一般社団法人LPC / 代表理事 濱田健太郎 氏
「地域に幸せと元気を生み出したい」
そんな思いから、福祉とスポーツを掛け合わせた取り組みが広がっている。
大阪市東成区を拠点に活動する一般社団法人LPC(以降一社)は、児童発達支援や放課後等デイサービスなど4事業所を展開。
運動療育ではマンツーマン指導を導入し、子どもたちが自信を取り戻す姿を見守ってきた。
地域に根ざした福祉とスポーツの融合、その原点と未来への想いを、代表理事 濱田健太郎氏に伺う。

運動療育で子どもの成長を支え、「満ち足りた状態」を広げる
(一社)LPCは、児童発達支援・放課後等デイサービス、学習支援、子ども専用の短期入所施設などを運営している。
いずれも保護者や地域の声を受けて生まれたもので、多角的な支援体制が整っている。
その代表例が子ども専用の短期入所だ。大人向けはあっても、地域には子ども専用が欠けていた。
シングル家庭でお母さんが入院したときなど、子どもを預ける先がなくて本当に困っているという声をたくさん頂いたんです。それで短期入所施設の事業をはじめました。
宿泊を担当するのも普段から関わっている指導員なので、子どもたちも安心できるんですよ
「顔なじみの先生と一緒だから心配せずに過ごせます」と保護者の方から喜んでもらえています。
もう一つの大きな特色が、運動を取り入れた療育だ。事業所のひとつ「うんどう広場」では、指導員が基本的にマンツーマンで対応し、個人のペースを尊重する。
特性のある子は、自分のタイミングで動きたい子が多いです。でも、学校の体育のように「みんなで一斉に」となると、うまく合わせられずに先生から注意を受けてしまう。それでは、運動そのものが嫌いになってしまう子も少なくありません。
そこで私たちは、一人ひとりのペースを尊重して、成功体験を積み重ねられる環境を用意しています。やっぱり体を動かすのは人間にとって本能的に必要で好きなことですから。しっかり動けばご飯もおいしく食べられるし、夜もぐっすり眠れるようになるんですよ。
運動を通して得られる、「負けを受け入れる経験」も重視。
子どもが勝つ喜びを感じられるように指導員があえて負けたり、次の挑戦へ前向きに向かう姿勢を示したりすることで、遊びの中で「順番を守る」「同じ空間を共有する」といった社会性を育んでいる。
学習支援や少人数での活動でも、段階的に個別から集団へ移行し、合わない相手とも同じ場を共有する練習を取り入れるなど、充実した学校生活を送るのに必要な適応力を養う。
福祉は人を満ち足りた状態に導くものなんです。でも、それだけでは地域コミュニティは生まれないと思っています。
スポーツやお祭りといった、運動・文化・芸術には、人と人の距離を一気に縮める力がある。一緒に参加すると、いきなり仲良くなれることってありますよね。その後も顔を合わせたら会釈ができるような関係になれる。そこからが本当の地域コミュニティのスタートだと思っています。

「同じ景色を変えたい」 サッカーと建築現場で培った力が福祉へつながる
(一社)LPCを率いる濱田健太郎氏の歩みは、福祉の専門教育から始まったわけではない。
幼少期からサッカーに熱中し、大学に進学したものの、父の建築業を手伝うためにわずか1か月で退学。現場で汗を流しながらも、将来の道を模索していた。
親父の会社でやっていくんやろなと思いながらも、同じ景色が続くことに不安を感じていました。新しい挑戦をせなあかんと思ったんです。
転機は友人とのフットサルだった。施設運営に携わる中で子どもにサッカーを教える機会を得て、指導の楽しさや教育の大切さを実感する。さらに地域の経営者から「福祉の仕事が向いている」とすすめられたことが決定打に。
最初は福祉と聞いてもピンときませんでした。でも調べていくと、子どもや親御さんが抱えている困りごとがたくさんあることが分かったんです。「これは自分にしかできない役割かもしれない」と感じました。
そして2016年、(一社)LPCを設立。最初の事業所「うんどう広場」では運動療育を取り入れ、子どもと保護者の声に耳を傾けながら事業を広げてきた。
景色を変えたいと思って選んだ道でした。結果的にスポーツと福祉の融合という形になったのは、多くの出会いに背中を押してもらえたからです。
建築現場で培った現場力、サッカーで磨いたチームワーク、そして人と人をつなぐスポーツの力を実感してきた経験。これらを掛け合わせながら、「地域の幸せと元気をつくる」という理念を福祉の実践へと結びつけた。
現在は枚方市でフットサル場も運営し、スポーツと福祉の両輪で地域に新しい価値を届けている。

