株式会社 豊 総合保険事務所、なぎさベーカリー / 代表取締役 田中 豊己 氏

株式会社豊総合保険事務所は、大阪府和泉市にある保険代理店だ。田中豊己代表取締役が2005年に独立開業、2010年に法人化した。田中社長が独立したのは33歳のとき。それまでは大学を卒業してから、ずっと自動車販売店に勤めていた。保険業に転身した経緯を、こう語る。
私の祖父が大阪の大正区で自動車の修理工場を興しまして、父が跡を継いでいたんです。私は長男なのでいずれは自分が継ぐのだろうなと思っていて、大学時代に自動車整備士の資格を取り、卒業後は父の工場の近くにある自動車販売店に就職しました。私が車を売ったお客さんを、いずれ父の修理工場に持っていければ家業を継いだ時に有利だと考えていたんです。
勤めてからはよく車が売れて、もっと頑張るぞ!!となっていましたが、そのメーカーが世間を大きく騒がせる大きなリコール問題を起こしてしまって……
この会社は信用ならないぞと思っていたところに、ある誘いの声がかかった。
日本興亜損害保険という保険会社から、保険代理店独立を目標とした研修生として転職しないか?と声がかかったんです。全国の色々なトップセールスが3年間でふるいにかけられて、無事にゴールした者だけに保険会社が代理店契約をするという制度で、資格試験、保険契約数のノルマなど、とても高いハードルでしたがチャレンジをする事にしました。全国で同期が66人いたのですが、結局3年間で卒業できたのは6人だけ。その6番目が私です。当時は父がすでに工場を畳んでしまっていたので、卒業出来た33歳の年から保険の代理店業を始めました
日本興亜損保の合併・社名変更を経て、現在の豊総合保険事務所は損害保険ジャパンの代理店となっている。自動車保険、生命保険などの損害保険全般を取り扱い、独立してから業績はずっと右肩上がりだ。顧客のほとんどは、紹介によるものだという。
私の営業手法のひとつとして、鉄は熱いうちに打て!を実践してきました。例えばお客さんの保険の見直しを喜んでいただけたら、その場で『だれかを紹介してもらえませんか』と言うんです。『また今度な』と返されることもありますが、『私はこんな感じですけど、実はけっこう忙しいんです。ご紹介頂けたら、すぐにその方に電話を差し上げますので』と食い下がる。お客様の満足度が高ければ高いほど、その場で誰かを紹介して頂ける、なぜなら満足のお裾分けが出来るから。そんなふうにしてお客さんを増やし、今ではお客さんのほうから「誰か紹介しよか!笑」と言ってくれるようになりましたね
豊総合保険事務所が掲げるキャッチフレーズは「日本一元気な保険屋さん」。これには田中社長の、保険のプロとしての信念が込められている。


事故やトラブルに遭ったお客さんは、どんな保険屋さんに相談をし、悩みを打ち明けたいのでしょうか?例えば、ガンと診断された方に『お子さんはまだ小さいのに、大変ですね』と落ち込んだような事を言う人より、『保険に入ってもらっていますから、この保険金を使ってガンに負けないように一緒に戦いましょう!』と励ましてくれる人のほうが安心すると思うんです。お客さんを元気にするには、我々が元気じゃないといけない。私は「元気は伝染させられる」と考えていましたし、豊総合保険事務所もそういう会社でありたい!と常々思っています。ただ「日本一元気な保険屋さん」あのフレーズは創業時から掲げているのですが、だんだんと『何で日本一元気な保険屋さんやねん?』と言われたときに、なんか根拠がいるぞ?と思い始めました。それで友人の勧めで、トライアスロンを始めたのです


