みどり製菓株式会社 / 代表取締役 翠(みどり) 紀雄 氏
創業は昭和34(1959)年。以来、高級半生菓子を主軸にお菓子作りを続け、みどり製菓株式会社は65年もの長きにわたって消費者に愛され続けている。現在の代表取締役である翠 紀雄 氏は、創業者である父の後を継いだ二代目。創業の経緯を、現社長が語る。

岐阜県出身の父親が大阪に出てきて、同じ半生菓子の親方のもとに就職をさせてもらいました。そこで丁稚、番頭を経て独立したんです。今の社屋が立っている一番奥まった部分に有った小さな平屋が、当時の自宅兼仕事場。私は生まれたのも、育ったのもそこでした。食卓や冷蔵庫、洗濯機がある場所が職場でもあったんです。昼間はそこで仕事をし、夜はそれを片付けて食事をして、布団を敷いて寝るという生活でした

先代は堅調に商売を続け、目立った経営危機などはなかったという。翠氏自身は大学に進み、卒業後も家業を継ぐ考えはなく、以前から関心があったアパレル関係の仕事に就いた。そして、就職してから7年。仕事は順調でニューヨーク転勤の話も持ち上がっていたそのころ、心変わりする。
前の会社でひと通り、商売のやり方を教わりました。仕事の流れや世の中のことがある程度わかってきたので、自分で商売をして、一生のうちに勝負をしてみたいと思ったんです。ただ、一から起業してまではできないと思ってもいました。それに、せっかく親父が興した仕事を失くすわけにはいかない思いがありました。またそのころに親父は、体を悪くしていたんです。だいぶと、痩せてしまっていて……。自分が跡を継がなかったら、家業がなくなるのではと不安がよぎりました。当時はそんな気持ちが交錯し、結果家業を継ぐことを決断しました

実家に戻って自らの手でお菓子作りに精を出し、でき上がった商品を車で届けることを繰り返す毎日。当時のみどり製菓にとっては、それが当たり前の仕事だった。だが会社員として外の世界を見てきた翠氏の頭の中には、いつしか疑問が浮かぶようになっていた。
井の中の蛙で終わってしまうんじゃないかと、思うようになったんですね。自分が作っているお菓子を通して、しっかりと、世の中を見ないといけないのではと、自身の中で葛藤がありました。自分はこのまま職人でいくのか、商売人になるのか、それとも経営者の道を進むのか。何がよいのかいつも考えていました
三つの選択肢から選んだのは、経営者になること。
家業を企業にするには、やはり経営者にならないと、と思いました。そのためには、自分の手で作れる範囲の仕事では限界がある。それを家族だけでやっていたのでは、商売の規模もしれている。当時自分が外で見てきた会社組織のように、たとえば土曜日を休みにするとか、正月前に明け方まで寝ずに仕事をしなくても済むようにするとか、安定した賃金やボーナスを払えるようにするためには、やはり組織といった体制を作っていかないといけない。そのためにはもう少し量産できるしくみと構造を整えて、売上・利益を上げる。まずは商売の規模を大きくしないといけないなと思って始めました

まず守らないといけないのは、真似のできない伝統技術。私たちは、高級半生菓子を作っています。これまでに受け継がれた、技術とセンスは守っていくべきものです。その一方で量産体制を持たなければいけないので、機械を導入しようと。だけど誰でも作れる簡単なものを機械で作っているだけでは、せっかくの今まで培った技術、伝統がなくなってしまう。またそれを流れでやってしまうと、もっとオートメーション化している大手メーカーに太刀打ちできません。価格面でも、絶対に負けてしまいます。だから機械を使いながら、そこに今まで培ってきた半生菓子の飾り付けという独自の手仕事も加えて、高級化を図りました
企業化へと舵を切ったところで大失敗
挫けなかったことが発展への契機に
そうして自分の代で、企業化へと舵を切った。当然すべてが順調だったわけではなく、手痛い失敗も経験した。
父親の親方だった人から、観光土産を卸しておられるお得意先が、葛餅(くずもち)※1を作ってくれるところを探していると父親に連絡があったんです。その話が父親から私にあって、私は『できる。やらせてくれ』と言って、これを請け負うことにしました
※1 葛餅(くずもち) とは葛粉を原料として作られる関西地方と、小麦粉を発酵させて作られる関東地方で、原料や作り方、見た目、味わいに違いがあります。関西の葛餅は、葛粉に砂糖と水を加え、加熱して透明な餅にきな粉と黒蜜をかけて食べます。葛粉の原料である葛は、北海道から九州まで日本全国に広く分布しており、吉野葛や吉野本葛などが有名です。
当時は同じような商品の製造はしていなかったが、研究は重ねその手応えから、やれる自信があった。ふたつ返事で、依頼を引き受けることに、しかし……。
今回の仕事は今までと違って、すごくたくさんの商品が必要なわけなんです。だからちまちまと少量を作ったものを納めただけでは、スタートが切れません。当時本業では、手作りでゼリーや羊羹なんかを朝から晩まで忙しく作っていました。その合間の少しの時間や、仕事が始まる前や終わってからの時間で、葛餅を作って貯めていき、1ヶ月くらいかかってようやくスタートできるほどの量になったんです
一定量のストックができて、事業を開始させた。だがすぐに、思ってもいなかった事態に直面する。
そうして出来た商品のうち、最初に作った葛餅がダメになってしまってました。当時の私の想定では、もっと日持ちがするはずでした。ところが1ヶ月かけて貯めているうちに、それが劣化してしまい「こんなものは売れない」と、先方から電話が入って……。時間をかけて一生懸命に作ったものが売り物にならないということで、非常にがっかりしました
そのことを先代に報告したところ、「それは、しゃあないな」と責められることはなかった。翠社長は父親の器の大きささを感じると同時に、二度と同じ失敗はできないと感じた瞬間だった。
ただ今思うと一度、大きな失敗を経験したことが、自分にはよかったと思うんです。そんな父親からの言葉に甘えず、今度は必ず期間内で作り上げる、という強い気持ちで、挫けずに再チャレンジをしたからこそ、今があると思うんです

