有限会社 ダンデライオン / 代表 辻 圭輔 氏
辻 圭輔 氏について形容するとき、浮かぶのは「稀有な」という言葉だ。まず、離職の多い福祉業界で25年というキャリアの長さ。現在は児童から高齢者まで、幅広い世代の相談援助を担う有限会社ダンデライオンの代表を務めているが、前職はまったく畑違いのアパレル販売員。さらに、国家資格5つを含む約50の資格を持ち、著書も複数。仕事を離れると能楽で謡(うたい)や仕舞(しまい)を演じ、茶を点てる。
なぜ、これほど多彩なキャリアと顔を持つのか。福祉の人であり、学び続ける人であり、表現者でもある、そんな辻氏の歩みを紐解いた。

アパレル時代の「ある出会い」が転身のきっかけ
最初アパレルの世界に入ったのは、とにかく服が好きだったからだという。学校卒業後に香川県から上京し、当時人気を集めたDCブランド会社に入って販売員からスタートした。次第に、スタッフを教育するトレーナーや、店舗を統括するような立場にもなって多忙を極めた。
そんなある日、福祉に目を向けるきっかけとなった出会いが訪れる。
仕事で終電を逃して、夜中に職場からトボトボ歩いて帰っている途中、こうこうと明かりが灯る場所があったんです。そこには「ボランティアさん募集」と書いてありました。新聞記事を点字に置き換えるボランティアだったんですね。僕にもできるかなぁって見ていたら、中から職員の方が出てこられて、ぜひ手伝ってください、と。
アパレルの仕事で疲れているはずなのに、なぜ点字ボランティアに興味を持ったのか。
販売員をやっていると、お客様からいろんなお話を聞くんですよね。いじめや虐待を受けているとか、そういった悲しいお話も……。ある時、お客様のお一人が命を絶ってしまったことがありました。その後「自分にも彼に何かできることがあったんじゃないか、、」と、ずっと心に引っかかっていたんです。
その点字ボランティアを長く続けるうちに、依頼される内容がふくらんでいった。初めは、主に視覚障がいのある人の外出支援や、部屋の整理などの生活支援。そこから身体や精神に障がいのある人、高齢者……などと支援の対象が広がった。
ちょうどその頃、辻氏はアパレル会社のほうで東京から関西へと転勤することに。大阪でもボランティアを続け、そのうちボランティアのほうが楽しくてやりがいのあるものになっていったという。
周りからもヘルパー2級の資格を勧められて、取りました。30歳になる手前ぐらいの時だったと思います。
そして辻氏は、アパレルから福祉のほうへシフトすることを決めた。
福祉一本へ、目指す方向と熱量が同じ仲間とともに
ただ、アパレル会社を辞めても、いきなり福祉一本でやっていけるわけではない。そのため、最初は福祉事業と並行してアパレルの小売店も営んでいた。福祉ボランティアでの仲間と、アパレルでの仲間、それぞれ1人ずつを誘ってのスタートだった。
2006年に有限会社ダンデライオンとして法人化してからも、半分アパレル、半分福祉でやってきたんです。今はもう、アパレルは閉じていますが。福祉のほうは、訪問介護としてのヘルパーの派遣事業を中心に始めました。
どちらの事業も、軌道に乗るまで特に苦労はしなかったという。
アパレルは、すでに人脈があって顧客を抱え、仕入れ先も確保できている状態でした。福祉のほうも、ボランティアを続ける中で皆から「立ち上げてよ」と言われて始めた会社なので、お客さんもスタッフもいる。何も困らなかったんですよね。むしろ、軌道に乗ってからのほうがいっぱい苦労しました。
僕は福祉をやる限りはとことんやりたい、やってやろうと思っていたんですけど、やっぱりスタッフが増えてくると、同じ方向を同じ熱量で見るっていうことがなかなか難しくて。そのあたりの葛藤が一番しんどかったですね。でも、なんで乗り越えられたかっていうと、ここを去る人以上に、僕が目指してるものを一緒に目指したい!って言ってくれる人が集まったからなんです。
辻氏が「目指しているもの」とは何か。
ボランティアでいろんな事業所を見ましたけど、利益だけを追求するとか、自分たちさえ良ければいいというようなところがほとんどでした。自分が利用者や家族の立場として考えたとき、大丈夫、安心できると心から思える事業所が本当になかった。だったら自分でつくろう、と。

