有限会社マルフクメディカルフーズ / 代表取締役 直田勝彦 氏

大阪府門真市のマルフクメディカルフーズ社は、高齢者施設やデイサービスへの食事提供に特化した委託給食サービスを展開し、現在は1日に約12,000食を手掛けている。創業は昭和54(1979)年。当時は産業弁当、つまり会社向け弁当の製造・販売を行っていた。代表取締役の直田勝彦氏が、社の興りについて語る。
私は鹿児島県の喜界島で生まれました。両親が私と妹を高校に行かせたいとの思いで、親戚を頼って大阪に来たんです。それから工業高校に入学し、卒業後は真空ポンプを取り扱う会社に入って営業をしながら、夜間の工業大学に通っていました。そのときに学生結婚をしまして、29歳になったころには子どもが3人いたんです。当時の会社で子どもたちにしっかりと教育を受けさせていけるか不安に感じていたところに、叔父から『産業弁当を一緒にやらへんか』と誘いを受けたのがきっかけで、『丸福給食』の名で大東市にて創業しました」
叔父が弁当製造を担当し、直田氏は主に会社経営を担った。叔父は職人気質の人物で、「営業をしなくても、良い弁当を作れば客は増える」という考え方であった。納得のいく商品を作るためには、原価率にも頓着しない。一方で直田氏は、営業がいかに大事かを経験から学んでいた。それでも互いに大きく衝突することはなく、当初の日産50食から、現在の門真市に移転した平成9(1997)年には日産2,000食にまで成長させる。しかし、すべてが順調だったわけではない。
ここに移転する際、設備のリースが通らず赤字経営に陥ってしまい、一時は長くお付き合いのあるお米屋さんへの支払いまで滞るほどでした。それでもなんとか踏ん張って経営を続けてきて、平成12(2000)年に介護保険法(※1)が施行されたのを機に、デイサービス食を始めるようになったんです
※1介護保険法:平成12(2000)年4月1日に施行された、加齢に伴う病気などで介護が必要になった人々に対し、必要な保健医療サービスや福祉サービスを給付するための制度を定めた日本の法律。
これがマルフクメディカルフーズ社にとって、大きな転機となった。
当初は産業弁当とデイサービス食を並行してやっていました。でも、当時は景気も良くなく、顧客企業が廃業されるなどしてお客さんも徐々に減ってきていて、『このまま産業弁当だけでやっていくのは難しいかな』という状況になっていたんです。産業弁当を続けながら、平成17(2005)年には有料老人ホームや高齢者専用住宅の厨房委託も始めました。創業の原点であるお弁当から離れるのには抵抗があり、少し引きずってしまいましたが、平成25(2013)年に産業弁当を辞める決断をし、高齢者食に特化することにしたんです

その判断が功を奏し、現在は1日約12,000食、従業員数はパートを含めて約800人にまで拡大した。食事の提供先は変わっても、「とにかくお客さんによろこんでもらうことを第一とする」という思いは、産業弁当の時代から変わっていない。これは同社の経営理念である「お客様の満足の笑顔のために、あらゆる努力を惜しまない」に通じるものだ。もちろん、届ける食事にも譲れないこだわりがあり、それを貫き通している。
自分の家族に食べさせたい食事を作りたい。だから『手作り』することと『美味しさ』にこだわっています。今日作ったものを今日食べるのが食事の原点。だから弊社は本社に併設したセントラルキッチンで調理して、その日のうちに各施設に届けています。冷凍にはしませんから、お届けできるのは大阪府内だけ。他社で同じことをされているところはほとんどありませんし、これが弊社のオンリーワンの強みだと思っています
味へのこだわりは、産業弁当を手掛けていたころからのものだ。当時の産業弁当には珍しかった「うどん」と「カレー」をメニューに取り入れた。どちらも弁当だからとおざなりにせず、素材からこだわって本格的に調理した。弁当時代から高評価だったこれらのメニューは、高齢者食になっても人気なのだという。
お客さんにもっと満足してもらいたいと思って、当時の産業弁当ではどこもやっていなかった『うどん』をメニューに入れたんです。うどんをカップに盛り付け、お出汁は別にして、食べる直前に温かいお出汁をかけてもらう方式です。お出汁も『どこにもない美味しいものを作ってくれ』と料理長にお願いして、本格的にカツオと昆布から取ってもらいました。それが非常に評判で、これのおかげでお客さんが増えたこともあります。カレーも当時から人気でしたね。弊社の調理長を含め、従業員は工夫するのがすごく好きで、常に真剣に味を追求してくれています。今もそのカレーとうどんを引き継ぎ、高齢者向けの味付けにして提供していますが、どちらも高い評価をいただいています