製造工程など順次ブラッシュアップを施し、みどり製菓の葛餅は品質を高めていくこととなる。そしてやがては売り上げの柱になり、従業員の雇用や設備の強化、社屋の増加につながっていった。
次代を担う三代目は商品開発に
携わり、社の未来を見据える
この取材時にも近隣の住人と思われる人が本社に訪れ、葛餅を購入していった。地元にも根付き、売り上げを支える大事な商品ではあることは間違いない。だがみどり製菓がアイデンティティとするのは、やはり独創的かつ彩りにもこだわった半生菓子。現在の商品開発は翠紀雄社長の子息で、専務取締役でもある大輔氏が行っている。大輔氏が、商品開発について話す。

みどり製菓の看板商品といえば、実は葛餅は2番目。1番は半生菓子といわれるゼリー菓子なんです。今は『こはく糖 星のたより』という商品が人気で、ご購入いただけるのに2ヶ月待ちになることもあるほどなんです。これは祖父のころから作っていたものですが、それを現代風にアレンジしました。みどり製菓といえばやはり半生菓子で、『星のたより』はその仲間。また半生菓子の一辺倒ではなく、わらび餅とカステラを掛け合わせた、焼き菓子である『みすたぁわらかす』も好評をいただいています。これは半生菓子とは違う、弊社のまた新しい事業です


大輔氏はやがて、紀雄氏の後を継いで三代目になる人物。現在担当する商品開発について、変えるべきものと変えてはいけないものについては、こう考える。
やっぱり僕らのいちばんの強みは、これまで65年間やってきたということなんですね。培ってきた伝統や技術、そういったものに則って、お客さんに喜んでもらえる商品作りを心がける。そうすることによって、他と差別化が図れる、つまり、みどり製菓にしか作れないものができると思います。
人気商品の琥珀糖ですが作るのがとても難しく手間がかかり、高品質な琥珀糖を量産できるメーカーは数少ないです。美味しくて見た目も綺麗で、品質も良い。それは伝統に則っているからこそなんです。伝統を疎かにせず、時代に即した商品開発も行わないといけない。そう思っています

大輔氏に代替わりするころには、創業100年が見えてくる。そこに向けての展望を、未来の三代目に訊いた。
人材のことも含めて、会社の事業を途切れさせないのが第一ですね。また現代の人にも半生菓子を食べてもらえるように、認知をしていかないといけないと考えます。祖父のころからお盆のお供えものに使われるのが主でしたが、需要は少し縮んでいます。親の世代以上のお菓子として、あまり最近の若い人たちはみどり製菓のお菓子のことを知らないんですよね。でも実際に知ってもらえると新鮮で『かわいい』とか、『こんなカラフルなお菓子あるんや』と喜んでいただける。そういった世代に少しずつ馴染みを持ってもらえるもの作りをしながら、伝統と味は大切にして、次の時代に繋げるような商品を作っていきたいと思っています
受け継がれた家業はやがて
万博に参加するまでに
みどり製菓は2025年開催される大阪・関西万博にも関わることが決まっている。それについて紀雄氏に訊ねると「それは専務から」と、大輔氏にバトンが渡された。
2025年4月の開幕から10月の閉幕まで、みどり製菓の物販ブースを設けて出店することが決まっています。大阪の企業として65年やってきて、大阪のみんなといっしょに万博を盛り上げ、なおかつみどり製菓の商品を知っていただく機会をいただきました。事業拡大の大きなチャンスでもありますし、チャレンジしたいと思っています

これ以外にも2025年7月20日の海の日の前週に、大阪ヘルスケアパビリオンの一角で1週間にわたって、みどり製菓の展示ブースができるそうだ。この件については、紀雄氏が解説してくれた。
これは大阪府中小企業団体中央会(※2)という団体が、大阪ヘルスケアパビリオンで出展します。その中の一事業者として出ます。ここでは伝統を守りつつ、未来に繋いでいけるようなお菓子をみなさんに展示して見てもらいます。みどり製菓がこんなお菓子を今まで作ってきて、未来にこんなふうに食べてもらえたらなということを、カラフルに展示でさせてもらおうかなと。みどり製菓はこの2点で、大阪・関西万博に関わってまいります
※2 大阪府中小企業団体中央会とは大阪・関西を中心とする中小企業組合や中小企業による社会課題の解決や未来社会への取り組みを支援するプロジェクトです。製造、建設、流通やサービスなど幅広い業界にある中小企業組合では、長い伝統で培った技術や知恵を持つ中小企業が共創し、新規事業の創出や社会課題解決に向けた取り組みを行っています。
大阪・関西万博のキャラクターである、「ミャクミャク」を用いたゼリー菓子も商品として登場させ、早くも売り切れ続出の人気商品になっているという。

創業時は高度成長期の真っただ中で、先代は昭和45(1970)年の大阪万博には目もくれず、ただガムシャラに働いていた。あれから半世紀余りのときが流れ、今や万博に携わるまでになった。
先代が築いた礎の上に、息子と孫が真っ直ぐに伝統を積み重ねてきた。来たる大阪・関西万博を通過点に、みどり製菓は実直に伝統を守りながら、また新たな歴史を紡いでいくことだろう。
