有限会社 大一創芸 / 代表取締役 大山 誠 氏

「ふくさ(袱紗)※1」と聞いて、実物がすぐ思い浮かぶ人はどれほどいるだろうか。「冠婚葬祭の際に香典やご祝儀を包む布」と、用途をスラスラ言える人はもっと少ないはずだ。大阪府八尾市の有限会社大一創芸は、そんなニッチな製品を主力商材としている。代表を務める大山誠氏は、父から経営を継いだ二代目だ。それまでの、発注元1社に依存して製造を請け負う“守り”の姿勢から、自社開発やEC直販まで行う“攻め”の姿勢へと転換を図った。
※1 袱紗(ふくさ)とは、儀礼などで進物(しんもつ)や金封(祝儀袋・不祝儀袋)を包んだり、覆ったりするために使用される四角い布のこと。もともとは貴重な品が入った箱を埃から守ったり、日光による退色を防いだりするために使われていたが、現在では主に「相手への礼儀」として用いられている。
「会社をたたむ」と言われ、こみ上げた寂しさ
「『ふくさ? 何それ、古っ』。なんて若者に言われても……」
「『まったく問題ありませぇぇぇん!!』」
ふくさの認知度を高めようと配信しているFacebookのリール動画で、おどけた顔を見せる大山氏。「否定も興味の裏返しです。知らなかった人に動画が届く、それも文化の継承だと考えています」と動画は続く。

とはいえ大山氏自身も、家業を継いだ時点では、ふくさや日本の伝統文化についてはほとんど知らなかったという。
大一創芸は父が1978年に始めた事業であり、当初は父母が自宅で観光土産を作っていた。昭和の時代、修学旅行生に人気のあった、和紙でできた小さな箪笥(たんす)などだ。

1981年には現在の場所で正式に有限会社化。一時は大山氏の弟が手伝っていたというが、長男である大山氏はまったく継ぐつもりがなく、幼稚園や保育園で使われる教具や大型遊具の製造販売を行う会社で長年働いていた。
ですが、ある時に父親から『そろそろ会社を畳もうと思っている』と聞いて、急に寂しくなったんです。小さい頃から学校帰りに遊びに来ていた思い出がよみがえったりして……。妻に心配されながらも継ぐことを決めたのですが、『今は何を作っているの?』と父や母に聞くことから始まりました。それぐらい何も知らなかったんです
当時、商材はいくつかの変遷を経て、布を使った「ふくさ」になっていた。主な発注元は、あるフォーマルバッグのメーカー。そこから布を受け取り、ふくさを作って戻すという完全な下請け体質であった。
売り上げは悪くはなく、むしろ右肩上がりだったんです。でも社員になって蓋を開けてみると、売り上げの85%を占めている1社の力で伸びているだけ、ということが分かりました。そのリスクの大きさは、素人の僕でもすぐに理解できましたね
そこから、大一創芸が「強い」企業になるための改革が始まった。
自社ブランドを立ち上げ、動画で情報発信
大山氏がまず取り組んだのは、自社ブランドを立ち上げ、下請け100%の体質から脱却することであった。
僕はまったくの異業種から入ってきた人間なので、商流も何も分かりませんでした。だからこそ、怖いもの知らずで新しいことができたのかもしれません
「現代のスタイルに合わせて選べるふくさ」をテーマに、外部のデザイナーと組み、アイデアを出し合って創り上げた自社ブランドの名は「STYLE fukusa(スタイルふくさ)」。一般的な「紫色で長方形」というふくさのイメージを覆す、斬新なデザインが特長だ。たとえばメンズライクな「スマートふくさ」は、金封を渡した後はコンパクトに折り畳むことができ、ゴールドカラーやエンジ色なども展開している。

