでペンキを買って来て、自らの手で店名をのれんに書きこんだ。併せて市販のTシャツにも「ぺ」の字を手書きし、それを店の制服とした。従業員もおらず店を回すのは長谷川氏一人。注文、調理、会計、全てワンオペレーション(一人ですべての業務をこなす事)だ。
当時は電車賃もなかったので、家から店舗まで自転車で通っていました。お客さんに渡す釣り銭を用意できなくて、お食事中のお客様に先にお会計をお願いしたこともありました。
ただ、資金と人手がない中でも、「おいしいものを提供する」という信念は守り通した長谷川氏。
開業時から「味だけで勝負しよう」と覚悟を決めていた。試作を重ね、材料にももちろんこだわった。
実際作ってみると、ものすごく絶妙な塩梅(あんばい)が必要なんですよ。だから、オリーブオイル0.5cc単位、塩分濃度も0.1%ごとに刻んで試作と実食を繰り返しました。具材もひとつひとつの塩分量を調整しています。それだけ繊細なバランスで成り立っているんです。
やがてその正しさが証明される。
開店から1カ月で店は大行列となったのだ。宣伝は何もしていない。店を有名にしたのはお客様の口コミの力だ。
味に感激した多くのお客様がSNSで発信し、拡散した。
「ぺろん」のファンは日々続々と増えていった。
「おいしい」と直接言ってくださる方は多いです。「おいしすぎて笑ったんははじめてや」と笑いながら帰って行く方も(笑)。他にも毎日来てくださる常連さんや、1日2食をうちで食べてくれる熱いファンの方もいます。
大行列が周囲のお店に影響を与えたため1号店は一旦閉鎖、後に本店として大阪駅前第4ビルへと移転することとなる。経営は順調で、1号店開店から1年半足らずで5店舗を次々と展開していった。

飲食を通じて関わる全ての人を幸せに
これまで3業態もの飲食店をヒットさせてきた長谷川氏には、二つのポリシーがある。一つは利他の精神。
産地直送を始めたときから、産地の方にもいい思いをして欲しいという考えを持ち続けています。自分の役割として、一緒に仕事をする人たちのことも大切に考えたい。
もう一つは、飲食店としての誠実さだ。
私がやりたいのはお客様に本当の意味で満足してもらえる飲食店。払ったお金以上に満足したと思ってもらえるような店ですね。業界全体でも、こういう店が増えればいいなと思います。
他者を喜ばせるため飲食店をやる――そんな長谷川氏を周りは支持し、協力を惜しまない全国の取引業者が多い。
店のファンも増え続ける。それこそがヒットメーカーたる秘訣だろう。
「ぺろん」は現在、6軒目の開業準備が進んでいる。
これまでは都市部や繁華街を中心に展開してきたが、次は郊外へとフィールドを拡大する予定だ。
東京進出も早々に企画している。
大阪初の「ぺろん」が全国で身近な存在となる日は近い。
