ミノル化学工業株式会社 / 代表取締役社長 押川新一 氏
東大阪市でプラスチック製品の製造販売を行うミノル化学工業株式会社は、1959(昭和34)年に創業。現社長の押川新一氏の父親である先代が、自宅横に工場を建てて事業を始めた。

当時は金属や材木などと違って安くてカラフルで量産ができて、時代的にもこれからプラスチックが伸びるぞみたいなところもあったのではないですかね。父の名前が稔(みのる)ですので、ミノル化学工業の名前で創業しました
押川氏は大学卒業後、日用品化粧雑貨の商社に就職。仕事にやりがいを感じていたが、当時の営業部長に『もうそろそろ、帰ってきたら』みたいなことを言われたことがきっかけになり家業に入った。
毎年正月に社員さんらが家に来て、みんなで集まっておせちを食べたりしていたので、私は社員のみなさんを小さいころから知っていました。高校や大学時代にはこの会社でアルバイトもしていて、ずっと身近にはあったんです。子ども心に『いつかは……』みたいに思っていたんでしょうね。会社員だった私自身も『このままずっとサラリーマンで終わるよりも』と思って、家業に入ることにしました
1987年に入社し、最初に担当したのは営業。当時はバブルの真っただ中で、世間は好景気に湧いていた。ミノル化学工業も主に化粧品メーカーや自動車ディーラーのノベルティ品(※1)制作や、別注品で好調だった。
※1 ノベルティ品とは、企業や団体が特定のサービスや商品を購入した人や、イベントに参加した人などに無料で配布するグッズのこと。
90年代に入ったくらいから、別注品の制作が単価の安い海外に流れて行くようになったんですよ。またキャラクター製品の定番品の製造を受けていた得意先から、金型を返却して欲しいと言われて『どうするんですか』と聞いたら、『中国の工場で成形するから』と。そうやって大口の仕事が、海外に流出し減っていきました
OEMから自社ブランドメーカーへ
社長に就いたのは、1996年。世の中も自社も、落ち込んだ状態にある真っただ中だった。そんな時期に新社長として行ったのは、得意先から注文を受けて製造するOEMばかりでなく、自立的に質の高い会社を目指すために自社ブランド商品の製造販売比率を高めていくことだった。
では何を作ろう?となりやはり「生活に身近なものは?」からプラスチックの
コップを作ろうとなりました。しかし他社と同じようなコップをつくっても
値段競争になるだけなので、何か付加価値の付いたコップにするには?!を
検討していたら、感温変色性色素の樹脂があるとの情報から、14℃以下になると色が変わったり、38℃以上になると色が変わり、視覚的効果として幼児のやけど防止にも役立つ温度で色が変わるコップを作りました。大型雑貨店では、新規口座を開設してもらいキッチン用品売り場ではなく、アイデア商品のところに置いてもらったんです。これがなかなか好評で小売り以外にも、車のディーラーさんや銀行さんなどにノベルティとして使ってもらいました

2000年頃には缶ジュースからペットボトルが出始め今後も増えていくだろうという予測と「リサイクル」をキーワードに何か作れないかを検討しました。そこで誕生したのが、ペットボトルリサイクル製品のフレックスジョウロ、水差し、スプレーです。特長は飲み終えたボトルにジャバラ部品をつけて、先をジョウロ、水差し、スプレーをつければ、360℃上向きでも連続噴射できるスプレーとなり、新聞、テレビでも取材を受け、他社とは違う付加価値を付ければ注目されることを実感致しました

その頃にも、OEMをやりながらも、自社商品の開発にもっと力を入れないといけないと考えていました。OEMは、相手に左右されますからね。自社商品を製造~販売をすることで、売上を安定させていきたい。簡単なことではないんですが、 ミノル化学の3Cとして掲げている目標に向かって「Challenge~Change~Chance」を信じ、止まることなくいろいろなとことに出向き、多くの人々と交流をはかることでチャンスをつかみたいと思っています
自社の代表的な商品になっているのが「ミノルキューブ」。透明の立方体のケースでフィギュアを入れて飾るなどの使われ方をしています。100円ショップなどにも似たような用途のケースが販売されていますが、そのほとんどは底面が黒い台に5面体の透明カバーをかぶせる形になっていて、台座とカバーは固定されずにタテヨコに並べてもすき間ができてしまう。それに対してミノルキューブは、まずはスライド開閉式という特長があり、そのために6面すべてがクリアな透明でタテヨコに重ねたり、並べてもすき間ができず、またサイズ違いでも組み合わせて並べることで棚のようにディスプレイすることが可能なんです

