株式会社 しずくいろ ® / 代表取締役 平松久実 氏
介護施設での過ごし方は、日々の生活に加え、楽しみや交流、その人らしさを大切にする方向へと選択肢が広がっている。介護を必要とするようになっても、笑ったり、きれいになったり、今日明日を楽しみにしたりする気持ちは変わらない。
大阪を拠点とする株式会社しずくいろ ®は、美容とレクリエーションを通して、介護施設で過ごす時間に新たな楽しみを届けている。
事業を率いるのは、周囲まで明るくするような笑顔と、考えたことを次々と形にする行動力を持つ平松久実氏だ。
介護の現場を一度離れた平松氏は、なぜ再び高齢者と向き合い、この事業を始めたのか。
その歩みから、これからの介護施設に必要なものを探る。
一人ひとりに合う楽しみを…美容とレクリエーションが生む施設の新しい価値
介護施設を「入って良かった」と思える場所にしたいんです。みんなで笑い合う時間を持てて、美容も受けられちゃう。家で暮らしていたらできなかったことまで楽しめる場所だったら、すごく素敵じゃないですか。
株式会社しずくいろ ®(以降 ®は省略)は、介護・福祉施設に特化し、美容とレクリエーションを介護福祉施設へ代行サービスを提供している。
レクリエーションとは、体操やゲーム、季節のイベントなど、利用者が楽しみながら体を動かしたり、人と交流したりする活動のことだ。しずくいろでは、エステなど一人ひとりに行う美容サービスも組み合わせ、実に年間約400回も運営代行している。
介護施設でレクリエーションを行う際、課題になるのが、利用者の状態の違いだ。自立度の高い人もいれば、車いすを使う人や寝たきりの人、認知症の人もいる。身体機能や理解度が異なる中、同じ活動を全員に楽しんでもらうのは簡単ではない。状態に応じて内容や実施回数を分ければ、その分職員の負担や費用も増えてしまう。
さらに、日々のレクリエーションには、企画や買い出し、道具づくりなどの準備も必要になる。利用者を楽しませたいという思いがあっても、通常の介護業務を担いながら、新しい内容を考え続けることは容易ではない。
しずくいろは、こうした施設の課題に合わせて、約2時間の運営内容を組み立てる。参加者が一緒に楽しむ体操やゲームのみを行う施設もあれば、個別の美容サービスと組み合わせる施設もある。
自立度が高い方には、集団のレクリエーションをしっかり楽しんでいただきます。一方で、寝たきりなどで参加が難しい方には、お部屋を回ってエステをする。施設によって困りごとは違うので、2時間をどう使うかはオーダーメイドです。どんな方にも、喜びや癒やしを感じられる時間を届けたいと思っています。
しずくいろが引き受けるのは、当日の進行だけではない。企画や準備も含めて担うことで、職員の負担を減らしながら、利用者の状態に応じたレクリエーションの時間をつくっている。
訪問時には、職員から「来た、来た」と拍手で迎えられることもある。レクリエーションや体操を終えた利用者が、涙を流しながら感謝を伝えることもあったという。
私たちの目的は、その場が盛り上がって、笑顔になれば終わりということではありません。施設の外から関わる立場ではありますが、同じチームの一員のような気持ちで関わって、理想の介護施設を、一緒につくっていきたいんです。
美容やレクリエーションが充実することは、利用者の日々の楽しみになるだけでなく、施設を選ぶ家族にとっても判断材料になる。
ある施設では、しずくいろのサービスを週2回導入。入居を検討する見学者に施設での過ごし方を具体的に伝えやすくなった。サービス導入後は約1か月で5人の入居が決定し、半年ほどで、ほぼ満床になった事例もあるという。
家族を施設に入れることで、「本当は自分で介護のめんどうをみないといけなかったのに」と後ろめたさを感じる方もいます。だからこそ、施設に入ったおじいちゃんおばあちゃんが、そこで楽しく過ごせるかどうかは大きい。専門の人が週2回訪問し、レクリエーションや美容を楽しめる。それが分かれば、ご家族にも安心して選んでもらえると思います。
「私、きれい!」認知症の女性が教えてくれた美容の力
平松氏は、祖父母や曾祖母と暮らす家庭で育った。高校卒業後にはリラクゼーション店で働き、人に触れる仕事の楽しさを知る。福祉系の短期大学へ進み、介護福祉士の資格を取得した。