日本人従業員も外国籍従業員も マルフクの屋根の下では同じ家族
喫緊の課題のひとつは、人材の確保である。それは日本社会全体の課題であり、マルフクメディカルフーズ社も例外ではない。そのため同社では、外国人人材を育成する取り組みに注力している。
人手不足を補うために、最初はベトナム人の実習生を採用しました。2024年からは特定技能の資格を有するミャンマー人5名の受け入れを開始し、現在では約50名の外国人の方に働いてもらっています。弊社は人材育成にも力を入れていまして、まず入国から約1ヶ月間は、弊社の従業員でもある私の長女夫婦と共に生活します。その期間にゴミの出し方や電車の乗り方、交通ルール、金融の仕組みなど、日本で生活するために必要な教育を実施するんです。その後、食品衛生の教育を経て、現場研修、配属施設近くへの引越し、そして勤務スタートという流れになります
1ヶ月に1回は会社が「合同休日日」を設定し、同期同士が集まれる環境を作るなど手厚くケアしている。また、特定技能2号(※2)への挑戦を支援することで人材の定着につなげ、同業他社へのサポートを通じて業界全体の人手不足解消に貢献したいという考えもある。外国籍従業員だけでなく、日本人従業員も含めて働きやすい環境を作ることが自らの責務だと、直田氏は認識している。
※2 特定技能2号:熟練した技能を持つ外国人のための在留資格。家族の帯同が可能で、在留期間の更新制限がない。
社長といえば、何かと文句を言ったり上から目線だったりする方もいるかもしれません。ですが、私はそういうのが嫌いなんです。働いてくれている人たち全員に感謝していますし、みんなが動きやすい職場を作って、それぞれが目標に向かって工夫できる雰囲気の会社にしたい。昔からそう思っています。私にとっては、日本人従業員も外国籍従業員も家族のようなものです。よく言うのですが、『みんながいるから私は社長でいられる。みんながいなかったら、ただのおっさんです』と(笑)。そんなスタンスでいます
※2026年3月、ミャンマーからマルフクメディカルフーズに外国籍従業員7期生が入国・入社しました。

※ベトナムから2018年に入社したタンさん(左)と2021年に入社したゴック(右)さん。
実習生から特定技能1号(外食)を取得し、現在もマルフクメディカルフーズが受託している厨房で勤めています。
フード×メディカルの関係をより深め、 マルフクメディカルフーズ社をさらに発展させると
同社は現在、ミッション・ビジョン・バリューの策定に取り組んでいる。
私たちの使命、未来の姿、そして行動指針。それらを明確にすれば、日本の若者であれ外国人の方であれ、同じ方向を目指すことができます。『マルフクメディカルフーズをこう作り上げよう』という指針を今、固めているところです。それが確立されれば、年齢や国籍に関係なく一丸となれる。みんなが一歩進めば、会社も一歩進む。機械化やAIと言われる時代ですが、やっぱり一番大事なのは『人』なんですよ
今後はさらなる事業拡大も視野に入れている。専門とする高齢者食を、より幅広い施設に提供することもそのひとつだ。
実はセントラルキッチンのキャパシティが、限界に近づいています。その対応として、ひとつは工場の建て替えによる拡大。もうひとつは、サービス付き高齢者向け住宅だけでなく、いわゆる『特養(特別養護老人ホーム)』への進出です。特養には管理栄養士が在籍しており、現場の調理担当と役割が分かれているため、独自の難しさもありますが、セントラル方式で特養の食事に役立てるように考えています
「丸福給食」から現在の社名に変更したのは昭和63(1988)年のこと。「一介の弁当屋で終わりたくない」との思いから決断した。社名に冠した「メディカル」は医療や医学を意味する。高齢者食専門に転換したことで、当時の社名に込めた想いと現在の事業が一直線につながった。直田氏はこれからも味へのこだわりを揺るがさず、従業員への感謝を忘れず、フード×メディカルの関係を深めながら、同社をさらなる発展へと導いていく。