田中社長は長くサッカーとサーフィンを30年続け、サッカーは大学卒業後もチームを運営して監督兼選手として社会人リーグでプレーしてきた本格派だ。45歳でヒザを痛めてピッチから離れたあと、友人の勧めでトライアスロンに挑戦を始める。初エントリーで完走を果たし、最近はトライアスロンよりもさらに総距離が長いアイアンマンレースにも挑んで、これも完走と根っからのアスリートなのである。このトライアスロン仲間を通じて、新しい道が拓いた。

私にトライアスロンを勧めた彼が、イタリアンレストランを10店舗ほど経営していて、コロナ禍の「非常事態宣言」で店を開ける事が出来ず、すごく苦しんだんです。しかし、コロナ禍の2~3年前に谷町六丁目で「谷6ベーカリー、パネーナ(※1)」というパン屋さんも始めて、そこがパンの味はもちろんの事、テイクアウト需要が高まる流れにも乗って大流行したんです。彼の「パン屋さんのお陰で、大切な従業員を一人もリストラさせずに済んだ」との言葉を聞き、パンの力で従業員を守り、美味しいパンの力で町の人も元気にする事が出来る。それなら日本一元気な保険屋さんが、町を元気にするパンを売るのも面白いんじゃないか?と思ったんです。この時はとても安易な考えでしたが・・・(笑)
※1 パネーナ https://www.panena.jp/
行動派の田中社長は、そう思ったらすぐに動き出した。
パン屋さん視察のため、その「パネーナ」にお邪魔する日取りが決まったのですが、ちょっと待てよ!と。自分はパンの作り方も知らないし、知識もない。パンの勉強をしたこともない。こんな状態で訪れても何を聞いていいのかもわからない、迷惑をかけるだけなんじゃないか?と思ったんです。「応援するよ!」という仲間の声を無駄にしたく無かったので、それなら、「まず勉強をしよう、パン教室というノリじゃなくて、本気でパン屋さんを目指すなら、本気で学校へ行って勉強してから応援してもらおう!じゃないと応援してくれる仲間に失礼に当たるから!」その思いでいろいろと調べて、保険業をしながら学生をするわけですから、一年で卒業出来る三宮の「神戸製菓専門学校」に受験をして通うことにしたんです

授業は月曜から金曜の9時から16時まで。通う期間は1年だ。授業が終わると学校で作ったパンを沢山持って慌てて保険事務所に帰る!この期間は保険業をスタッフに任せて、パンの道に邁進した。そして3月無事に卒業し、いよいよ「パネーナ」に足を運んだ。

初めてお店を訪れた際にスタッフさんが『製菓学校にいってはったんですよね。オーナーから聞いていますよ』と、とても親切に、私の質問を聞いてくれたのです。私も最低限の基礎を学校で学んだので、聞ける事がたくさんありました。『このパンは、捏ね上げは何度ですか?』『ミキシングは何分ですか?』と専門的なことを質問するから、作業を邪魔する事なく、さり気なく聞く事が出来て、何日も通わせてもらって教えてもらったデーターを書き残していきました。お店からすると『こいつ、全部パクっていきよる』という感覚だったでしょうね。私はもちろん、パクる気満々でしたけど(笑)でも、ここでの経験は自分がベーカリーを開く時のイメージ作りに大変役に立ちました
そうして2024年11月。保険事務所と同じく、光明池駅前に「なぎさベーカリー」をオープンした。製法にこだわりぬいたパンは瞬く間に評判を呼び、地元の人気店になった。

『なぎさベーカリー』のこだわりのひとつは、焼きたてをその場で売ることです。「朝からの小麦粉をその日のうちにパンにして販売する」スクラッチ製法というのですが、前の日に仕込んでおいた作り置きの冷凍生地を、オーブンで焼いた「焼きたて」ではなくて、その日の朝に小麦の粉から生地を作って焼き上げる。いろんな製法でやりましたが、やっぱりこのスクラッチ製法がいちばん美味しいんです。しかし手間もかかりますし、仕込みの時間も最低でも5時間はかかる。普通のパン屋さんでこの製法が難しいのは、朝の7時や8時に開店しようと思えば、深夜1時や2時から仕込みを始めないといけないからです。だから『なぎさベーカリー』はスクラッチ製法での焼きたてにこだわって、11時オープンにしています

