一般社団法人 全国古家再生推進協議会 理事長 / 大熊 重之 氏
日本全国での空き家・古家の数は、2026年で900万戸を超える(総務省調べ)。
今や住宅のおよそ7戸に1戸が空き家となり、その数はさらに増加するとも言われている。
しかし、そんな状況にあって「空き家は未来の資産」と語る経営者がいる。
それが東大阪市布市町に拠点を構える「一般社団法人 全国古家再生推進協議会」代表理事大熊重之氏だ。
自らも古家のオーナーとして不動産を取得し運用しつつ、投資家や工務店、職人が連携できる教育・支援の仕組みを全国へ展開する。
空き家・古家を2000戸再生させたその取り組みは国土交通省の<地域価値を共創する不動産業アワード>にも輝き、空き家対策と地域活性化のモデルとして多くの注目を集めている。
その活躍の始まりは、意外にも苦境から始まったのだという。

下請けでは終われない、「自立」への道
全国古家再生推進協議会と共に、大熊氏は部品塗装業の株式会社オークマ工塗の2代目社長という肩書きも持っている。
彼が古家の再生に着目したきっかけは、この塗装業で直面した製造業が持つ下請け構造だった。
下請けの製造業の多くがそうであるように、かつての株式会社オークマ工塗の仕事も、元請けの都合に大きく左右されていました。自分達だけでは、会社の将来を決定することもできず、見通しも立てられない。そんな苦しさを感じながら四苦八苦していた時に、リーマンショック(※)が起き、その余波を受ける形で経営はさらに厳しくなっていきました。(※)リーマンショック:2008年9月にアメリカの巨大投資銀行「リーマン・ブラザーズ」が経営破綻したことを引き金に、世界中の金融・経済が大混乱に陥った金融危機

苦しい経営の中で、大熊氏は「自立」を目指し、新たな事業の可能性を模索した。
塗装を活かした製品開発やコンサルティングなど、数々の挑戦を重ねたがそれでも大きな成果は得られなかった。
しかし、思わぬ形で彼の人生を変える転機が訪れる。
経営者仲間との雑談の中で出た「塗装の技術を使ってローコストなリフォームができたら面白いね」という一言がきっかけで、大熊氏は賃貸物件のリフォームに着手した。
目指したのは、クロス(壁紙)ではなく塗装で空間を演出するという差別化。塗料ならどんな色でも作れます。クロスとは質感も違う。少し工夫するだけで、部屋に個性が出るんですよ。
このアイデアは大きな成果をもたらした。
手がけた物件に、わずか1週間ほどで借り手がついたのだ。この成功がやがて古家再生へとつながっていく。
大熊氏の成功を聞いた一人のオーナーから、今度は古い長屋のリフォームを依頼された。やはり、大熊氏が施工を手がけると、物件はすぐに借り手がつき、オーナーから大きな喜びの声が返ってきた。
これはいいな、と思いましたね。マンションより施工規模も大きいし、古家はそのまま貸されている物件が多い。少し手を入れるだけで、ちゃんと価値になる。
誰も見向きもしなかった古家が、新しい住まいとして生まれ変わる。それを実感した瞬間、大熊氏の中で「空き家」は社会問題ではなく、大きな可能性を秘めた資産へと姿を変えた。

