一般社団法人日本介護美容セラピスト協会 代表理事 / 「デイサロン ふれあ姫島」代表 / 株式会社ナリス化粧品 介護美容事業推進部部長 / 酒井宗政 氏
一般社団法人日本介護美容セラピスト協会で、代表理事を務める酒井宗政氏。協会の母体である株式会社ナリス化粧品に入社した当時に経験した訪問販売で、70歳を過ぎても化粧品の販売員として働く「おしゃれで元気な高齢者」を目の当たりにしたことが現在につながる原体験になっていると話す。
高齢者が体力と気力を取り戻して他者と関わる意欲を啓発し、要介護者をつくらないことが理想という酒井氏に聞く。

70歳を過ぎても元気な訪問販売員の姿
入社当時、訪問販売事業部に配属された酒井氏は、営業の現場で販売員を通し、お客様のニーズを拾い上げることができるポジションにいた。もちろん、現場では酒井氏がいちばんの若手だった。
販売員さんの中には70歳代の方もいて、祖母とほぼ同世代の人たちです。でも、皆さんお元気なんですよ。おしゃれに気を遣っているし、私の祖母とは違うなと感じていました。特に販売活動や人に美容を教える立場の人たちは元気なんだなというのは、私の原体験のように感じています。
その後、いろいろな部署を渡り歩いた酒井氏。本社の企画部門で勤務していたときに、当時の美容部長で美容研究家でもあった女性社員が一般社団法人日本介護美容セラピスト協会(以降日本介護美容セラピスト協会)を設立して代表理事に就任した。日本介護美容セラピスト協会の設立に際しては、酒井氏も携わったという。
酒井氏が日本介護美容セラピスト協会へ本格的に携わるようになったのは2022年、2代目の代表理事を引き継いだときからだった。
化粧品メーカーが何故、介護に携わることになったのだろうか。
初代代表理事の経験に基づいているところがあるんですけども、彼女が病気をしまして入院した経験をもっています。自身が美容研究家ですから、自分のお化粧はもちろんのこと、他の患者さんにもお化粧をしてあげたところ、たいへん良好な効果があったそうです。
その経験が発端となり、初代代表理事は高齢者施設、教育機関、大学などへ協力を呼びかけて研究を始めた。
当時は「化粧療法」と呼んでボランティアとして活動していました。ではなぜ、化粧品メーカーが介護に携わることになったかという疑問ですが、そもそも介護を目指して始めたわけではありませんでした。お化粧をして差し上げる際に、相手の肌に触れます。触れることで得られる癒しの効果を再認識いたしました。そうであるならば、ボランティアよりは専門家を育成する取り組みをしていこうということで、2014年に日本介護美容セラピスト協会を設立。この10年後の2024年に大阪市西淀川区姫島の地に、その実践の場、通所介護サービスを提供する『ふれあ姫島』が営業をスタートしたという経緯になります。

「綺麗にしてもらった」が生きる力になる効果
今さらの質問になるかもしれないが、酒井氏にとって「介護美容」とはどのように定義付けされているのだろうか。
お化粧というよりも、スキンケアとかメイクなど人の肌に触れる行為の方が強いと認識しています。スキンシップ、あるいはタッチングですね。そうして人に触れていくことで、コミュニケーションが生まれ心と体の健康を促していく。私たちは「心と体の美容療法 ®」という呼び方をしております。
心が動くと体も動く。これは誰もが経験したことがあるはずだが、化粧をすると気持ちが明るくなり、行動も変化する様(さま)を酒井氏も日々目の当たりにしているという。
ある高齢者のエピソードですが、私どものセラピーとメイクを受けた方が「今からリハビリ室へ行く」と言ったそうです。理由を尋ねたら「(療法士の)お兄さんに見せたい」というのです。せっかく綺麗にお化粧をしてもらったから、誰かに見てほしい、誰かと関わりたいという気持ちが自然に湧き上がってくるのだと思います。
リハビリといえば、一般的に「一生懸命に頑張る」というイメージが先行しがちだ。だが、「デイサロン ふれあ姫島」でビューティタッチセラピーを受けた人は、自然と「頑張ろう」という気持ちが生まれ体にも良い影響を与えているようだ。
せっかく綺麗になったんだから、いつも行ってるスーパーだけじゃもったいないから、お友達とか家族とお出かけをしたいという声を聞くことが多くなりました。行動範囲を広げたいからリハビリにも熱が入るという、いいサイクルができています。

