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合板ひと筋、半世紀あまり。たとえ片思いでも、 愛を注ぐ従業員とともに前に進む
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合板ひと筋、半世紀あまり。たとえ片思いでも、 愛を注ぐ従業員とともに前に進む

2026.01.15
株式会社センエイ





株式会社センエイ / 代表取締役社長 間﨑 泰光 氏



合板とは丸太を薄く剥いたものを複数枚、接着剤で張り合わせた木質材料のこと。コンクリートを打設する際に型枠として使用されたり、あるいは壁や床の下地・住宅の内装建材や家具の材料に使われるなど、我々が生活するなかでごく身近に存在するものである。大阪府岸和田市の株式会社センエイは国内外から合板を調達し、自社が持つ国内最大級の工場で合板を加工して提供することを主業とする会社。社の成り立ちを、代表取締役社長 間﨑泰光氏に紹介してもらった。

合板ひと筋、半世紀あまり。たとえ片思いでも、 愛を注ぐ従業員とともに前に進む

創業者は、私の父です。1973年2月に株式会社センエイの母体となっていた会社を、父が脱サラして立ち上げ、1986年にグループの製造部門が現在の社名で法人格となりました。我が家は曽祖父の時代から木材一家でして、高知県の現在は四万十市になりましたが、当時は中村市というところで木材を扱っていました。祖父の代で大阪に出てきて、縁があって父も木材業界で働くうちに才覚を表して独立したのが私が小学生の時でした

間﨑社長は大学でインドネシア語科を専攻し、卒業後すぐに父が興した会社に入社した。当時の社は海外から合板の調達に力を入れていたため、その年にインドネシアのジャカルタに支店を開設。そこに、支店長として赴任した。

当時の私の主な仕事は、インドネシアから合板を輸入してくること。そのころは合板に対するニーズが、すごい高まりを見せていました。そのなかで我が社にとって、資源と労働力に恵まれたインドネシアは非常に重要なポジションだったんです。そんな背景があって仕事は順調というよりも、右肩上がりそのもの。急成長を遂げていたという感じではありましたね


しかし、好事魔多しというべきか。支店長就任から10年目に、アジアを大きく揺るがした出来事に、センエイ社は巻き込まれる。1997年に起こった、アジア通貨危機(※1)である。

※1 アジア通貨危機とは、1997年7月にタイ・バーツが急落したことをきっかけに、韓国やインドネシアなどアジア諸国に通貨安が連鎖し、深刻な金融危機や景気後退を引き起こした出来事です。

合板ひと筋、半世紀あまり。たとえ片思いでも、 愛を注ぐ従業員とともに前に進む

それまではインドネシアでいろんな産業が勃興したり、あの国なりの勢いで成長していました。インドネシアにとって、合板の輸出は基幹産業のひとつであったんです。それがアジア通貨危機によって、国家の経済そのものが揺さぶられるばかりか、国際機関に支援をあおぐことになり、今までどおりには行かなくなる。私はそのことを、瞬間的に理解しました。とはいっても、支店長レベルでどうにかなる次元のものではなかったので、最終的には2005年に、完全撤退しました。撤退といっても現地に構えていた事務所がなくなるだけではなく、業態そのものが大きな転換を迫られるというか、言い換えると事業破綻ですよね。大きくなりすぎて、そこで弾けたということでありました


アジア通貨危機の余波が残るなか、間﨑社長は2000年に代表取締役に就任。センエイ社のメインは合板を加工することであるのに対し、自身が社長就任以前にが行っていたのは合板の輸入と販売。それはグループのなかでは、まったく異なる仕事だったという。

海外畑にいたものですから、製造部門の社長をするのは自分のなかで既定路線ではなかったですね。それまでは得意な分野で好きなことをやってたというか、会社を俯瞰的に見る社長、あるいはそれに準ずる仕事はやっていませんでしたから。仕入れてきたものの販売から、今度は材料を加工してお客さんにお届けするのが仕事になる。センエイ社は、この加工というワンクッションに存在意義がある。今までの自分の体験からすればそこがユニークであり、面白みを感じましたね



社にとって、今はひとつの挑戦の時期
BtoBから、BtoCにも手を広げていく



国際的有事であったアジア通貨危機を経験したのち、代表取締役就任から四半世紀。経営者としての経験を重ねた今の間﨑社長の目に、自社の強みはどう映っているのか。

長く同じことをやっている、ということではないですかね。材料の調達はもともとインドネシアがメインでしたが、2005年の撤退をきっかけに、今では国内の合板メーカーさんにも大変お世話になっております。合板を調達するチャンネルは歴史の長さのぶん、持っているとは思います。それからひと口に加工といいましても、いろんな形態があるんです。それらが大阪府岸和田の1カ所で、加工から塗装も含めてできる。ワンストップ加工が可能なのは、弊社の強みだと思っています。実際に私どもみたいな業態は、あまり多くはないんですよ


合板ひと筋、半世紀あまり。たとえ片思いでも、 愛を注ぐ従業員とともに前に進む


デジタル化が加速度的に進行するなど、世の中が変化するスピードはひと時代前と比較して圧倒的に早くなっている。そんな今とこれからの時代に、経営者としていかに対応していく考えなのか。