「卒業前の介護実習での出会いが印象的で忘れられない」と語る平松氏。
そこには周囲の人に強い言葉をぶつける認知症の女性がいたという。女性は毎朝、タンスから鉛筆のような道具を取り出し、鏡を見ながら眉を描いていた。しかし、眉はうまく描けていなかった。
そこで平松氏は、普段その女性とよく口論していた別の利用者も誘い、二人に眉の描き方を伝えた。
眉がきれいに描けると、その方が鏡を見て「私、きれい!」と言ったんです。すると、いつも口論していた隣の方にも「あなた、きれいね」と声をかけて、二人で褒め合い始めて。たった10分ほどでこんなに空気が変わるのかと、驚きました。
女性たちは、日々できないことが増えていく。そのことで自信を失っていたのかもしれません。でも、眉を描けたことで少し自信がつき、人を褒める余裕が生まれたのかなって。美容には、見た目を整えること以上の力がある。人の自尊心を高める、大切なものなんだと気づきました。
平松氏は卒業後、特別養護老人ホームに就職。利用者を笑顔にし、自分らしく過ごしてもらえる介護を思い描いていたが、現場では日々の業務をこなすだけで精いっぱいだったという。
敬老の日などの行事では、新人職員たちが演劇を担当する。業務を終えてから衣装や小道具をつくり、セリフを覚えて練習した。
日常のレクリエーションでも、企画や買い出し、制作まで職員が担っていた。同じ内容では飽きられてしまうため、新しい企画を考え続けても、用意したものが一度きりで使われなくなることも多々あった。
利用者さんに喜んでもらいたいという思いはもちろんありました。でも、介護の仕事をしながら、レクリエーションの準備まで担うのは本当に大変で。利用者さんを喜ばせることを専門にしてくれる人がいたら、利用者さんにとってもうれしいし、介護士もどれだけ救われるだろう、と思っていましたね。
美容による利用者の変化を目の当たりにした実習と、利用者を喜ばせたくても手が回らなかった介護現場。
現在のしずくいろが美容とレクリエーションを組み合わせている背景には、この二つの経験がある。

介護を離れて見つけた“自分にしかできない仕事”
特別養護老人ホームを離れた後は、半日型のリハビリデイサービスで3年半ほど働いた平松氏。
運動指導やレクリエーションの時間が好きで、管理者になる話を受けるまでになったが、ここでも業務の多さに追われた。
帰宅が深夜を回ることも珍しくなく、送迎の運転を続けることにも不安を感じるように。平松氏は管理者になる道を断り、介護の仕事から一旦離れた。
その後は、アパレルや工場、事務など、介護とは異なる仕事を経験。しかし、どの仕事をしていても、日々に楽しさを見いだせなかったという。
仕事が終わったら、仕事着のままパチンコ屋に行って、家に帰ってご飯を作って食べて寝る。ずっとそんな生活でした。当時は友達からも「笑顔がなくなった」と言われて。本当に面白くなかったんやと思います。
介護を離れて初めて、平松氏は高齢者と関わる仕事が、自分にとってどのような場所だったのかを思い返すようになった。そこには、今も忘れられない利用者の言葉がある。
私はいつもニコニコして見えるのか、親しい人から「へらへらするな」と言われ、笑わない方がいいのかなと悩んだ時期がありました。でも、そんなときに、「あなたの笑顔に救われる」と言ってくれた利用者さんがいたんです。笑顔でいるだけでも人を救えるんだと、自信をもらいました。
高齢者の方は、私が自分らしくいられることを教えてくれた。だから今度は、高齢者の方にも自分らしさを見つけてほしいと思ったんです。

そして再び高齢者と関わる方法を考えたとき、思い浮かんだのが、高校卒業後から続けてきたリラクゼーションの仕事だった。
人に触れることが好きだった平松氏は、介護美容を学べるスクールに入学。1年間学び、卒業後に活動を始めた。
運動指導も好きだったので、持っている技術を生かそうと【介護×美容×運動】のコンセプトを打ち出しました。すると最初に契約した施設から、運動も美容もフットケアも、全部やってほしいと言われて。
この依頼をきっかけに、施設ごとの困りごとに合わせて、美容や運動、レクリエーションを組み合わせる現在のサービスが形づくられていった。