「デイサロン ふれあ姫島」で提供されるプログラムで、他の施設にはない独自の強みや差別化のポイントはどこにあるのだろうか。
やはり美容ですけども、単に綺麗になることだけではなく、触れることを通じて心が通い合うというか、一人ひとりに向き合った対面型のケアを行っています。それが他の介護ケアと違って、美容行為を通じて触れていきますので、ご利用者さんに大変リラックスしていただいたり、周りの方と自然にコミュニケーションが生まれたりしやすい雰囲気になるのが特徴です。
介護美容を行うスタッフを、日本介護美容セラピスト協会では「ビューティタッチセラピスト(以降セラピスト)」と呼ぶ。
そのセラピストの講座も行っており、看護師や介護士などが多く受講している。
それ以前の(日本介護美容セラピスト)協会設立時から多かったのは、やっぱり美容関係の方ですね。エステティシャンとか化粧品の販売をされている方、あるいはネイリストなど美容関係の受講者が一定数おられます。この1~2年目立ってきているのが、実際に現場で働かれている看護師や介護士の方ですね。看護や介護の現場で、利用者さんにして差し上げられることを増やしたいという動機で受けに来られます。経験的に美容で喜ばれることはご存じなので、やり方を正式に習いたいという方が多いです。
定年までにインストラクターとセラピストを増やして事業所も10カ所を展開したい
酒井氏が代表理事に就任して3年になるが、自分の代になって日本介護美容セラピスト協会をさらに成長させるために力を注いだり変革を試みようとしたりという構想はあるのだろうか。
代表理事になる前の2020年2月に異動の辞令を受けて、本格的に介護美容の仕事に取り組んでいるのですが、4月にコロナ禍で緊急事態宣言が出ましたから、何もできない状況でのスタートでした。代替わりして引き継ぐことは認識しておりましたので、この事業をどうやって発展させていくべきかと考えたことが3つあります。
ひとつは、セラピストになる人を増やすこと。また社員だけではなかなか講座の回数を増やせないので、講座を任せられるインストラクターを増やしていこうということで、セラピストになっていただいた人に対してインストラクターになるためのカリキュラムを作って、インストラクター教育をする。実際に今、社員の講師が10名と、インストラクター教育を受けた人が25名の体制になりました。そのため、色々な地域で講座を開けるようになりました。

もうひとつ、化粧品メーカーとして、介護美容でもっと役立てるように、高齢者向けのスキンケア製品『モモテ』を開発して2024年3月に発売しました。
高齢者のお肌にやさしい成分はもちろんですが、手の力が弱い方でも中身を出しやすいポンプ、倒れにくいボトルの形状、また化粧水は「泡」で出てくる事で流れにくくして液体より扱いを容易にするなどの工夫を凝らしています。
3つめが、私どもが養成したセラピストが高齢者施設に出向いて、介護美容の提案をして施術もするという取り組みを、今も継続しています。

一方で、化粧品メーカーであるが故に、介護の分野に関して「本業ではない」という意識がつきまとっていたという酒井氏。堂々と「介護分野も本業である」ことを謳うためにも、介護美容を取り入れた介護保険事業をやった方がいいとの結論に至り、2024年8月に「デイサロン ふれあ姫島」の運営を開始した。
余談ながら「モモテ」の名称は、「桃」と「手」が由来だそうだ。桃の表面はたいへんデリケートで、両手で包み込むように扱わないと傷んでしまう。また長寿のお祝いのひとつ「百寿」の色が桃色であり、桃自体も古くから不老長寿の妙薬とされてきたこともあって、桃と手から「モモテ」と命名されたという。
さて、今後の介護美容については、まずは現在25名いるインストラクターを、3年後に40名まで増やす目標がある。
セラピストに関しては、今年10月時点で累計3241名です。具体的に何年後という具体的な数値目標は作っていないのですが、私が定年を迎える7年後までに1万人にしたいと考えています。事業目標というより、個人目標になってしまいますけど(笑)。数だけ増やすのではなく、質を下げずに達成したいですね。
さらに、これもまた「定年までに」という酒井氏の個人的な想いが強く入るが、現在は姫島の1店舗で運営している「ふれあ」を、定年までに大阪を中心に10店舗展開したいとのこと。それは現実味を帯びた話で、最近では「デイサービスをやりたいのだけれど『ふれあ』を名乗っていいですか」という相談を受けることがあるそうだ。
もし本気で取り組みたいなら、フランチャイズというよりは業務提携に近い形で、且つ『ふれあ』のコンセプトを踏襲していただいて、美容に特化した介護施設を増やしていけるのではないかと思います。私どもでセラピストの教育、化粧品、コンテンツをトータルに提供出来るのは、他社にはない強みでしょうね。
「デイサロン ふれあ姫島」は、2024年にシニアライフ総研の『ビジネスアワード2024<ビジネスモデル賞>』を受賞した。
これはシニアライフ総研の情報ポータルサイトで配信された「特選ニュース」で取り上げた企業・団体活動から「今後最も注目したい」「期待したい」と思われる事案を、「プロダクト」「ビジネスモデル」「シニアライフ」の部門ごとに選出されるもの。美容療法を取り入れたデイサービスが「年を重ねても自分らしくありたい」という気持ちを尊重するサービスが、全国に広がることを期待されての受賞となった。
利用者さんに喜んでいただくことだけが介護美容ではなくて、認知症やフレイルの予防という観点をもっています。ちょっと体が弱くなったり、ちょっとお出かけする機会が減ったりしている方たちも、美容行為を続けることで外出しようという意欲や人との交流が継続されることで、介護のお世話にならなくてもいいようにしていきたい。
介護美容といういと「介護ケアを受けている人のためのサービス」と捉えられがちだが、本来の目的はもっと手前にある「予防」、すなわち「要介護者をつくらない」ところにあるというのが介護美容における酒井氏の理想だ。