20年前あるいは、10年前に決心したことの答えが出始めていますが、今はそれにしがみついていてはダメというタイミングに来ています。すなわち今に決心したことが、5年後や10年後の果実につながるということなんです。ものすごく大きな決心をすることもあるかもしれませんが、小さなトライアルを積み重ねていくことも大事。そこで小さな失敗を積み重ねながら仮説を検証して、僕らが得意としているもののなかから、なにが当てはまるのか探していく。あるいは市場で求められているものに、自分たちをずらして合わせていく。それらを、同時にやる必要が出てくると思っています

今はセンエイ社にとって、ひとつの挑戦の時期だとトップは認識している。その観点から、合板工場から出てくる派生物を使って、新たな“なにか”を創るプロジェクトを開始した。

塗装合板を作ると一定枚数、試験をしないといけないんです。製品として使えるものをわざわざ刻んで、そこから出てくる材料があるんですよ。それをなにかに使えないかと、ずっと考えています。どんな事業が生まれるかは、その先かもしれません。今はその一部をネット上で販売したりしているのですが、それはさほど大きな規模になり辛いかもしれない。そもそも僕らが加工しているものは、平面なんですよね

考えにあるのは、平面から立体へと展開すること。具体的にそれをどうするか思案していたところ、間﨑社長は趣味の付き合いからひとつのヒントを得た。

たとえば平面を組み合わせて箱状になれば、家具だったりの立体になるわけです。家具ではありませんが、箱状のもののひとつにカホン(※2)という楽器があるんです。たまたま私の趣味の世界で知り合った方がカホン奏者であり、使っておられる楽器はご自身が作った手製だというんです。『それだったら、僕のところに材料がありますよ』ということで、実際に材料を提供したんですね。そうしたら我が社の合板を使ったカホンを作って、ここへ来てくださったんです

※2 カホンとは、ペルー発祥の箱型の木製打楽器で、スペイン語で「箱」を意味します。奏者が座って手で叩いて演奏し、打面の中心を叩くと低音、端を叩くと高音が出るなど、一台でドラムのような多彩な音が出せます。

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その過程を経験して、ワークショップを開催するという具体的な企画に辿り着く。

これにはカホンを作るプロセスと、それを叩くプロセス。楽しみがふたつあるなと感じたんです。それで社内で一度、ワークショップみたいなものやってみようかということになりました。今はそれを、どんな形にするか計画しているところです


このワークショップが、BtoB一辺倒だった社のビジネスをBtoCへと手を広げる、その始まりになるかもしれない。社内に目を向けると、従業員に自社の材料が建築資材などだけではなく、楽器という新たな製品に化けることへの関心を持ってもらえれば、全体の意識にも変化が及ぶだろうとの期待もある。


社業の要である、木材への深い思い
社の根幹を成す従業員は、自分の家族



センエイ社が経営理念に掲げるのは「わたしたちは 大地と太陽の恵みを感じ それらに育まれた木を愛します(後略)」。この言葉には自分たちが取り扱う材料に対しての、深い思いが込められている。

合板ひと筋、半世紀あまり。たとえ片思いでも、 愛を注ぐ従業員とともに前に進む


『大地と太陽の恵み』がどういうことかというと、僕らは合板を作ることができませんが、工場にはすでに完成された立派な合板が届くわけです。でもほんの1~2年遡ると、きっとこの1枚の合板は、地球上のどこかの大地に生えてた1本の木なんですよね。理念のなかでは大地を母親に、太陽を父親になぞらえています。太陽という父親に照らされ、母なる大地の申し子として生まれてきた木が材料で、それを加工したものが合板。僕らは、天から授かった材料を扱わせていただいている。そうであれば、やはり木を愛さずにいられない。そういうこと、ですね


続いて自身が経営者として、大事にしている言葉などはあるかと問うた。すると間﨑社長は答えに窮しながらも、その口からは自身の経営哲学がこぼれ出た。

うーん。ひとつのキレイな言葉で言い表すものは、パッと出てこないのですが……(苦笑)。自分の力で変えられることと、変えられないことをしっかり見極めて、変えられることにフォーカスする。すなわち、事実を受け入れるということですね。そのうえで、自分がやるべきことをやる。たとえば、お天気を変えることはできません。目の前にいる、だれかひとりを変えることすら、そう簡単にできるものではない。なので、なにかを変える必要があるなら、まずは自分が変われということですかね


父親が創業した会社は50年あまりの歴史を重ね、今では70名の従業員を抱える規模になった。間﨑社長はこのインタビューのなかで、幾度も従業員のことを仲間と表現した。ともに同じ会社で働く彼ら、彼女たちには特別な思いがある。

ファミリーカンパニーという言葉があるとすれば、それは一族郎党で成り立っている会社という意味ではなくて、社員同士が家族のように仲の良い会社だと私は捉えています。弊社は社員さんのなかに、実際に親子だったり兄弟だったりする人たちがいます。前の工場長さんは自分が退任する直前に、実の息子さんを呼んでくれた。そういう、ありがたい歴史もあります。私にとって従業員さんは……、片思いかもしれませんが、家族ですね

合板ひと筋、半世紀あまり。たとえ片思いでも、 愛を注ぐ従業員とともに前に進む

株式会社センエイ
本社:大阪府岸和田市木材町15-4
オフィシャルサイト:https://senei.co.jp/