「絶対に誰も断らない」信念のもと、対象領域と資格が拡大
ある人から相談を受ける。すると、その人にはお父さんお母さんがいたり、お子さんがいたりするわけですよね。その人だけの問題で終わることってほとんどないんです。いろんな問題が重なり合っている。
そのため、ボランティアの時と同じように、有限会社ダンデライオンの福祉事業は次第に広がりをみせていった。視覚障がい者を主な対象としたヘルパー派遣から始まり、身体障がい、精神障がい、高齢者、児童分野などへ。現在、ダンデライオンは大阪と名古屋、2つの事業所であわせて約50名のスタッフを抱えるまでに成長している。
サービス事業としては障がい者や高齢者の介護や生活支援、さらに介護タクシーを展開。
ソーシャルワーク(※1)事業では障がい児・障がい者・高齢者(居宅介護支援)についての相談を受け付けている。
また2022年には、児童発達支援・放課後等デイサービスを実施するNPO法人ダンデライオンも設立している。
(※1)ソーシャルワーク:生活上の困難や生きづらさを抱える個人や社会に働きかけ、誰もが自分らしく生きられる状態(ウェルビーイング)や質の高い生活(QOL)の実現を目指す、専門的な支援と学問のこと。
こうした対象領域の広がりとともに、辻氏が有する資格も増えた。
2013年には、36歳で日本福祉大学の通信課程に入学。40歳で社会福祉士の資格を取得した。以降も精神保健福祉士、公認心理士、保育士など多数の資格を取得し続けている。その数は約50にのぼる。
資格マニアだから、では断じてない。何かを解決しようとすると、必ず資格にたどり着く。
辻氏が実践するのは、重なり合う複数の問題を、丸ごとダンデライオンで引き受けるワンストップ型の支援だ。
たとえば「お母さんには対応できますが、こちらでは児童支援のことはわかりません」と言ってしまうと、すべてを解決したことにはならない。
相談に来られた方を、一人も、絶対に断りたくない。ここにたどり着いて自分につながるまで、どれだけ大変だったかを思うとですね。
事業分野と資格の広がりはどちらも、相談援助の対象者一人ひとりが抱える問題一つひとつに、真摯に向き合ってきた結果なのだ。そのような姿勢で、アパレルから福祉業界へと転身して25年。ここまで長く続いている理由を辻氏はこう語る。
最初のうちは、困っている人を助けるという当たり前のことをやって「ありがとう」と言われ、お金までいただける、何かすごい仕事だなと思っていたんです。対象者の方に直接援助をして、ニーズを充足させるという分かりやすいやりがいがありました。でも今は、その人自身も気づいていなかったり、無意識のうちに心の中に閉ざしてしまっているようなことを一緒にひらいていく、そして叶えていく、そういったソーシャルワークにやりがいを感じていますね。

次代の福祉を担う人材を育てながら、新たな支援にも挑戦
ダンデライオンでは介護福祉士の国家試験対策講座や、各種資格の養成研修も展開。また、辻氏個人として4つの大学や専門学校で教員として教え、人材教育にも取り組んでいる。
業界の人材は圧倒的に不足しています。資格を取るだけでは何もできませんから、現場のこともしっかり教えていきたい。
さらに、『めざめとともに』(2024年/そらの子出版)、『すだちとともに~相談力育成サポートブック~』(2023年/世音社)など著書も多数。
今後、ダンデライオンでは医療的ケアを必要とする子どもたち、いわゆる“医ケア児”を主に対象とした訪問看護事業もスタートさせる考えだ。
また、障がいがあるゆえに、法に触れる行為に走ってしまう触法(法律に違反する行為)者の存在がある。
辻氏は長年法廷で専門家として障がいについて意見するなど“入り口支援”に関わってきた。
これからは出所後の住居や就労をサポートする“出口支援”にも力を入れていく。
その一つとして今後、触法者を対象としたグループホーム、居住支援を行う予定だ。
ますます多忙になりそうな辻氏だが、プライベートで能楽の謡(うたい)や仕舞(しまい)(※2)を楽しんだり、茶道をたしなむ時間は欠かさず大切にしているという。
(※2)能楽の謡(うたい)と仕舞(しまい):謡は、能の声楽部分。謡曲の詞章を、節やリズムに合わせて謡うもの。仕舞は、能の舞の一部を、能面や装束をつけずに舞うもの。

どちらも自分と向き合う時間として、忙しい毎日ですけど、無理をしてでもお稽古には必ず行くようにしています。自分を大切に思わなければ、利用者さんを大切に思うこともできないので。
人を支える仕事だからこそ、まず自分を大切に。
キャリアを重ねた今も、辻氏は自分自身と向き合いながら、学び、考え、新たな支援に挑み続けている。
