株式会社 IDEAh 代表取締役 / 新田昌三 氏
木造2階建て住宅の建築・販売をメインに、不動産業、分譲地販売、設計を業務とする株式会社 IDEAh(アイデア)の代表取締役、新田昌三(まさみ)氏。
サラリーマン時代はマンション販売の勤務実態は早朝から深夜にまで及ぶブラック体質だった。そのせいで体調を崩して倒れても、理不尽な会社の思惑で退職を余儀なくされた。その後も訪問販売業の幹部社員や不動産業のコンサルティングなど新田氏の営業スキルを遺憾なく発揮する。そして2019年に株式会社IDEAhを設立。
新田氏の会社が手掛ける住宅は若い世代にも手が届きやすい価格で、しかも「耐震等級3」の強度をもつ。
また、日本有数の住宅検査業務を行うホームリサーチ社(本社:愛知県)が認定する「全国工務店グランプリで金賞(トリプルA フォープラス)」を獲得し、安心して長く住める家づくりで注目を浴びている。
新田氏に話を伺った。
始業時間前に出勤して退社は午前3時、ブラック企業で体を壊す
実家はベビー服を扱う会社を60~70年も営む老舗で、新田氏は3代目代表のはずだった。ところが廃業することになり、勤めに出ざるを得なくなった。
もう結婚して子供がいたし家を買ってるし、稼げる仕事を探してマンション販売の会社へ入りました。
その会社で売り上げがトップ成績になったものの、勤務の実態は壮絶なオーバーワークだったという。
朝9時から夜9時までが定時といわれていました。しかし実際は、9時より前に出社するわけです。そして外回りで飛び込み営業をしたり電話をかけたりします。夜9時になっても仕事は終わりません。営業マンが自ら軽印刷の輪転機を回し、3000枚ほどのチラシを刷ったら、その足で撒きに行くんですよ。帰宅はいつも午前3時頃でした。
帰宅したら寝るだけ。睡眠時間はせいぜい4~5時間しかとれず、朝起きたらまた9時前に出社する。そんな日々が続いた末に、新田氏はとうとう倒れてしまった。だが会社は、新田氏を事実上見捨てる。
会社は世間に広まる体裁を気にして、労災を使いたくないのです。「退職してくれ」と言われました。
その後、浄水器を訪問販売する会社に管理職として入社し、その後会社からの業務命令で営業に出るようにもなった。営業成績がよかったため、以前の会社の上司から独立しないかと声がかかる。しかも、開業資金として1000万円を出資してくれるという話だった。
その方はそこそこ儲かっておられたみたいで、僕に投資するつもりだったのかな。
そのような勧めもあって浄水器を販売する会社を興したが、長くは続かなかった。特別商取引法が改正されて、商品を売りづらくなったのだ。
高齢者のクーリングオフ期間が無制限になったのです。何年も経ってから、クーリングオフしたいから代金を返してほしいといわれても、こちらが困るわけです。それに加えて業績が鈍化していたので、赤字が出ないうちに撤退しようと考えて閉業しました。
閉業した後は不動産会社に入って、再びサラリーマン生活を始めた新田氏。
年間20棟ほどしか売れていなかったその会社に勤めるうちに、営業力が弱いことに気付いた。一度相談に訪れた客へのフォロー営業が全くなかったのだ。
話が進展しないまま帰られたら、それっきり。お客さんを追いかけてないんですよ。これじゃ売り上げが上がらない。そこで私はお客さんを逃がさない営業のしくみをつくりました。成約率は6~7%だったから、12%まで増やしましょうよというところからスタートしました。
営業をしくみ化したことで、販売数は年間90棟に増えた。客はほぼ住宅購入の決心が固まっていても、自分からなかなか「買います」と言わないもの。そんな心理をうまく理解して、背中を押してあげるしくみをつくったのだ。
「買ってください」とは言わず、引き渡しまでのスケジュールをつくってしまうのです。お客さんの決心が固まっていたら、その通りに進んでいきます。「えっ!」と躊躇されたら、まだ決めていないんだなと分かります。

社員時代(右端)
地震に強く腐食・虫食いに強い家づくり
サラリーマン生活を経て、2019年11月にIDEAhを設立した新田氏。
当時は、現在行っている業務のほか、工務店に対するコンサルティングも行っていた。