このミノルキューブ、実は押川氏の父の時代に、カタログ販売の会社からの依頼でハンカチやショーツなんかを入れるギフトボックスとして作ったもの。その企画が終了したあと、ミノルキューブの金型は使用されることはなく、社内にひっそりと残っていた。
ミノルキューブをディスプレイケースとして使えると気付いたきっかけは、子どもが幼稚園に通っていた時、保護者の中にミニチュア作家さんがおられ、百貨店で展示販売をするのに、透明のケースを探されていたのです。倉庫にはまだその金型が残っていたので、その方のお役に立てるのであればとの思いで約1日で出来る1,000個位を製造し、その作家さんに「こんなのですけど、どうでしょうか?」と尋ねましたら、「これ、めちゃくちゃ良いですね~。私の作品が活きます!」とお褒めの言葉を頂きました。そこで初めて作品のディスプレイケースとしてミノルキューブの価値に気が付いたんです。でもその時に展示販売に必要なのは200個位であったため、残りは在庫になってしまい、在庫をどうしようかと考える日々が続きました
※2 ドールハウスとは、実物の12分の1サイズを基準としたミニチュアの「小さな家」で、人形やぬいぐるみを飾って遊ぶおもちゃです。ミニチュアの家具や食器などが精巧に作られたものもあります。
それから3ケ月位経った時、日経新聞の土曜日朝刊にある新聞記事が目に留まる。タイトルは「はやり入門講座 おまけ付き菓子 精巧な模型に大人が熱中 実現できなかった夢追う」というものだった。
当時チョコエッグという150円のお菓子のおまけについている、すごくリアルなフィギュアが3,000万個も売り上げ、大人気になっていたんです。そのフィギュアを手掛けているのは株式会社海洋堂(※3)という造型集団だとの記事が新聞に掲載されてて、「これはもしかすると…との思いで」すぐその日に心斎橋でされていた海洋堂ホビーロビーというショップに行きました。飛び込み営業でしたね(笑)。ミノルキューブを2,3個持っていって、店長さんに『東大阪で、プラスチックのこんなケースを作っています』とミノルキューブを見せて紹介しましたら『これは、めちゃくちゃいいですね~。今扱っているのは台座が黒で、カバーもたて長で上にスキマが空くので、こういうケースを探していたんです!売らせてもらえるんですか?』と、予想以上のとてもいい反応をしてくださり、すぐに取引きが始まり、売れ行きも好調でした。
またある日、ホビーロビーに営業に行きましたら、ケースのPOPに“ミノルキューブ”と書いてあったんですよ。店長さんに訊ねましたら『ミノル化学工業さんのキューブやから、ミノルキューブって書かせてもらったんです』と。私も直感でこの名前うちも使わせてもらって良いですか?と言ったのをはっきり覚えています。実は商品のミノルキューブの名付け親は、海洋堂のショップの店長さんなんです
※3 株式会社海洋堂(かいようどう)は、大阪府門真市に本社を置き、鉄道・ミリタリー・フィギュア・食玩等の各種模型を製作する会社。模型業界では、高い造形技術と型破りな経営で有名な企業である。造形物の精巧さや造形センスは世界屈指の水準を誇る。(『ウィキペディア(Wikipedia)』より)