それでドンと売り上げが伸びました。最初にスタイルふくさを東京のギフトショーに出した時も、ロフトや東急ハンズのバイヤーさんが『面白い、扱いたい』と言ってくださって、一発で商談が決まったんです。大きな手応えを感じました
また、大山氏は大一創芸に入社してすぐ、八尾市が開催している経営者の勉強会に参加。そこで「まずは、ふくさそのものの認知度を上げることが課題ではないか」というアドバイスを受けたこともあり、YouTubeなどでの動画配信にも乗り出した。現在はTikTok、InstagramなどのSNSも活用し、ふくさや日本文化、冠婚葬祭マナーなどについての情報を発信している。
最初に作った動画は、この8年間で累計10万再生ぐらいにまで達しています。最近はTikTokでライブ配信しながら販売もできるようになったので、そうしたサービスも利用するようになりました。売り上げ的にはまだまだこれからですけどね
コロナ禍を耐えしのいでEC直販に着手
ただ、何もかも順調に進んできたわけではない。2019年5月に大山氏が社長となってから、1年も経たないうちにコロナ禍に襲われた。結婚式のキャンセルが相次ぎ、葬祭も家族葬が主流となり、生活者がふくさを使う機会は激減した。
売り上げは前年の2割程度へと一気に落ち込みました。マスクと防護服を作って何とかしのいだ、という感じです。ちょうどその少し前に新しい機械を入れて、生地の裁断を請け負う事業も始めていたので、『うちは縫製までできますよ』と。しばらく社員に休んでもらったりもしながら、そんな仕事で食いつなぎました
コロナ禍が明けてからはふくさの需要も次第に戻り始め、その頃には次の手を打った。それまでは自社ブランドを立ち上げながらも卸販売が中心だったが、ECサイトでの直販をスタートさせたのだ。


HUKUSA FACTORY 公式オンラインショップ
EC担当の社員を採用し、オンラインショップを構築しました。今は小売が全体の売り上げの半分ほどまで伸びており、製造卸から製造小売へと業態が変化してきています
現在、大一創芸では10名の社員が働いている。社長としての社員との関わり方も、意図して変えてきているという。
以前は社員が少なかったこともあり、作業レベルのことも自分でやっていました。人に頼むことが下手だったんです。今は経営に集中して、会社が進んでいく方向を考えるために、さまざまな権限を社員に委譲するようにしています
ふくさの新用途や新製品の可能性も追求
自社ブランドが軌道に乗ると、次第に大山氏は「ふくさの用途を広げること」についても考えるようになった。そんな折、八尾市が実施していた「共創ものづくりプロジェクト『YAOKONTON 2023(※2)』」に参加。そこで組んだデザイナーとアイデアを出し合い、冠婚葬祭以外でも使えるものとして生み出したのが「わたしものふくさ」だ。
※2 YAOKONTON(ヤオコントン) 2023は、2024年2月中旬に京都芸術大学で開催され、大阪府八尾市が主催するデザインイノベーション事業(共創モノづくりプロジェクト)です。八尾市の地場産業である「モノづくり」の技術と、外部のクリエイター(プロダクトデザイナーや京都芸術大学のメンバーなど)の感性を掛け合わせ、新しい自社製品を生み出すことを目的としています。



たとえば誰かに本を貸す、小さくなった子ども服を譲るといった『手渡し』のシーンで使えるふくさです。相手を想いながら大切に『包む』。そんな日本文化を大切にしたいという大一創芸の理念を形にしました。ざっくりとした『かや織』の生地を使っているので、広げれば『ふきん』として再利用することもできます
新しい取り組みは他にもある。大山氏は人脈を広げる中で、次に取り組みたいテーマを見出した。「河内木綿」だ。

河内木綿は江戸時代から明治初期にかけ、河内地方で栽培された綿から作られた木綿のことで、八尾市はその最大の産地であった。明治以降に廃れてしまったが、近年、その質感や紋様が改めて注目されている。
僕自身も地元出身なので、小学校の頃に河内木綿について習っていました。ここ数年、交流の中で河内木綿に興味を持っている方々と出会い、ぜひとも復活させたいなと。協会を立ち上げて、僕が会長に就任しました。今、原料になる和綿を苗から栽培・収穫して、製品化しようとしているところです
河内木綿から生まれるのは、ふくさか、あるいは新たな製品か。
「包む」で企業としての体力をつけた今、大一創芸は次の夢を「紡ぐ」ステージへと上がった。