大きな不動産屋さんの下で、建物を建てるだけの下請け工務店があります。そのような工務店は、もし不動産屋さんが倒れたら一緒に倒れてしまいます。だから、工務店に自社で売れるノウハウを教えていました。
ある時、愛知県にある工務店「オーパススタイル」のコンサルティングをすることになったが、年間50棟を販売できる会社が、なぜ自分にコンサルティングを求めるのか疑問を感じた新田氏。
売るまでのスパンが2年もあって長すぎるから、なんとかできないかというご相談でした。2年もかけたらお客さんとの関係は深くなりますが、さすがに長すぎます。それを8カ月に短縮しましょうということで、考えたのが規格住宅です。家の仕様を決めてしまい、家のコンセプトを変えずに、お客さんの要望に合わせて間取りだけを変えていくのです。
しかも「耐震等級3」を実現。耐震等級とは、たとえば建築基準法を守って建てた家は「耐震等級1」となる。これは「稀にみる大地震に耐え得る」というレベルだ。しかし法律で謳われている「耐え得る」の意味が「人の生命を守ること」なので、家が壊れても人が生存できるスペースがあれば基準をクリアしていることになるそうだ。人が守られても、家が壊れたら住む場所を失ってしまう。
耐震等級3は、建築基準法で定める強度の1.5倍です。2016年の熊本地震で震度7が2回来ていますが、あのクラスの地震が何度来ても壊れないレベルです。
また、木造建築の大きな弱点は「腐る」「白アリに食われる」ことだが、主要な構造部分には腐食や虫食いに強い「緑の柱」を採用して、何十年も長持ちを謳っている。
木材に加圧注入剤を浸透させる加工を施した「緑の柱」は、風雨に晒されても腐らず、白アリにも食われないという。
「緑の柱」は、かつて木造ジェットコースターにも使われていました。あれは屋外で雨ざらしにもかかわらず、耐久性がありましたよね。シロアリも、柱を噛んだだけで死にます。「緑の柱」は、土に埋めっぱなしでも水に浸けたままでも腐らないのです。
他にも、錆に強い金物や高度な構造計算などで実現した「ハウスガードシステム」は、腐れ被害とシロアリ被害の報告がゼロだそうだ。
これらをオーパススタイル社と協力し、「Vivo」ブランドとしてパッケージ化している。
また、新田氏の会社は、審査基準が業界で最も厳しいといわれるホームリサーチ社の「全国工務店グランプリで金賞(トリプルA フォープラス)」を獲得している。
検査項目は細かく、鉄筋の結束、ボルトの位置と締め具合を始め、細部に至るまで念入りにチェックされる。
着工から完成まで約4カ月の間に実に8回にわたり検査員が訪れる厳しいものだ。
職人さんは嫌がっていましたね(笑)。もちろん手抜きなんか絶対にしないのですが、管理されるのが嫌なんですね。

これからは人材を育てたい
今後は人材を育てたいという新田氏。どんな人材を育てたいのだろうか。
モノを売る素質のある人が売れるのは当たり前なんですけど、自信のない人でも自信がついたら売れていくんですよ。売り方を知らないだけなので、そこを教えてあげたいです。
現在、社員数は5人。1人を除いて皆50歳超えだという。
誰かが倒れたら大変なんですよ(笑)。だから全員がどの業務もできるようにもしたい。将来は若い人材も採っていきたい。
5人の中に1人、新卒採用2年目の若手がいる。
2年目の子には、まず宅建免許を取ってほしい。他にも現場監督には、1級管施工管理技士を取ってほしい。取得すれば一生もので、ずっと使えます。免許を取るのは達成感を味わえる。ぜひこの課題にチャレンジしてほしいと思います。
以上が会社としての目標ならば、新田氏自身の目標は何だろうか。
新田氏には息子さんが3人いるが事業承継は強制せず、もし3人とも継がなかったら信頼できる人物に任せたいという。
僕の仕事は、70歳で第一線を退くつもりです。その時までに、後を任せられる人を育てておかないといけませんね。
かつて戸建て住宅販売に携わっていた頃、物件を引き渡したお客さんが感極まって涙を流しているのを見て「家っていいな」と実感したという新田氏。売れたら終わりではなく、住んでもらって「住みやすい」と言われたい。
家づくりの過程を動画に撮って、お客さまへプレゼントもしているそうだ。
その間の家族の変化や、子供の成長も垣間見え、併せて喜んでもらえたら嬉しいと満面の笑みで語っていた。