株式会社海洋堂「オオサカジン」社長インタビュー記事
ホビーロビーでのお取引の数か月後、本社の宮脇センムさんと面談する機会を頂き、ミノルキューブを実際に手にとり、「これ、良いね!」言って頂き、いろいろといいお話をさせていただいた帰り際に『館長と会っていきますか?』と仰っていただいたので、『ぜひ!』とお答えして会わせていただきました。館長さんとのお話は興味深いものばかりでしたが、そのなかでも『おまけも、ケースに入れれば作品になる』という言葉が心に響いて、強く印象に残りました。その時に訪問のお礼状を書きましたら、すぐに館長さんからお返事を頂きました。
その手紙には…
『モノづくりの基本は、好奇心と冒険心。技術力がありながら、それを生かせず嘆いてる中小企業が多いと思われますが、ミノル化学工業さんの一生懸命な姿勢やいろいろなアイデアは形になると期待をしています。アイデアは無限、より多くの人々に歓んでいただくために、より優れたモノを作るようにチャレンジしてください。』と書いてくださり、その手紙は今でも私の大切な宝物となっています
そして海洋堂が全国を回る展示会を催した際には、1個1個のフィギュアを綺麗に見せるにはミノルキューブしかなく、しかも壁面展示できる仕様を考案してくださり、大口の受注を受ることとなった。
そんな海洋堂さんとの関係を機に、ミノルキューブをもっとさまざまな用途や場所で使ってもらえないかと常に用途開発し、試行錯誤を繰り返し、「飾りやすく、中身がより良く見えるように付加価値を高める方法は?!」を日夜真剣に考えているが、結果的にはお問い合わせ頂いたお客様の課題解決がヒントとなり新しいアイデアに繋がっているように思います。
2006年には東大阪市の東大阪ブランドに認定され、その関係で東大阪市のモノづくりイベントに出展したり、小学校、高校、大学と連携したり、モノづくり体験授業を実施しながら、子どもたちの反応に刺激を受けている。中でも2021年にはミノルキューブで昆虫標本を飾るという新しい標本の見せ方、魅せ方として「大阪府経営確認計画」に承認され、2023年には大阪府のブランドである「大阪製ブランド」として認定されました。


そんな押川氏にミノルキューブも含め、プラスチック加工で他社にない独自性や強みについて訊ねた。
隙間のオンリーワンをテーマに商品開発をしていて、他社にはない付加価値をつけて提案を行うところが、弊社の強みかなと思っています。それに外部の工場にもいろいろと協力を仰げる体制があって、モノを作る際にどういう方法で作るのがその製品に向いてるかを判断できる。つまりはお客様のご要望に応じたさまざまな加工方法が選べて、そこに付加価値をつけて提案ができることですね。またHPからのモノづくりのお問い合わせに関しても「できないかなぁ~?と思っても、お断りせずにまずはお客様の要望をお聞ききする様にしております。」数ある中でせっかくお問い合わせ頂いたのですから、そのご縁を大切にしたいと思っております。
SDGsなどが叫ばれる昨今、プラスチックは社会の悪者のような風潮が流れている。そんな社会情勢を鑑みて、プラスチック製品の製造販売業者であるミノル化学工業社は、社の未来をどう描いてるのだろう。

ミノルキューブに限らず、より便利な商品を作って、世の中の役に立つ会社にしてきたいですね。これから先、プラスチックはいつまで使っていけるのか。リサイクルできる素材でないといけないのか、そういう時代が来るかもしれません。そうなったとしても、時代に応じて変化していく。そういう、柔軟な会社でありたいと思っています
モノづくりのまち・東大阪で、半世紀以上の歴史を積み重ねてきたミノル化学工業社には、“東大阪プライド”が根付いている。
東大阪は事業者同士の横のつながりがあります。だからものを作るにしても、なにかを発信するにしても、すごく良い環境があります。そんな東大阪で私たちはこういう仕事をさせてもらってきたというプライドがありますし、今後も自信を持ってやっていきたいと思っています
と語る押川氏の視線はすでに新たなモノにづくりに向けられている。
最後に2025年には地元大阪で1970年より55年ぶりに大阪万博が開催されます。私にとって生涯で2度目の大阪万博です。世界の人々に商品を知って頂く絶好のチャンスだと思いますので、何らかのカタチで大阪万博に拘わり、世界の人々とも交流を深めたいと思っています!