いつも焼きたてのパンが置いてあることが、なぎさベーカリーが人気である理由のひとつだ。販売方法にも工夫を凝らし、あえて11時の開店時にすべての商品を揃えず、13時くらいまでの間は10~15分ごとに次々と焼きたてパンを店頭に並べていく。焼きたての匂いにそそられて、ついつい手が伸びる客も少なくないそうだ。新たに始めたパン屋は田中社長にとってビジネスなのか、あるいは地域貢献の意味合いが強いのか?
地域貢献は儲からなかったら、中途半端でしか出来ません。頑張って利益が出せたなら、しっかりとしたサービスや地域貢献にも目を向けれる。中途半端な地域貢献や自己満足のサービスでは無く、しっかり利益追求をした上でそれを還元する事、街の皆さんにも、スタッフにも喜んでもらえるようなビジネスにしたいと思っています。ビジネスとしてもっともっと進めていけば、新たな雇用を生み出せて、それがまたちゃんとした地域貢献にもつながる。ゆくゆくは地域の元気なおじいちゃん、おばあちゃんにも働いてもらえればとも考えています

この「地域貢献」を象徴するアクションが、2025年6月に取り組んだ「リアルアンパンマン大作戦!」。これは全国的なコメ価格の高騰を受け、地域の家計負担を少しでも減らしたいという想いから、農水省発表のコメ平均価格が2,500円台に下がるまで、看板商品の食パンを半額(一斤半490円→250円・一斤350円→180円)で提供するという破格のキャンペーンだ。

「コメの値段が下がるのが先か、僕らのテンションが下がるのが先か」と笑う田中社長ですが、パン業界への追い風を単なる利益にするのではなく、あえて還元することで「焼きたての味を知ってもらい、光明池を元気にしたい」という純粋な願いが込められています。この大作戦により、8月末までの3か月間で「6255斤」を販売しました。販売数は通常の3倍にまで伸び、地域住民からは「半額ありがとう、これからも頑張ってや!」と温かい声が届いたそうだ。
※こちらのキャンペーンは終了しています。

かつて郊外の都市で自動車は一家に一台ではなく、ひとり1台の時代だった。それが今では人口が減少し、そもそも車を持たない選択をする人が増えてきた。損害保険を扱う豊総合保険事務所の先行きも考えて、もうひとつの柱としてベーカリーを立ち上げたのだ。田中社長は将来的に保険業とパン屋を、こう発展させていくと考えている。
豊総合保険事務所の保険部門とベーカリー部門は別々の会社ではなくて、ひとつの会社の部門分けなんです。共通するのは、「元気」というワード。保険では、事故やトラブルで困ったお客さんの「元気」を我々の元気で取り戻す。パンの焼きたての匂いとか味や、小麦の風味は、何かしら人を「元気」にさせるものだと思います。今後はまた新たに、「元気」というワードを使ったビジネスができたらいいなと考えてはいます。トライアスロンは3種目ですから「元気」をワードにした3職種にもチャレンジしたいですね!
保険屋さんが、片手間でパン屋をやっているの?そう思われれば、どちらも本気なので、「両方とも本業だ」と答えるのだという。月曜日、火曜日がベーカリーが定休日なので保険業に全集中、水~土曜はパン屋の店頭に立ち、すべてを焼き上げたら保険業に戻り、ベーカリーが大忙しならまたエプロンに着替える毎日。また業務を円滑に進める為に、今年の2月よりベーカリーの2階に保険事務所の引っ越しをして2部門の更なる融合化への挑戦を始めました。「この人はそう遠くないうちに、3つ目の本業を立ち上げるのではないか」。とにかくパワフルで何事にも本気で取り組む田中社長と接していて、そんな気にさせられたのである。