起業当初は、就労支援の施設で週3日ほどアルバイトをしながら、営業を続けました。お金も人脈も経験もなくて、あったのは根拠のない自信だけ。まずは知り合いに「こんなことをする」と言い続けていたら、応援してくれる方が増えて、介護施設の紹介から契約につながっていったんです。
やがて一人ではすべての訪問を担えなくなると、スタッフを育て、現場を任せる体制へ移行。その際に設けたのが、独自の「介護美容レクリエーション士認定講座」だ。現在は、認定を受けたスタッフが施設を訪問している。
介護施設で高齢者の方に向けて行うレクリエーションは、想像以上に奥が深いです。認知症の方への声かけを間違えると、気持ちをさらに落ち込ませたり、暴言や暴力につながったりすることもあります。転倒などのリスクもあるため、高齢者の身体と心を理解したうえで届けなければいけません。
平松氏が支えたいと考えているのは、高齢者だけではない。かつて自身が業務に追われ、介護職への自信を失いかけたからこそ、現場で働く職員にも目を向けている。
介護士さんも、それぞれ思いがあって働いているはずです。でも、業務に追われると「自分は介護に向いていないのかな」と思ってしまう。負担を減らして、「これが私の好きだった仕事や!」と誇れる瞬間を増やしたいです。

今日よりワクワクする明日へ!役割と居場所がつながる“笑顔あふれる村”
しずくいろは最近、昼間だけではない新しい過ごし方も提案している。その一つが、夜7時から9時に行う「クラブラウンジしずく」だ。
昔、クラブやラウンジに通っていた方にも、もう一度カラオケやシャンパンタワーを楽しんでもらいたいんです。高齢になったからといって、美容や恋愛、ドキドキしたりワクワクしたりする気持ちを諦める必要はないですよね。
私たちしずくいろのミッションは、「今日よりもワクワクする明日を創る」こと。
介護の会社が「明日」を言葉にするのは、珍しいかもしれません。でも、どんな年齢の人にも明日があり、未来があります。介護施設を「入ってよかった」と思える場所にしたいんです。
そのミッションを、より多くの介護施設で形にするための準備も始めている。
現在は、しずくいろのスタッフが施設を訪れてサービスを提供する形が中心だ。今後は、施設の職員が自らレクリエーションを担えるよう、法人向け研修にも力を入れていく。
施設の規模や人員体制に応じて、外部の専門スタッフに任せる方法と、施設内で担い手を育てる方法の両方を選べるようにしていく考えだ。
サービスの届け方を広げる一方で、平松氏は、自ら理想の場所をつくる構想も温めている。
それが“笑顔あふれるしずく村”である。
真ん中には、縁側のある古民家を置きたいんです。私が幼い頃に親しんだような、時間がゆっくり流れる場所です。2階には高齢者が暮らせる場所があって、1階はデイサービスや地域の人が集まれるコミュニティスペースにする。飲食店や託児所もつくって、子どもを見守りながら働ける場所にもしたいですね。
そこで暮らす高齢者にも、それぞれが培ってきた力を発揮してもらう。
認知症があっても、包丁を握ると驚くほど見事な手さばきを見せる方や、編み物を人に教えられる方がいます。料理が得意な方にはご飯をつくってもらって、裁縫が得意な方には作品をつくってもらう。それをお店で販売してもいいし、接客が好きな方にはカフェの店頭に立ってもらってもいいですよね。
一人ひとりの得意なことから、新しい店や役割が生まれていく。平松氏が思い描くのは、そんな場所だ。
自分らしさを発揮できる場所を増やしていったら、気づいた時には「村」のようにつながっていた……そんなイメージなんです。一人ひとりに居場所と役割があって、お互いの得意を持ち寄れたら、笑顔と愛があふれる場所になるでしょう。
そんな「しずくいろ」の社名には、<一滴の雫が人生を彩る>という思いが込められている。
透明な水に色のついた雫を落とすと、波紋とともに色が広がっていきますよね。人生にも一つの彩りを持つことで、幸せの連鎖が広がっていったらいいなと思って、この名前をつけました。
年齢を重ねても、「明日は何をしよう」と楽しみにできる。平松氏がつくりたいのは、そんな介護の時間だ。