「まず自分でやってみる。」 同じ目線に立つことから始まった全国ネットワーク
リフォーム事業に成功した大熊氏は、次に施工を請け負うだけでなく、自ら古家を購入し、一人の大家として経営を始めた。その目的は、利益を得るためだけではない。
施工で物件のオーナーさんと付き合いをしていく以上、同じ目線で話ができなければ、仕事はうまくいかないと思ったんです。だから、まずは自分自身が一回オーナーになってみようと…。
そう考えた大熊氏はすぐに行動を起こした。
物件を探し、購入し、リフォームを施し、入居者を募集し、家賃収入を得る。その一連の流れを自ら経験することで、投資家が何を不安に思い、何を期待するのかを身をもって理解していった。大熊氏の古家は、安定した家賃収入が生まれた。もちろん、一棟で人生が変わるわけではない。しかし、一軒また一軒と積み重ねていけば、会社にも個人にも、経営を支える新たな柱が育っていった。
最初は数万円の家賃でも、十軒になれば何十万円になる。それが毎月安定して入ってくる。普通の商売は毎月売上が変わりますが、賃貸経営はそれがなく、むしろ積み上がっていくんですよ。これは会社にとっても、もちろん個人投資家にとっても大きな財産になると思いました。
ただし、この一連の流れを実践した大熊氏にはもう一つの課題が見えてきていた。
古家再生は、決して難しい技術ではない。しかし、それを仕事として継続できる人が育たないのだ。
人材不足に悩んだ大熊氏は、マンションリフォームのノウハウを工務店向けに教えるスクールを開講した。
この講座で、施工技術は身に付く。それでも卒業生の多くは、その技術を本業に活かし続けられなかった。
その原因は仕事の取り方がわからないことだった。
下請けで仕事をしてきた人は、自分でお客さんをつくる経験がないんです。技術だけ教えても、商売にはならない。それでは本当の意味で自立できないと思いました。
大熊氏は、そこで発想を大きく転換する。
職人だけを育てるのではなく、古家を活用したい投資家も同時に集める。さらに、その両者をマッチングさせる仕組みをつくる。教育だけでも、営業支援だけでもない。全国で古家再生が循環するプラットフォームを構想したのである。
こうして一般社団法人全国古家再生推進協議会は生まれたのだった。
大熊氏は実践の場で得た技術と知識を、ひとかけらも惜しむことなく全国に広げていった。

私が目指しているのは、自分一人の成功ではありません。大切なのは、職人も・投資家も・古家の再生を通して「自立できること」なんです。自らの取り計らいで仕事を作り、仕事をこなし、資産を形成していける人材が全国に増えれば、地域が元気になると思ったんですよ。
「人が自立すれば、地域はまた生まれ変わる」大熊氏が描く未来
全国古家再生推進協議会の活動は全国39エリアへと広がり、投資家コミュニティは現在2万人規模へと拡大。
現在では工務店や職人、不動産会社などが互いに連携しながら古家再生に取り組んでいる。
大熊氏の成功は、国の目にも止まり、国土交通省の<第一回 地域価値を共創する不動産業アワード 担い手育成部門>の優秀賞受賞にも繋がった。
しかし、大熊氏の視線は自身の成功ではなく、協議会へ集う一人ひとりの人生へと向けられている。
協議会の会員の一人は、海外を相手に仕事をする経営者でした。ところがコロナ禍でその方は売り上げの大半を失い、事業は大きな打撃を受けてしまったんです。しかし、古家を所有し、家賃収入というもう一つの事業の柱を持っていたことで、「仕事は減りましたが、生活への不安はありませんでしたよ」と笑っていました。
また、がんを患って長期療養を余儀なくされたある会社員の会員は、「家賃収入があったから家族を守ることができた」という話を聞かせてくれました。
組織もそうだけど、会社もそう。一番大事なのは、自立することなんですよ。企業や個人が他者に依存することなく自立して生計を立てていければ、もっと好きなこと、本当に自分がやりたい仕事、そして人生を送れるようになると私は思うんです。
大熊氏が育ててきたのは、投資家であり工務店である。ただ、それ以上に彼は常に、『自分の力で未来を切り拓いていける人』を育て上げることを目指し続けた。
その先には、一軒の古家がよみがえり、一人の職人の仕事が生まれ、一人の投資家が安心を得て、地域に新しい暮らしが戻る。そうした小さな循環が、やがて街そのものを元気にしていく。
空き家や古家の問題を解決したいというより、自立する人を増やしたいんです。その結果として古家が活かされ、地域も元気になっていく。それが一番いい形だと思っています。
社会課題の解決を掲げる経営者は少なくない。
しかし大熊氏が目指しているのは、壮大な理想論ではない。現場で汗を流し、自ら古家を購入し、自ら失敗もしながら積み上げてきた実践の先にある"仕組み"だ。
一軒の古家を再生することは、一軒の建物を直すことではない。
そこに住む人の暮らしをつくり、仕事を生み、人を自立へ導き、地域の未来を育てていくこと。
その積み重ねこそが、大熊重之氏の描く「古家再生」の本当の価値なのだろう。