迷わない組織をつくる、「経営指針書」
福祉とは、幸福という意味。でも、この仕事をしていても「幸福とは何か」を説明できない人は意外と多いのです。だからこそ、言葉を揃えることで、迷ったときに立ち返れるものが必要でした。
設立から10年を迎え、LPCは初めて経営指針書をつくった。スタッフは20名に増え、感覚だけでの運営には限界を感じていたことが背景にある。
議論を重ね、指針書では「幸せ=人に愛されること、人に褒められること、人の役に立つこと、人に必要とされること」と定義した。
自分の頭の中だけにある理想では仲間と同じ方向を向けない。法人は私個人のものではありません。代表の好みや感情ではなく、組織の使命を軸に進む必要がある。
指針書の冊子には、ビジョンや10年後の姿だけでなく、給与体系やキャリアパスも明記。スタッフ自身が「将来の夢」や「仕事以外の目標」を書き込める欄も設けた。
強制ではなく自由に書けるようにしたので、無口なスタッフの意外な姿も知れました。「英会話を学びたい」「自分の事業所を持ちたい」「夫婦で過ごす時間を大切にしたい」といった言葉から、それぞれの人となりが垣間見えますよね。
普段プライベートのことを話す機会は少ないですが、指針書を通して仲間のことを知れると、一緒にやっている実感が強まります。
LPCではこうした共通言語を持つことで信頼関係が生まれ、働き続けやすい環境が育まれている。

廃校で生まれた空白を地域の力に変える「廃校活用プロジェクト」
経営指針書には、濱田氏が今、特に力を注いでいることも記されていた。
「廃校活用プロジェクト」です。少子化で大阪市内でも学校の統廃合が進んでいる状況です。
大阪府教育委員会が、定員割れが続く府立高校2校を廃校とすることを決めており、また2027年度までの5年間で9校程度が生徒募集を停止とする方針です。
学校がなくなるのは地域にとって大きな痛手ですが、逆に再生のチャンスにもなります。
濱田氏が思い描くのは、子どもから高齢者までが集える複合施設。人工芝のグラウンドではサッカーやラグビーを楽しみ、祭りも開ける。体育館はスポーツや演奏会の場に変わり、教室は喫茶スペースに。
ベンチでシニアが談笑しながら子どものスポーツの練習を応援している……そんな場面が目に浮かぶんです。
今はデジタルでのつながりが増えましたが、顔を合わせる機会は減った。校舎やグラウンドを生かせば、安心して子どもが遊び、大人が交流できる居場所になります。
構想には福祉の視点も活かされていた。給食室はセントラルキッチンとして障がい者の就労訓練に活用し、地域の食を支える。接骨院やフィットネスを併設すれば高齢者の健康維持に、校庭の農園では収穫祭を開いて地域経済にもつなげる。
資金計画も動き出しました。3年以内に必要な額を算出し、信用金庫とも相談を始めています。段階的に整備を進めて、地域の理解を得ながら形にしていきたい。
そう語る濱田氏の根底にあるのは「地域になくては困る存在になりたい」という思いだ。廃校を再生することで、子どもには安全な遊び場を、親世代には交流の場を、高齢者には健康と居場所を提供できる。
福祉は一つの事業所だけでは成り立ちません。地域や学校、行政が連携してこそ本当の福祉になる。廃校活用はその象徴だと思います。
新しい挑戦がエネルギーを生み、次のアイデアを呼ぶ。理念を“見える化”してきたLPCにとって、廃校活用は次の10年を切りひらく挑戦。
福祉とスポーツ、そして文化芸術が活きる「満ち足りた社会」への一歩となる。

